第05話 氷河期の果てにあるものは
通常よりも長く感じられた学校が終了し、そのまま家に帰る気すらしないルクリアは、ネフライトの提案通りそのまま彼の家へと立ち寄ることにした。だが、タイミングとは避ければ避けるほど不思議とぶつかるもので。ネフライトと二人で下校途中の校門前で、会いたくなかった異母妹カルミアともう一人の少女レンカとバッタリ遭遇してしまう。
「おっ……お姉様? これから、ネフライト君と何処かへ行かれるのかしら。もう、ほとんどネフライト君がカレシよね。そうだっ。今日を機に、お姉様はネフライト君と婚約したらどうかしら? ギベオン王太子の婚約者は最初から私も候補だったことにして、誤魔化しておくから。きっとそれが、乙女ゲームの新たな追加シナリオ……」
「カルミア、何だかあなたいつもとテンションが違くない? 挙動がおかしいというか。ところで、その隣で微笑んでいる可愛らしい女の子、カルミアの新しいお友達かしら。随分とカルミアとそっくりだけど」
「えぇっ? やだわ、お姉様ったら。どちらかというとこの子のお顔立ちは、ルクリアお姉様にそっくりなんじゃないかしら。ほら、私ってこの学園に入る時に結構目立ってたし。後から入って来たレンカさんはよその国の子だし。ここに馴染むために、私のファッションに影響を受けているんだわ」
いつもと違い、挙動不審なほど早口で捲し立てるカルミアにルクリアは一層の不信感を抱いた。また、すぐ横で苦笑いしている美少女が、おそらく噂の新入生なのだろうと気づいた。
「うふふ。初めまして、ルクリア・レグラス様。私、レンカ……と申しますっ。訳あって苗字はしばらく公表できないことになったのですが、ルクリア様のこと学園の先輩としてお慕いさせて頂きますわね。ネフライト君もこんにちは、将来はルクリア様と可愛い子どものためにたくさん働いてねっ。二人とも、仲良くなれると嬉しいなっ」
「ちょ、苗字は訳あって公表出来ないって。ますます不振がられるでしょ。これ以上、私に苦労させないでよ」
「あら、カルミア叔母、いえカルミアさん。ちょっぴり眉間に皺が出来てますよ〜。今からアンチエイジングしないと、将来、た・い・へ・ん!」
自分が一番可愛いと自称する承認欲求の塊のような女カルミアが、何故か隣の美少女レンカにおされてしまっている。
髪色はルクリア自身と同じ銀髪だが、内巻きボブヘアやリボン付きカチューシャなどはカルミアへのリスペクトが強く感じられる。口元に手を添えて承認欲求の強そうなぶりっ子ポーズを決めているところまで、カルミアを写しとったようにそっくりだった。
(一体、何者なのこの子。遺伝子パーツは私に近い気がするのに、雰囲気作りやファッションセンスはそのままカルミアを目指しているようだわ。まさか、お父様の隠し子とか、謎の異母妹ではなく私とカルミアを融合させたクローンなの? それにしても、私の顔立ちでカルミア系のぶりっ子スタイルをすることがここまで精神的に破壊力を及ぼすなんて)
昼食時は平静を装っていたネフライトもレンカの登場に血の気が引いているように見えて、ルクリアはますます不安になる。
「えぇと、カルミアさん、レンカさん。オレ達、これからちょっと急ぐから。ごめんね、また明日……! ルクリアさん、行こう」
「ちょっと、ネフライト君」
そっくりな女の子三人に囲まれて、これ以上目立つのが嫌だったのか、ネフライトはルクリアの手を引いてこの場から一刻も早く逃げることにした。
* * *
「はぁはぁ……なんか、三人揃うと似てて圧巻だったなぁ。ルクリアさん、大丈夫。突然走ってごめん」
「う、うん。大丈夫よ。はぁジェダイト財閥所有のマンションか、相変わらず立派よね」
「……いつまで僕も住めるか分からない不動産だけど、今はここで贅沢させて貰うのがベストかなって。ルクリアさんも自分のうちだと思って使っていいから、入って」
まるで本当に未来の夫のような態度のネフライトに心をときめかせつつも、ルクリアは謎のクローン系美少女レンカのことが気になって仕方がなかった。前回お邪魔した時は、ミンク幻獣のモフ君が一緒だったが、今日は学校帰りなのでモフ君はいない。
正真正銘、二人きりのシチュエーションにルクリアもネフライトも動揺が隠せない。ネフライトがグレードの高い紅茶を高級ティーカップに淹れて、当たり前のように有名メーカーのクッキーをお茶請けとして出した。
「そういえば、ネフライト君。レンカさんについて知っている情報を教えてくれるって言っていたけど。やっぱり、お父様の隠し子とか私とカルミアのクローンとか、そういう複雑な感じ?」
「いやいや、まさかルクリアさんの発想がそういう風になるとは思わなかったんだよ。僕達の未来を知っていれば、彼女のことも察しがつくかと思っていたんだけど。まずは未来がどうなるのか、今の予定を大まかに教えておこう」
「未来、ネフライト君が私の夫になるっていう未来のこと?」
状況を飲み込めずにいるルクリアに、ネフライトはまずこれから起こる未来について教えることにした。
「二年後の未来で隕石が衝突して、魔法都市国家メテオライトは氷の世界に閉ざされた。オレとルクリアさんは駆け落ち同然で国を出て、偶然隕石の直接衝突を免れた。本当は、氷河期発生の時に周辺にいるだけでも危険だったけど。ルクリアさんの氷の守護のおかげで、助かったんだ。ほら、このルクリアさんの魔法で出来た額の傷……これが氷の精霊と仮契約を結ぶ証になってさ」
「つまり、私は生まれつき氷の精霊と契約していてネフライト君は額の傷のおかげで氷の守護を貰ったのね。それで、氷河期発生時も無事だったと……」
「うん。だけど、隣国に行ってからはもっと大変でね。一つの国が滅んだんだから近隣国にも影響が出ないはずは無い。もしかすると、不安な未来図かも知れないけど……この先も話していいか?」
魔法都市国家メテオライトが隕石により氷河期となって眠りにつくことは知っていても、その影響で隣国がどうなるのかまではルクリアには想像出来ていないようだった。もしかすると、財閥のチカラが弱くなる未来を知ったらギベオン王太子に心が戻ってしまうのでは無いかと、ネフライトにも不安がある。
だが、レンカの存在まで知られては話すのが妥当だと踏んだ。精神的な影響も踏まえてルクリアに、嫌な未来だとしてもその先を話していいか了承を得る。
「えぇ。聴かせてちょうだい。一体、この先はどんな未来が待っているのか。氷河期の果てにあるものは何か、あのレンカという子が何者なのか」




