第07話 オークションデートの誘い
「おはようございます、ルクリアお嬢様。本日は久しぶりの学園登校でございますね」
寒波の影響で倒れてから数日が経ちようやく快復したルクリア、今日から学校だ。とはいえ、受験シーズンと重なる二月の登校日はもともと少なめに設定されており、今日も早めに授業は終わる。尚且つご令嬢キャラだけあって、運転手付きの車で登校している身分だ。おそらく今日は、無事に帰って来られるだろう。
「おはよう、今日からまたメイドのみんなのお世話になるけどよろしくね。さてと、病後とはいえ一応王太子の婚約者だし、きちんとしないと」
「うふふっ。ルクリアお嬢様はいつだって美しく可愛らしいですよ。旦那様の至っては亡き奥様を思い出して、まるで着せ替え人形のようにいろいろなお洋服を買い付けてしまうのも分かります」
「そのお嬢様のお世話を任されているのですから、それ自体が私たちメイドの自慢です!」
あまりにも絶賛されて恥ずかしくなり、取り敢えずは制服に着替える。
身だしなみ程度のナチュラルメイクと髪を整えるため鏡台に座ると、そこには乙女ゲームの主人公の異母姉である氷の令嬢の姿があった。
綺麗なキャラデザで好評の【夢見の聖女と彗星の王子達】の中でもすこぶる美人とされているルクリア・レグラスはお世辞抜きで麗しい。透き通るような白い肌や癖のない銀髪は人形のようだし、ノーメイクでも綺麗な顔立ちはナチュラルメイクを施すだけで誰もが振り向く美女となる。
そんな美人キャラに転生出来て、本来ならば喜ばしいことなのだが。
本当に時折見る夢の記憶が正しくて自分自身が異世界転生者なのであれば、ルクリアはこのゲームのプレイヤーだったはずだ。けれど皮肉な事に覚えているゲームの記憶は、シナリオの分岐点となる氷の令嬢追放劇のシナリオのシーンのみ。
(せめて、ゲームの攻略内容とかもっと詳しい情報を持ち合わせて転生すれば良かったのだけど)
残念なことにゲームのシナリオ通りに生きるためか、自分の状況が有利になりそうな情報源に辿り着くことは叶わず、ついに主人公キャラである異母妹が王立メテオライト魔法学園に合格する場面まで来てしまった。
銀色の髪をハーフアップに結び毛先をコテで緩く巻いた後、ラベンダーカラーのリボン付きバレッタで留める。仕上げに軽く、ブレザーの制服にフラワーブーケの香水をひと吹き。これで、氷の令嬢ルクリア・レグラスの完成だ。
別の街のお嬢様学校に通う異母妹のカルミアに鉢合わせることなく、上手く運転手が待つ玄関まで辿り着き学校へ。この穏やかな通学コースも四月からは異母妹カルミアの入学により壊されるのかと思うと、それだけで再び頭痛に襲われそうだった。
* * *
「ご機嫌よう、ルクリア様。今日は久しぶりにルクリア様のお美しいお姿を拝見出来て、私本当に幸せでしたわ。嗚呼、この学園に頑張って入学して本当によかった! あら、またルクリア様の隠れファンが熱い眼差しを送っておりますわ」
友人のコゼットと談笑してもうすぐ帰宅という頃に、教室の外でルクリアをジッと見つめる中等部の男子学生の姿が。黒髪にクリッとした大きな翡翠色の目、なかなか可愛いらしい男子生徒である。将来は男子向けライトノベルの主人公にでもなりそうな容姿の少年だ。
「あら、そこのキミ。私に何か御用があるのかしら?」
「るっ……ルクリア様。オレ、中等部一年のネフライト・ジェダイトって言います。略してライト君ってお呼びください。映像魔法道具の動画でルクリア様を拝見してから、ずっとずっとファンでした! しょ、将来王妃様になられると分かっていても、一度でもいいからお話したいと!」
「まぁ……私なんか、そんな大層なものじゃないのに。中等部一年生のライト君ね。ありがとう」
ニコッ……と、不機嫌かツンと澄ました表情かどちらしか乙女ゲームの中では見られないであろうルクリアの優しい笑顔。
「会話まで出来た上に、握手まで。オレ、今日という日を一生忘れませんっ。将来出世した暁には、必ず貴女を迎えに行きます。ありがとうございました!」
まだ中等部の男子学生は顔を真っ赤にしてしまい、握手出来た手を何度も見つめてから恥ずかしそうに去っていった。
相手が年若い中等部一年生のため微笑ましい光景だが、これがルクリアと同年齢の男子生徒だったら婚約者であるギベオン王太子から目を付けられてしまうだろう。
そして、微笑ましいラノベ主人公風の年下君であっても容赦しないような鋭い目付きで、何処からともなく高等部二年生のギベオン王太子が現れた。
「やぁルクリア。今さっき、僕の目が光っているのにラノベ主人公風の大胆な下級生が、キミの柔らかな白い手を握ってから走り去った気がしたんだが。まさか、キミに気があるのでは?」
「ギベオン王太子。もう、貴方考えすぎよ。氷の令嬢なんて言われている私なんかでも、憧れてくれる下級生がいるなんて嬉しくなったわ」
あくまでも恋愛感情ではないことを強調しつつ、ギベオン王太子を宥めるが何故王太子はいつもよりギラギラしている様子。
「……! くっもしかするとあの下級生、例の乙女ゲームの先の展開を知って、僕とルクリアが破局すると思っているんじゃ。自分がラノベ主人公になった暁には、ルクリアをハーレム要員にでも加えるつもりか? 年下の癖に図々しい。やっぱり、オークション会場に乗り込んで例の禁書を手に入れるしかないのか」
「えぇと、話が読めないんだけど。オークション会場で禁書を手に入れたいの?」
ギベオン王太子の手には、セレブ御用達の高級オークションのパンフレットが握られていた。
「ああ。キミの異母妹カルミアは既に禁書【夢見の聖女と彗星の王子達完全公式攻略ガイドブック】を手に入れている。この世界の未来が記された禁書をね」
「そんなものがこの世界に流通していたの? それでカルミアは、あんなに乙女ゲームの展開に詳しかったんだわ」
「ああ。だから僕達も手に入れるんだ……キミが僕のものだってことを他の男に分からせるためにも。次の休みの日は、オークションデートと洒落込もうじゃないか!」