第04話 頼れる未来の旦那様
カルミアのクラスの転校してきた謎の美少女レンカの噂は、暇を持て余す学園の生徒達の間であっという間に話題となった。高等部二年生のルクリアの元にはもちろん、中等部二年のネフライト耳にもレンカの噂は入ってくる。
ネフライトがお昼休みにルクリアと待ち合わせをしている中庭へと移動しようとすると、普段はあまり話しかけて来ない新聞部の女子生徒が手帳と万年筆片手に話しかけてきた。
これはもう間違いなく、取材モードに入っているとネフライトは身構えて警戒する。
「ネフライト君、高等部一年の入学してきたレンカさんって人、ジェダイト財閥の関係者らしいけど。親戚か何か……? 学園新聞で取り上げたいと思うから情報があったら、教えて欲しいんだけど」
「えっ……? レンカさん……? えぇと、うちは同じ一族の人が多いから親戚だからと言って面識があるわけじゃないんだ。兄さんなら、何か知ってるだろうけど。あんまり、情報持ってなくてごめんな。それと、隣国絡みだったら上からのチェックが入るから、学園新聞に載せるのは様子を見たほうがいいと思うよ」
「そうなんだ。すぐには学園新聞に載せるのは無理でも、いずれ許可が出た時のために情報を集めておきたいから。お兄さん経由で何か分かったら教えてね」
取材協力を断ったつもりだったが、長い目でレンカを注目して行くつもりらしい新聞部女子は、スッキリとした表情で教室を出ていった。この後も、情報収集のために足を使う気なのかも知れない。
逆行転生前の記憶を持ち自らが大人だった頃のことを覚えているネフライトにとって、未来から自分の娘レンカが肉体ごと過去にやって来たのは心配で仕方がなかった。
(レンカのことどうしよう? ルクリアさんにも説明しておいた方がいいんだろうけど、学園内でオレ達の娘のレンカが〜なんて話していたら、いよいよ危ないカップルになってしまうし。そもそも今の段階じゃ、ルクリアさんはギベオン王太子の婚約者だ。慎重にいかないと)
ネフライトが手作り弁当を持参で毎日ルクリアに尽くす姿献身的な年下君として名を馳せ始めており、側から見れば既にギベオン王太子ではなくネフライトとルクリアの二人がカップル扱いとなっている。だが、国絡みでルクリアが婚約という契約をしている状態では、横恋慕状態のネフライトの方が圧倒的に不利だった。
また、魔法都市国家メテオライトの王宮側もネフライトルクリアの仲を自由にさせている感じがある。
(もしかすると婚約破棄の原因になるまでオレをうまく泳がせて、裏でジェダイト財閥や兄に慰謝料を払わせていたかも知れない。奪略愛とも言える駆け落ち婚だったけど、それ以上に通常の世界線ではギベオン王太子がカルミアに誑かされていたし。当時は子どもだったからまだよく分からなかったけど、逆行転生した状態だと綱渡りな人生を歩んでるのがよく分かるな)
ここで考えていても時間だけ過ぎて、ルクリアにお昼後を渡しそびれてしまう。気持ち切り替えて、ネフライトが待ち合わせ場所の中庭に向かうと、顔面蒼白のルクリアがネフライトの到着を佇んで待っていた。
* * *
「ルクリアさん、お待たせ。ちょっと新聞部の人に声をかけられて、手間取っちゃってさ。遅くなってごめんね、今日は倭国風柔らかカツサンドをメインに、煮物とかいろいろ作ったんだけど」
なるべくルクリアの真っ青な表情には触れず、そのまま昼食タイムにしようとしたネフライトだったが、ルクリアは既に涙目だ。ネフライトの腕をガシッと掴んで、縋るように抱きついて来た。ルクリアの柔らかな胸の感触が腕に当たり、ふんわりと清楚な香りが漂ってきて思春期のネフライトにとっては辛い状況だ。
「うぅ……ネフライト君。聞いてくれる? 実はね……。カルミアのクラスに、私やカルミアに激似の女の子が入学して来たらしくて。まさか、もう一人の異母妹だったらどうしよう!」
「えっっっ? そういう方向性をルクリアさんは疑っちゃったんだ! いや、どうしよう……参ったな。取り敢えず、腹が減っては戦は出来ぬっていうし、食べよう。ほら、カツサンドは倭国の言語の勝つに通じていて、縁起がいいから。食べて自分に負けないように……」
どうやら、何も事情を聴かされていないルクリアは、突然現れたレンカをレグラス伯爵の隠し子か何かと勘違いしているようだった。レンカは自分達の未来の娘だから安心していいよ、と教えてやりたいが、学園内である今ここでその話をすることは出来ない。
「うぅ……グスっ。ネフライト君、優しいのね。本当にギベオン王太子から乗り換えちゃおうかしら」
「……乗り換えて貰わないと、いろんな辻褄が合わなくなるんだけど。ほら、座って……ちゃんと食べよう」
抱擁している状態が続き、いよいよネフライトも動揺を隠すのが難しくなったため半ば無理矢理ルクリアを着席させる。
一応、中身は大人の男のネフライトにとって、若い頃の妻のボディタッチにいちいち動揺しているわけにはいかない。ただ肉体年齢が思春期であることが、彼のピュアな部分をいたぶっているだけだ。
「うん。いつも思うけど、ネフライト君ってしっかりしているわよね。仮に中身が大人の男性だとしても、うちのお父様がこんなに立派なお弁当作れるかというと、そういう訳でもないし。ネフライト君固有の料理スキルのような気がするわ」
「そ、そうかな? まぁ趣味が料理ってことだよ。ルクリアさんのお父様だって、楽器の演奏は趣味ながらも長けているんだろう。人それぞれ個性の部分が違うんだよ、きっと。そうだ……今日、学校帰りにウチに寄ってよ。ルクリアさんも疑惑を持ったまま家に帰宅するの嫌だろうし、オレが知ってる情報を提供するからさ」
「……! ありがとう、ネフライト君。ふふっ何だかネフライト君の方が年下なのに、本当に旦那様みたい。あながち未来の夫というのも嘘じゃないのかもね」
(まだオレが未来の夫だという説が、ルクリアさんの中では半信半疑だったのか。上手くレンカのことを説明出来るといいんだけど……)
カツサンドを頬張りながら、未来からやって来た娘のレンカについてどう伝えればいいのか悩むネフライト。
一方で学園内では、ルクリアが泣きながらネフライトに抱きついていたことが新たに噂となっていた。




