第03話 奪われし主人公の座
その日、止まっていた時間が動き始めたのは、ギベオン王太子だけではなかった。
鏡の中から出てきた乙女ゲームの主人公カルミアのアバター本体に、中の人である未亜は確かに殺されたはずだった。
だが未亜の魂を内包するカルミアが目を覚ますと、そこは見慣れたレグラス邸の自室だった。部屋の灯りが消えていて暗がりとなっているが、いつものゴブラン織りのカーテンに天蓋付きのベッド、アンティーク調の家具一式は寄宿舎のものではない。
(私、あの状況下から助かったんだ。てっきり、カルミアアバター本体に殺されちゃったと思ってたけど。きっと寄宿舎から自分の部屋に緊急避難しただけだったのね)
自分の無事を確認し、安心したカルミアはベッドから起きて部屋の灯りをつける。気のせいかも知れないが、部屋が埃っぽく何日も掃除をしていないような雰囲気だった。
(まったく、私が王立メテオライト魔法学園の寄宿舎に移動したからってモブメイドったら、掃除をサボっているのかしら。他に何か変化は……?)
しばらく留守にしていたから仕方がないとは言え、カルミアの部屋は放置気味で部屋の主としては気分が悪い。心なしか部屋の灯りにも元気がないように感じられて、後で蛍光灯を交換しないといけないなどと思った。
ふと、本棚に目を向けると大切な乙女ゲームの攻略本が失くなっている。しかも、わざとらしく攻略本が入っていたはずのスペースが、空白となって空いている。
「やだ! 大事な攻略本が失くなっているわ。せっかくネットオークションで競り落としたレア本なのに。一体、何処の誰が? ルクリアお姉様? それともモブメイド……? いや、あの二人はわざわざそんなことしないか」
身内だから信用しているという訳ではないが、あの二人の性格上、カルミアの私物が見たければ、素直に申告して許可を得てから借りるであろうことは想像出来た。
まずは今がどういう状況なのか、調べなくてはいけない。自宅暮らしのルクリアなら、学校が終わっている時間帯ならば家にいるだろうとドアに手を伸ばすと廊下から笑い声が聴こえてきた。
「今日は久しぶりにギベオン王太子様との食事会で、楽しみですねルクリアお姉様。しかも、今日は初めてオニキス会長も私の恋人として食事会に参加させてもらえることになったし。うふふっ嬉しいな!」
「良かったわね、レンカ。オニキス会長との交際を、お父様にも正式に認めてもらえて。これで、堂々とオニキス会長とデート出来るようになるわよ」
「デートかぁ。何処に行こうかなぁ。やっぱり、若者の人気ナンバーワンデートスポットの海底トンネルあたりとか?」
随分と楽しそうな会話内容が、カルミアの存在を無視してスッと通り過ぎた。ルクリアの異母妹はカルミアのはずだが、何故か未来人のレンカがルクリアをお姉様と呼んでいる。それどころか、カルミアが密かに想いを寄せていたオニキス会長とレンカが恋人になってになっているというのだ。
(何よ、今の会話。オニキス会長は主人公カルミアの攻略対象なのよ。他の女と交際するなんて、あり得ない……! はっ……まさか)
嫌な予感がしてカルミアは学校のカバンの中から自分のスマートフォンを起動させる。随分と長いこと使われていないのか、充電しながらでなければきちんと動かすことが出来ない状態だった。
やっとの思いで乙女ゲームの管理アプリを立ち上げると……データがない。
今までは確かにカルミアのアバターが生活と連動するように、アプリの中でも暮らしていたはずが、データそのものが消えてしまったようだ。
愕然としていると、アプリから新しいバージョンのオープニングが開始する。オープニングで中心を飾るのは、カルミアによく似ていながら髪色違いのレンカが、楽しそうに学園生活を送る姿だった。
(レンカに……完全に主人公の座を奪われた?)
カルミアの背筋が凍りつく。
もっとゲーム内容を探るために、オープニング以降の初期ストーリーをダウンロードする。よくありがちなダウンロード画面は、時間がかかる分、登場人物の紹介画面を兼ねていた。
【主人公レンカ・レグラス】
不思議なチカラにより、レグラス伯爵邸にワープした十六歳の女の子。この国の次期国王ギベオン王太子の婚約者であるルクリアの計らいで、ルクリアの異母妹として古代地下都市アトランティスの住民として暮らすことに。
王立アトランティス魔法学園に転入し、生徒会広報係として忙しくも充実した日々を送ることになる。気になる男性は、生徒会長のオニキス・クロードだが、他にも素敵な出会いが訪れる。
レンカがルクリアの異母妹設定となり主人公であるなら、カルミアというキャラクターは何処へ消えてしまったのか。
登場人物の画面を見つめていても、いつまで経ってもカルミアの名前は出て来ない。おそらく、存在し得ない設定となってしまったようだ。
(乙女ゲーム【夢見の聖女と彗星の王子達】の主人公カルミアとして異世界転生した私が、こんなところじゃ終われない! 絶対に巻き返す方法を見つけ出してみせるわ)
カルミアは家族が居間に集まるタイミングを見計らって、裏庭から外に出てこの世界の様子を探ることにした。
同じタイミングで表玄関では、愛するルクリアのために薔薇の花束を抱えたギベオン王太子が、幸せそうに家に迎えられていた。




