第09話 まだ未来は未確定
口論の末、ルクリアとの電話は自然と終わってしまい、ギベオン王太子は自室でため息を吐いた。イラつく気持ちを婚約者のルクリアにぶつけた挙句、捨てられる恐怖から喚くような言い回しで愛を伝えた。
(これでは、ネフライト君のことを子供扱い出来ないな。僕の方がよっぽど幼い)
怒りの原因となる出来事は、王宮関係者からの通達だった。早朝に呼び出されて、聞かされた話の内容を振り返る。
『ギベオン王太子、落ち着いて聞いてくださいね。実は、これからやって来る未来人のレンカさんは貴方の婚約者ルクリアさんが、隣国財閥のネフライトさんと作った子供なのです。二十年後の未来からやって来た彼女は、しばらくカルミアさんのクラスメイトとしてこの時代で未来を救う活動をします』
「ネフライト君って、あのジェダイト財閥の。彼は最近、ようやく中学二年生になったばかりだ。確かに大人っぽくなってきたけど、逆算すると彼が十八の時点で子供が生まれなくてはいけない。ちょっと早いんじゃないか」
『未来は我々とは文化も法律もガラッと変わってしまいます。話によれば隕石衝突により壊れた世界では、それぞれが働かなくては生活も出来ません。ジェダイト財閥の資産の殆どを使えなくなったネフライトさんも例外ではありません。そのため、隣国は元服制度を取り入れて成人年齢を引き下げたそうです。ネフライトさんが十八歳で子持ちになっても、法律上は問題ないのかと』
未来人レンカの登場により、ルクリアが未来を誓い合ったはずのギベオン王太子以外と婚姻し、子供を産むことが判明した。元からネフライトは自らをルクリアの未来の夫と自称していたが、最初の頃は彼が子供っぽい容姿であることからギベオン王太子もそれほど気にしていなかった。
だがここ最近にきて急に大人びて来たネフライトに、ギベオン王太子が危機感を覚え始めた矢先に、ルクリアとネフライトの娘レンカが現れたのだ。
「ふぅん……つまりルクリアは、故郷から追放されたのち、割とすぐの段階でネフライト君と結婚していずれは子供を産むのか。僕だって人間だから、婚約者が他の男に取られる未来を教えられたら傷つくんだけど」
『確定した未来は、ギベオン王太子とルクリアさんが結ばれない未来でしたが、それ以上にレンカさんは重要人物なのです。いずれ来る隕石衝突による氷河期から逃れるためのキーパーソンですから。申し訳ありませんがレンカさんの存在を受け入れて欲しいとのことです』
さらに、未来の隣国からレンカがタイムワープして来た理由と、彼女こそが自分達を隕石衝突から救ってくれるかもしれないと知り、絶望してしまう。
つまり、ネフライトとルクリアが結婚する未来が気に入らなくても、このまま彼女から手を引けということなのだろう。
王宮や教会の判断で自分達を婚約者にしておいて、自分達が助かるための未来はルクリアが別の男の子を産むことだとわかると、途端に別れるように促す。自分は国にとっても国王である父にとっても、都合の良い駒に過ぎないのだと痛感する。
(嗚呼、ギベオン王太子なんて持て囃されても、所詮現実はこんなもんか。そりゃあ、僕に気を遣っても将来死ぬんじゃ、ネフライト君の娘についていくのは当然か。けど、だからと言って僕まで不必要に屈したくない)
何故、恋敵と愛する女性の間に出来た子供に、自分がそして自分の国は頼らなくてはいけないのか。レンカを救世主と認めてしまったら、今ある自分のルクリアへの想いを全て否定する気がして、レンカの存在自体認めることが出来なかった。
ルクリアの声が聴きたくなってかけた電話は、ギベオン王太子にとって最悪なものとなった。本当はルクリアに自分の愛を伝えたかったのに、やがてネフライトと築く二人の愛への嫉妬心が溢れて止まらない。最後は泣いて縋るように、好きだと告げて一方的に電話を切ってしまった。
だが、その不器用ながらも我儘で自分勝手な情熱がルクリアに伝わった影響で、レンカにも変化を及ぼすことになった。
* * *
レンカが二十年後の未来からやって来たことは、王立メテオライト学園の中でも同じクラスに編成された生徒と一部の関係者しか知らない。そもそも、タイムワープ技術自体が二十年後もまだ未完成なのに、そんな話信じる人も少ないだろう。だから、彼女の存在が世間に知られてもうまく誤魔化せるとカルミアは考えていたし、彼女の住む寄宿舎に遊びに行ってもトラブルは起きないと考えていた。
「るんるんるーん! えへへ、この時代のシュークリームって、天然牛のミルクで超おいしいんですって。私、一度でいいから食べてみたかったの」
流石はカルミアの姪っ子だけあって、レンカは仕草から声色からいちいちぶりっ子だった。カルミアからすれば、第三者の目として自分に似た人種を見るのは突き刺さるものがある。
けれど、自分以外の新登場美少女が姪っ子だったと知り、多少の安心感もあった。カルミア・レグラスに流れる血と遺伝子は、生命のバトンとしても決して裏切らないのだという証拠になるからだ。まぁ実際に産んだのは、異母姉のルクリアでカルミアの血はほんの少し共通しているだけだが。
「まさか、未来では天然牛が貴重だなんて想像しなかったわ。まぁメテオライトそのものが滅ぶわけだから、牛どころの騒ぎじゃないんでしょうけどね。けど、貴女さっきも夕飯にカレーライス食べたじゃない。ダイエットとか考えないの」
「ふふっカルミア叔母さま、甘いものは別腹です! 一緒に食べましょ」
「もう……仕方がないわねぇ」
愛想よくニコッと微笑むレンカの姿は、姪っ子贔屓を抜きにしても可愛らしい。きっと叔母である自分もこんな感じで愛くるしい生き物なのだと、カルミアは自分が満足するのを感じていた。
むしろ、異母姉の娘という遺伝子構成の割にカルミアの血が濃ゆく現れている気がして、主人公特有の承認欲求の強さは遺伝子にも反映していたのだと感心する。
(それにしても、この子がこの世界線に二十年後の未来からタイムワープしてきたということは。ルクリアお姉様って本当にネフライト君と結婚しちゃうのね。しかも、まだ子供っぽいあのネフライト君が四年後には人の親か。ネフライト君なんて、私からすると大して親しくもないし顔見知り程度だけど、なんだか感慨深いものがあるわ)
レンカの借りている部屋で濃厚たっぷりミルク味シュークリームを堪能しながら、そんなことをカルミアがぼんやり考えていると、突然レンカの手が震え出した。
「あ、れ……私、どうしたんだろう? 突然、身体が言うことをきかなくなって」
「やだ、大丈夫? って、レンカ……貴女、身体が透けて……」
未来人のレンカの存在は、未だ揺らいでいて不安定な様子。実は未来はまだ確定していないのだという実感と共に、カルミアは目の前のレンカが失われる可能性という恐怖を覚えるのであった。




