第08話 いつか、思い出して欲しくて
殆どの人に存在を忘れ去られてしまったカルミアだが、自分の居場所を取り戻すべく古代地下都市アトランティスを彷徨っていた。ギベオン王太子がレグラス邸に入るとの入れ替わるように邸宅を出たカルミア。
幸い、使用人達は今日のゲストをもてなす準備で、殆どが一階のキッチンや居間にいた。そのため、裏口から出たカルミアに気づくことはなかった。
「はぁ、何とか見つからずに家を抜け出せたわね。それにしても寒いわ、一応コートを着てきたのにもう少し防寒対策をしてくるんだった」
本来ならば、レグラス家の次女であるカルミアがコソコソと家を出るのはおかしいのだが、この世界はレンカがレグラス家の次女という設定になっている。カルミアはおそらく、ルクリア達とは赤の他人という扱いだろう。
もうすぐ日が暮れて、夜の時刻になってしまう。アプリで確認した設定を見る限りでは、古代地下都市アトランティスは人工太陽と人工月を駆使して、地上と同じ時刻を再現している。今日に寝る場所にも困るようでは、どうしようもないが、果たして泊まれる場所があるかどうかも謎だった。
「部屋に残っていた貯金を根こそぎ持ってきたから、取り敢えずは何処かで食べて考えるしかないわね」
地下都市計画には生徒会広報としてかなり詳しく携わっていたため、大まかな都市部の全体図は把握しているつもりだ。住宅街は地上の真下にあるが、商業施設や学校などは海底エリアに作る予定だった。地上だったら海に該当する地域を目指して、カルミアは夕日の中、歩き始める。
住宅街から大通り目指して二十分ほど進むと、一気に大きな建物が増えて飲食店や商業施設が立ち並ぶ地域に着く。日付によると今日は休日だが、部活なのか学校帰りらしき制服姿の若者の姿もある。意外と賑やかな光景に、カルミアはかえって寂しい気持ちになった。
「あんまり馴染みはないけど、他人から干渉されにくいファストフードで夕ご飯にして。インターネットカフェとかは……身分証明書が必要かしら。っていうか、私の身分証明書って使えるのかなぁ?」
いろいろと自分自身に謎が多いが、スマホの充電もそろそろ危ういため充電コーナーのあるファストフード店に入る。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
「えぇと……深海バーガーのセットで、ドリンクは美人東方茶、サイドメニューはオニオンサラダにしてちょうだい」
「畏まりました。深海バーガーセットは合計で、千五百エレクトロンになります。席にお掛けになってお待ちください」
(たっか! 千五百エレクトロンって、日本感覚の千五百円じゃない? ファストフードってもう少しリーズナブルじゃなかったっけ。それとも、ここのオリジナルメニューっぽい深海バーガーっていうのが貴重なのかしら。これじゃあ、ファミレスで食べてもおんなじだったわね。ただでさえ、予算を切り詰めなきゃいけないのに)
充電コーナーのある席を陣取り、しばらく待っていると例の深海バーガーとやらが運ばれてきた。カルミアは中学までは寄り道を禁止するお嬢様学校育ち、高校入学からは学食と寄宿舎の食事がメインだったため、ファストフード店とは縁がない暮らしだった。
だから、深海バーガーとやらが、高いのか安いのかイマイチよく分からないが、一口食べると味は意外なほど美味しい。
(なんだ、値段を取るだけあって美味しいのね。もしかすると、この深海魚が結構いけてるヤツなのかも知れないわ。見た目は白身魚のフライだけど、一体どんな深海魚なのかしら)
あまり急いで食べ切ってしまうと退店するハメになるが、充電切れのようにお腹が空いて仕方がなかった。一旦食べ切ったら、追加でデザートとコーヒーを注文して、滞在時間を引き伸ばすことにする。
(ああ、けどせっかく御令嬢に転生したのに。こんな、ファストフードでの粘り方を検討しなきゃいけないなんて。私ったら不幸……)
「カルミアさん……ルクリア様の異母妹のカルミアさんよね? ああ、やっぱり追いかけてきて良かった。席、ご一緒してもいいかしら」
感傷に浸っていると、カルミアの姿を見つけて追いかけてきたらしい見覚えのある美人が声をかけてきた。ここの時間軸の住人は、全員自分のことなんか忘れていると思っていたのに、レアな人種もいたものだと感心する。
「いいですけど。貴女は、ルクリアお姉様の同級生のコゼット先輩ですよね。私のことを覚えていてくれたの? お姉様ですら、忘れているのに」
「それは……私が、タイムリープ以前の記録を風の精霊の加護を使ってデータ保存していたからだと思いますわ。それと、カルミアさんと同じようにデータから消された学生が、我々新聞部に助けを求めてやってくるので。自然と状況を理解してますの」
「状況を理解……そんな心強い人達が存在していたなんて。私、誰にも相談出来ず、ネカフェ難民にもなれずに野垂れ死ぬんだとばっかり……」
珍しく泣き始めたカルミアに、コゼットは優しくハンカチを差し出す。
「元気を出してカルミアさん、貴女は一人じゃありません。しばらくは、データからあぶれた学生が集う予備寄宿舎で暮らすことになると思います。ふらついている生徒を見つけたら、すぐに連絡をつけるようにしているので。今日は暖かいお布団で眠れますから、泣かないで!」
そしてカルミアの現在の状況を速記文字で、記録し始めた。コゼットはお嬢様育ちながらも、将来は新聞記者を目指しているだけあってアグレッシブな取材能力だ。
「うぅ。良かったぁ。寝床を確保出来る!」
「かつては、乙女ゲームの主人公として大活躍だったカルミアさんが、こんな風に泣くなんて。いえ、これが激動の第二部と言った感じなのでしょう!」
頼れる人が見つかって仮の居場所を見つけたカルミアは、いつか家族やオニキス生徒会長が自分を思い出してくれないものかと願うようになるのである。




