第12話 現実を見ようとして夢を見る
レンカが異変に気づいたのは、生徒会広報係の仕事を追えてレグラス邸に帰宅した時だった。自室から少し離れた物置部屋から、人が出入りする気配があり、珍しく感じたのだ。
用事が済んだらすぐに閉めるはずの物置部屋のドアが、開きっぱなしである。しかも、なにやら人の声が聞こえて来る。
「そろそろ、荷物が届いた頃よね」
「ざっと確認して、冬物を中心に梱包しましたが。シーズンが変わったら、夏物も届けましょうか」
「ふふっ。ローザってクールなのに面倒見がいいわよね」
「メイドのサガ……とでも思ってください」
声の主はルクリアとローザの二人で、部屋の片付けをしているようだった。この部屋はタイムリープ以前だったら、カルミアのために用意されていた部屋である。古代地下都市アトランティスに移動したにも関わらず、何故かカルミアの部屋も自動的に出来上がっていた。
「予備寄宿舎の女の子、支援物資を気に入ってくれるといいんだけど」
「今の時期は寒いですし、コートなどのアウターは案外シンプルなデザインがありましたから、役立つと思いますよ」
会話の内容から察すると、カルミアの私物となるはずだった部屋の荷物を、予備寄宿舎の女の子に提供してしまったようだ。
(ああ、そういうことか。物置部屋の荷物は誰の持ち物でもないから、支援物資として人にあげちゃったんだわ。こうやって少しずつ、この部屋からカルミア伯母様の気配が消えていくのね)
レンカにとって、いないはずのカルミアの部屋がここに存在しているのは不可解でしかなかった。
高度な引っ越し魔法を使い、なるべく地上の邸宅にあった荷物をそのまま搬入したそうだから、魔法の加減かもしれない。何はともあれ、この家にはカルミア・レグラスという少女がいるという認識で魔法まで成立していたことは、カルミアのポジションに成り代わったレンカに危機感を与えていた。
だから、カルミアの私物が認識すらされずに他所の渡ったのはレンカにとって好都合な展開だ。
(そうよ、それでいい。この家からカルミア伯母様の気配が無くなるのは当然だわ。だって今は私が、この乙女ゲームの主人公なんだから。いっそのこと、ベッドや家具も何処かに寄付して仕舞えばいいのに……)
「さてと、荷物も出したことだし、少し掃除しておこうかな」
「電球がチカチカするのも気になりますし、取り替えましょうか」
どっちみち、個人情報保護の制限がかかっているせいで、予備寄宿舎生が集うエリアには、生徒会役員ですら立ちることが出来ない。だから、レンカがこのことに首を突っ込む必要はない。そもそも、予備寄宿舎は広い敷地のかなり隔てた場所にあるため、下手すれば一般生徒とのレンカとは一生顔を合わせることすらないだろう。
願わくば、カルミアの荷物を受け取ったその女子生徒とも一生顔を合わせたくないものだ……と、思いながらレンカは自室に戻った。
まさか、荷物を受け取ったその女子生徒こそがカルミア本人だとは、夢にも思わないレンカは【乙女ゲームの主人公】が如何なる存在なのかを理解していないのだった。
* * *
「今日のメインは、アトランティス名物深海魚の煮付けでございます。チーズとトマトのパスタと一緒に頂きましょう」
その日の夕食は、レンカは勉強が忙しいから自室で食べるということで、ルクリアとローザのみの食卓となった。残念ながらレグラス伯爵は込み入った仕事だとかで、本日は泊まりでいない。
「わぁ! 以前も食べたけどこの深海魚、見かけによらず美味しいのよね。地上にいたら、ずっと出会うことのなかった食材だわ」
「縁は異なもの味なもの、この深海魚とは我々のご先祖様の代から縁があるのやもしれません。しかし、旦那様にも食べていただきたかった」
古代地下都市アトランティスは、人工太陽に依存するため食物を育てるのは難しいが、海底とのつながりを活かして深海魚などの魚介類はそこそこ採れる。貴重な栄養価の高い食材だが、値段も高く庶民には手が出しにくい品でもある。
「貴重な深海魚ですものね……新鮮なうちにと思うのは分かるわ。この深海魚がもっと普及すれば、そのうち缶詰とか出るのかしら?」
「実験的ではありますが、ファストフード店で深海魚バーガーなるものを最近発売したらしいですよ。新たな試みですね」
「へぇ……ファストフードとはあまり縁がない暮らしだけど、この深海魚を使っているから美味しいでしょうし、たまには食べてみたいわね」
ふと、自分達も地下に潜り深海魚と距離が縮まったから、捕食対象になったのかな……とルクリアは考えた。が、自分が通う王立アトランティス魔法学園が海底エリアにあることは、あまり普段は考えないようにしているので、口には出さなかった。
地下移住者の中には、天井が崩れたら海に呑まれる海底エリアにまだ恐怖を覚えている者もおり、刺激しないのがマナーとなっていたからだ。
無事に夕食を終えて、風呂までの時間は個人の趣味を愉しむ。予備寄宿舎の生徒に支援物資をして、これまでボランティアに参加出来なかった胸のつかえが取れたルクリアは、ギベオン王太子に渡すマフラー製作の続きを始めた。
ギベオン王太子に似合うものを……と考えながら編んでいるのに、どうしても夢の中で見た黒髪の美少年ネフライトの姿が思い起こされる。
ルクリアはその度に自分はまだ夢見の中にでもいるのだろうか、と首を振って現実を見ようと頑張るのだった。
まさか、現実の自分は夫ネフライトに手を握られて、ずっと夢見を続けているとは気づかずに。
* 第二部第二章は2023年03月中旬以降開始予定です。




