第17話 言葉以上の愛情表現
ジェダイト財閥の御令息ネフライトからのプロポーズは今回で二回目。だが、以前よりもずっと大人びた十四歳のネフライトの真摯な想いに、ルクリアも心からの返事をすることにした。
「ネフライト君、私も貴方と離れたくないわ。私が別れの曲でさよならを告げるのは、この祖国と家族と……そして、初恋の相手ギベオン王太子なの」
「国が決めた許嫁というよりも、初恋の相手と自分の中で認めた上で?」
「ええ、王太子の婚約者でなければならない理由は、地下都市の入り口の封印を解いた時点で終わってしまった。けれど私の初恋の人は、確かにギベオン王太子だった。私は自分の心と向き合って考えたわ。私にとって誰が一番大切か、この世界に彗星が堕ちる瞬間に誰と一緒にいたいか……いつの間にか、私の中ではネフライト君が一番大切な人になっていたの。私を一緒に隣国へと連れて行って」
乙女ゲームのシナリオ上、主人公カルミアの異母姉であるルクリア・レグラスは何らかの理由で必ず隣国へと旅立つ設定である。
だから、今回のように地下都市移住計画を機に、離れゆくネフライトについて行くという形でも、シナリオ上は問題ない。俗に言うキャラクターの退場が成立するからだ。
シナリオに反する動きは神からの反発の如く、何かしらのアクシデントで駄目になるように仕組まれているが、今回の展開は乙女ゲームの神も納得しているらしい。愛の告白とその返事は、とてもスムーズに進んでいった。
「オレは貴女が考えているよりも、ずっと独占欲が強いんだ。貴女がギベオン王太子の婚約者だと知っていても、オレはどうしても貴女が欲しかった。オレはオークションハウスの家の者だけど、どんな貴重品も貴女には叶わないと思った。そして、一度落としたらもう二度と離してやらない。それでもいいかな、ずっとルクリアさんのこと離さないよ」
「ずっと、ずっと離さないで欲しい。ずっと独占して欲しい。大好きよネフライト君」
「ルクリア……オレも貴女のことが大好きだよ」
ネフライトの黒い前髪が、ルクリアの銀色の髪にかかる。見つめ合う目を閉じて、お互いの唇をゆっくりと重ね合わせていく。二人にとって口付けは、言葉以上に想いを伝える最上の愛情表現だった。
* * *
数日後、正式にギベオン王太子とルクリアの婚約解消が発表された。
そもそも、ルクリアの身を王宮側が確保していた理由は、彼女が彗星衝突時に解決の鍵を持つと言う予言からだ。しかし、今回の地下都市の入り口発見により、彼女の役目は終わりを告げる。
今後ルクリアは、隣国に帰るジェダイト財閥の子息ネフライトの婚約者として、行動を共にするとも報じられた。
『ああ、やっぱりギベオン王太子とルクリア嬢は婚約解消かぁ。けどこの流れだと、地下移住の時にはルクリア嬢はこの国から出ることになるよなぁ』
『徐々に都市機能そのものを地下に移す予定だし、早めに隣国へ移動するのも仕方がないさ。それに、地上から地下への封印を解く魔法が使えるルクリアさんを、隣国へと避難させるのは意味があると思うよ。何かで地下の封印がまた閉ざされたら、外から開けてくれる人がいないと困るしさ』
『王宮サイドからすると、外から鍵を開けられる人を隣国に引き取って貰うのが、婚約解消の理由なんだろうなぁ。ギベオン王太子はなんだか可哀想だけど、やはり彼はこの国の未来を考えて下さるんだろう。私情よりも、国民の未来を選んだんだから……』
殆どの人々がギベオン王太子とルクリアの婚約解消を納得していたが、次のギベオン王太子の婚約者が誰になるか、次期王妃候補は誰なのかは発表されなかった。
『一時期はレグラス伯爵家の御令嬢との婚約だから、相手はカルミア嬢でも問題ないとされていたけど。最近はその話も聞かなくなったな』
『ギベオン王太子はカッコよくて女子の憧れだし。地下移住を成功させるためにも、若い女の子のモチベーションを下げないように、しばらく婚約者は作らないんじゃないか。誰が地上に残って、誰が地下に行くのかまだ分からないしさ』
『それって私にもチャンスがあるって言うこと? 地下に移動したら、一般からも花嫁の募集とかしないかしら』
* * *
最もギベオン王太子の次の花嫁候補とされていたカルミアこと中の人である未亜は、あまり積極的にギベオン王太子にモーションをかけなくなっていた。これには乙女ゲームの主人公カルミアの本体が、黙っていない。
寄宿舎の鏡台からニュッと姿を現して、カルミアの中の人に文句を言う毎日だ。
『未亜、貴女一体どう言うつもり? 学園が地下移動しても、地上とほぼ同じ景観を保つって言うから妥協してやったのに。どうしてギベオン王太子にアタックしないのよ!』
「どうしてって……乙女ゲームなんだから、相手は何もギベオン王太子だけじゃないでしょう。別のキャラクターとのフラグを優先することだってあるわ。例えば、オニキス・クロード生徒会長とか……」
珍しく頬を赤らめて話すカルミアは、恋する乙女そのものだった。自分勝手で自己顕示欲と承認欲求の強いカルミアが、一人の男の名前を口にするだけで、まるっきりか弱い女の子に変貌してしまう。それは明らかに、彼女がオニキス・クロードに恋をしてしまった証拠だった。
『そ、そんなの認めないっ。生徒会長ルートは、カルミアが生徒会に全力を尽くすルートを選んだ時のみ発生するレアルートよ。どうして、王道のギベオン王太子ルートを選ばないの? 将来、王妃様になれなくなっちゃうじゃない!』
「生徒会長のことを好きになったものは、もう仕方がないでしょう! 大体、将来は王妃様って……カルミアはその設定が好きなだけで、実際はいつもタイムリープして女子高生に戻っちゃうじゃない。残された学園生活くらい、私の好きにさせてよ!」
いつも通り鏡に布をかけて、カルミア本体を見えなくなるようにしようとするが、今日は本来の方が動きが早かった。未亜の口を塞ぎ、鏡台に立てかけてあった髪切り用の鋏を手に持ち、振り回して脅かす。
「きゃあっ! やめて、離して! 誰か、助けてっ」
『生意気、ナマイキ、ナマイキ、生意気なんだよこの小娘がぁっ! アタシがっ、あんたをっ、この乙女ゲームの主人公にしてやったのにっ。これ以上逆らうなら……こんなアバター廃棄してやるぅうううううっ!』
ザシュッッッ!
「大丈夫ですか、カルミア……伯母、様?」
部屋に飛び散る鮮血は乙女ゲームにはあってはならないもので、フローリングに広がる赤い何かはきっと、プログラミングのバグなのだと……。悲鳴を聞きつけて扉を開けたレンカは、自分に言い聞かせるのだった。




