第04話 王に捧げるロザリオ
本日のメインアイテムであるギベオンのナイフの落札者が決まった。その落札金額は一億エレクトロン、桁違いの金額で競り落とされたといえよう。
『流石は隣国の遺産、一億エレクトロンの価値はあるだろう。しかし、随分と若い人が落札を……えっ?』
人々の視線が一気に、落札者へと集まっていく。彼の姿を確認し、次第に会場内から動揺や騒めきが広がっていった。
『聞いてないぞ! ギベオン王太子様が、このオークションに参加していたなんて』
『ねぇ、あのお方って……ギベオン王太子様よねっ? お顔立ちだけじゃなく、立ち振る舞いまで麗しいわ』
驚くのも無理もない……見事、メテオライト国の遺産【ギベオンのナイフ】を落札したのは、つい最近ようやく生存が確認されたギベオン・メテオライト王太子当人だったからだ。
基本的にオークション参加者は、予めチケットを購入した際に名前を登録しなければならない。そのため、オークションハウスの運営サイドはギベオン王太子が参加していることは知っていたはずである。
だが、出品者であるテクタイト氏は驚きを隠せない様子で、壇上にギベオン王太子を招く。
「これは、まさか旧メテオライト国のギベオン王太子自らが、オークションに参加してくださるとは! いやはや、お手数かけさせて申し訳ありませんでした。さっ……こちらへ」
会場の座席から移動するギベオン王太子の前後には、ボディガードらしき大柄の男がさりげなく付き添っていた。会場の人々がすぐにギベオン王太子の存在に気がつかなかったのも、彼らボディガードのおかげだろう。
壇上でギベオンのナイフをテクタイト氏から直接受け取ると、ホッとした様子でギベオン王太子がこれまでの経緯を話す。
「オークションハウス側には、あくまでも旧メテオライト国の関係者が参加するとのみ伝えてありました。フェイントをかけるつもりは無かったのですが……ともあれ、大切なギベオンのナイフを確保出来て良かった」
「そうでしたか、どうりで。ところで、ギベオンのナイフといえばメテオライト国では儀式で使用されていたんですよね。やはり、国家再建の際に改めて儀式を行い奉納される予定なんでしょうか」
「メテオライト国の再建、というよりも。我々としては、地下シェルターのさらにその先に残っていた古代地下都市アトランティスを復興させるつもりです」
壇上でマイクを通して語られるギベオン王太子の大胆な計画に、オークション参加者達はこれまで以上に驚きを隠せない様子。ちょうど本日のオークションでは、古代アトランティス錬金術の再現アイテムとしてコスモオーラのブレスレットが多数取引されたところだ。
「それは……素晴らしい! 僕がジュエリーデザイナーを目指したきっかけは、古代アトランティスの錬金術師に憧れていたからなんですよ。地下都市が本当に実在していたのも、嬉しい情報です」
「隕石衝突はあらかじめ予測出来ていましたから、ゴーレム魔法を用いて地下都市の工事を急ピッチで進めていました。ただ、隕石衝突後の地上は氷河期状態になってしまったため、しばらく外部との連絡が途絶えてしまったんです。最近ようやく、我々の無事を隣国にお伝え出来たばかりで……」
「ギベオン王太子のゴーレム魔法の腕は、古代錬金術の応用だと以前から評判でしたが。今回の地下都市工事でも、ゴーレム達が活躍していたんですね!」
もはやオークションの高額アイテム落札のインタビューではなく、亡国メテオライトの今後について語るためのものと化している。古代地下都市アトランティスに詳しいテクタイト氏のおかげで、テンポ良く質疑応答が交わされていった。
関係者席で待機していたモルダバイト国や周辺国家の記者達も、ギベオン王太子のインタビューを必死に纏めている。
「ということは、そのまま地下都市に拠点を移していく方向性でよろしいのでしょうか?」
「はい。旧メテオライト国は地上と別れを告げて……古代地下都市国家アトランティスとして、再興します」
ギベオン王太子の決意とも取れる発言が発せられると同時に、複数のカメラのフラッシュが焚かれて壇上は眩しい光に包まれる。
『古代地下都市アトランティス復興っ? 凄いぞ、世界的な一大ニュースだ!』
『まさか、オークションハウスの取材がこんな大きな情報に繋がるなんて……』
『じゃあ、ギベオン王太子様は今では古代地下都市アトランティス国の王子様ってこと?』
シャッターが連続で次々と切られる音と、人々の感嘆の声が入り混じることで、会場内の興奮はピークに達していた。
おそらく明日の新聞記事は、古代都市アトランティス復興のニュースばかりだろう。延々と続くフラッシュは星の瞬きのようで、まさに、彗星の如く現れた眩しいばかりのニュースであることを表していた。
(眩しい……こんなに眩しい光を浴びるのは、あの彗星落下の日以来だな)
一瞬だけ、ギベオン王太子の表情が切なげに濁ったのをテクタイトは見逃さなかった。
* * *
「ギベオン王太子、待って下さい!」
無事にオークションが全て終わり、アイテムの引き渡しが済んだのち。宿泊施設へと戻ろうとするギベオン王太子を引き留めたのは、ギベオンのナイフを出品したテクタイトだった。
関係者のみが使用するオークションハウスの裏玄関は、表エントランスに比べるとさほど広くはない。自然と近距離となった二人だが、ボディガード達はテクタイトを警戒している様子。
「やあ、テクタイトさん。先程はお世話になりました。競り落としたギベオンのナイフはもうアタッシュケースの中ですが、他にもご用件が?」
「美術品管理の任務とはいえ、貴方の国の大事な遺物を神殿から持ち出したことには変わりません。せめてお詫びに、これを……ジーザス・クライストがゴルゴダの丘で流した血の結晶、その結晶で造ったロザリオです」
テクタイトがお詫びにと差し出してきた品は、異世界の神の子であるジーザス・クライストの血が滲んだ際に出来たとされる鉱石ブラッドストーン、別名【ヘリオトロープ】で作られたロザリオだった。
単純にヘリオトロープ鉱石のアクセサリーというだけであれば、それほど値の張らない品のはず。だが、十字架に細かく刻まれた手彫りの紋様と嵌め込まれた宝石や彫金の貴金属から推定される価格は桁違いだ。オークションのメインアイテムとして、登場してもおかしくない価値があるだろう。
「これは……このロザリオは、飾りに使われている宝石といい、金やプラチナといい……素人目でも分かるくらい高価な品なのでは。流石に頂くわけにはいかない……」
「そんな事言わずに、是非。実はギベオンのナイフを回収する時に、このロザリオをアミュレットとして身につけていたんです。きっと必要になるはずだ。それにもし、僕の製作したこのロザリオが、古代地下都市アトランティス国が復興した際の儀式で着用されれば嬉しいですし」
ロザリオを紫色の箱に収めると、半ば強引に押し付けるような形で、ギベオン王太子に直接手渡す。
「なるほど、テクタイトさんの手作りでしたか……分かりました。では、有り難く頂戴します」
流石のギベオン王太子も彼の熱意に負けたのか、ロザリオの神々しさに心が揺れたのか、素直にお詫びの品として受け取ることにした。
「……ギベオン王太子。きっと貴方はこの世界のジーザス・クライスト、死の眠りから奇跡的に復活した千年続く王国の新たなる王になるでしょう。ただし、花嫁選びは慎重に……神の花嫁に相応しいのは夢見の聖女か、氷の令嬢か……僕も見届けさせてもらいます」
「何故それを……テクタイトさん、貴方は一体……!」
別れ際に預言者のようにセリフを残して立ち去るテクタイトに、ギベオン王太子は不思議な違和感を覚えた。彼が造ったというロザリオが、本物の古代アトランティスの錬金術師の遺物だと気づくのはしばらくしてからである。




