第06話 それは早めのプロポーズ
ネフライトが語る氷河期到来後の隣国の様子は、ルクリアが想像するよりも過酷なものだった。まずは、西方大陸全土に影響が及び、エネルギー供給が不足するようになった。
ジェダイト財閥は資産の何割かを魔法都市国家メテオライトに持っており、ネフライトが受け継ぐ予定だった資産は大幅に減ってしまう。それどころか、隕石衝突に巻き込まれた兄アレキサンドライトの後ろ盾を失い、生活そのものが困難になってしまった。
「住まいとかは、どうやって探したの? ご両親とも連絡が取れず保護者役だったアレキサンドライトさんも亡くなって。大変だったんじゃない?」
「それが、隕石衝突の三ヶ月前に兄さんがオレに別荘を買ってくれたんだ。別荘って言っても、避暑地のそんなに大きく無いリゾートマンションの一室で、その気になれば家族で暮らしていけるようなところだった。すぐそばに、ジェダイト財閥運営のオークションハウスもあってさ。今思えば、隕石衝突後に暮らしていけるように、兄さんが最後にプレゼントしてくれたんだと思う」
「アレキサンドライトさん、数ヶ月後には何が起こるか予期していたのかしら。きっと、それで……」
もちろん、学校の類に通うことも厳しくなったため、原則として十五歳を過ぎたものは元服として成人と見做す法律に変更される。これにより、ちょうど中学卒業したばかりのネフライトは社会に出て働きやすくなり、食い扶持を繋げるようになった。
「兄さんがオークションハウスを運営していた繋がりで、そこの人とは知り合いだったんだ。一から仕事を覚えるならって条件で、下積みから働かせて貰った。闇市に近いギリギリっぽいところだったけど、オークションハウスだった場所を居抜きで作ったところだから、働き先としてちょうどいい。オレとしては原点になる場所なのかな。家の近所で通いやすかったし」
「そう。ネフライト君は若くして随分と苦労することになったのね。ところで、ネフライト君と結婚するまでの間、私はどんな暮らしをしていたのかしら」
ルクリアの素朴な疑問に、ネフライトは顔を赤らめてやや言いにくそうに説明し始めた。
「えぇと……十五歳で成人として見做されるように法改正されたから。その、ルクリアさんは故郷から移動後、すぐにオレと結婚したんだ。今の感覚からするとちょっと早いかなって感じだけど。時代がさ、もう戦国時代とかそれくらいの感じで。共に生活する人がいるなら、そっちの方が安心だし。ルクリアさんもオレも実質、身寄りのない状態だったから。二人で家族を作ることにしたんだ」
「ふぇえっ? 私とネフライト君って、そんなに早く結婚しちゃったの? せめて、ネフライト君が十八歳を過ぎてからだと思ったわ。あっ……けど、婚姻も早くしないと大変な世の中だから、それで元服とかそういう法律が適用されたのね」
「オレだって、ルクリアさんとそんなに早く結婚するとは思わなかったよ。まぁ自分で生活費を稼ぐ状態で妻がいるわけだから、そういう意味では早婚でも気にならなかったかな。その……大人の男になったというか。うん」
共に逃れて来たルクリアとは既に恋仲となっていたが、行く宛の無いルクリアと共に暮らすようにまでなるとは思わなかったという。要は、想像よりも数年早く二人は夫婦として婚姻生活を送ることになった。
「だからさ……ルクリアさんのお腹に赤ちゃんが出来るのも、割合早かったんだ。一応オレが十八の時に子供が産まれたんだけど。多分、婚姻年齢が改正されなかったら、あの子は……娘のレンカはこの世に生を受けなかったと思う」
「そう……レンカさんはネフライト君が十八歳の時に産まれた子で……って、え。ネフライト君の奥さんって私よね」
自然の流れで今日、出会った謎の美少女レンカの正体が分かり、ルクリアは心の奥底から驚いてしまう。自分によく似た銀髪とネフライトと同じ翡翠色の瞳、異母妹とはいえ血の繋がりのあるカルミアによく似た仕草のレンカは、ルクリアの娘だった。
「ごめん、流石に学校の敷地内でレンカのこと、未来から来たオレ達の娘だなんて言えるはずなかったし。ほら、他人の目もあるしさ」
「……そういえば、カルミアって私にやたらネフライト君との婚約を急かして来たし。自分至上主義者のくせにレンカさんにはタジタジっていうか、押され気味で弱かったわよね。まさか、自分の姪っ子って気づいているのかしら」
ルクリア、カルミア、レンカの三人が同じ場所に介した時にはクローン人間か、実は三 ルクリア、カルミア、レンカの三人が同じ場所に介した時にはクローン人間か、実は三人姉妹だったのかなどと困惑したが。未来からやって来た自分の娘なら、似ていても納得である。
気になる点を敢えて挙げるとしたら、何故叔母さんにあたるカルミアをリスペクトしたようなキャラクター設定になっているのかということくらいだ。
「まぁカルミアさんのクラスや生徒会くらいには、未来から新入生がくる情報を教えてる可能性はあるよ。自宅に帰ったら、カルミアさんに訊いてみたらどうかな」
「そうね、レンカさん本人から訊くのも気がひけるし。カルミア経由で情報を仕入れるのがいいのかも」
「……ところでさ、ルクリアさんはこの未来についてどう思った? 財閥の息子と結婚した割にそれほどいい暮らしは出来ないし。想像よりも早く結婚することになる。何より故郷は滅んでしまう」
俯いてひとつひとつを確かめるようにルクリアに問いかけるネフライトの瞳は、一度辛い未来を生き抜いて来た大人の男の瞳だった。子供に戻ってしまったことが原因で、時折心が引き摺られることもあるらしいが、意外と子供時代が短く終わったことも原因なのでは無いかとルクリアは感じた。
「どうって言われても……ネフライト君がそばに居てくれなかったら、それこそ私は路頭に迷っていただろうし。未来の私はネフライト君に感謝しか無いと思う。子供は……ちょっとカルミアに過ぎているけど、可愛いし。きっと未来の私は大変ながらも、幸せなんじゃないかしら。隕石衝突とか、社会情勢はどうすることも出来ないから……」
「レンカは多分、過去を救うためにやって来たんだと思うけど。この現在とレンカが存在する未来が同じ世界線とは限らない。だから……これからどうしたいかは、ルクリアさんの意思で決めてもいい。けど、それでもギベオン王太子でなくオレを選んでくれるなら……凄く嬉しい。オレを……選んで欲しい」
ネフライトはギベオン王太子とルクリアが一緒になる選択肢も残した上で、敢えてそれでも自分を選んでくれるのであれば嬉しいと。
それは、ネフライトからの早めのプロポーズでもあった。




