第02話 未来からの転校生
新学期開始から一週間が過ぎたある日、カルミアのクラスに隣国から遅れて新入生が入ってきた。担当の美人女教師が、眼鏡をくいっと光らせて何やら重大発表のような圧で語り始める。
「実はこのクラスにはもう一人仲間がいます。隣国からの移動と、ある特別な手続きの関係で、登校するのが遅れてしまいましたが、まだ授業開始から一週間、追いつくことが出来るでしょう。さっ……どうぞ」
「初めまして、皆さん。隣国のタイムワープ実験の一環で二十年後の未来からやって来ました【レンカ・ジェダイト】と申します。過去の世界がどのようなものか、凄く楽しみです!」
ザワッッ!
平然と自らを二十年後の未来からやってきたと自称する少女に、生徒達は驚きを隠せない。
『聴いた? 二十年後の未来からやって来たんだって。マジ、冗談じゃなくて』
『そういえば、隣国の財閥ではずっとタイムワープ実験をしているらしいから、いずれ実験が成功する日が来るんじゃないか』
『ジェダイトさん……ああ、もしかしてジェダイト財閥の関係者か。まさか、財閥の未来の御令嬢……?』
少女は美しい銀髪と翡翠色の瞳をしていて、顔立ちに至っては文句なしの美少女だ。しかし、カルミアからすると極めて既視感のある容姿だった。
(何よ、この子。ルクリアお姉様の顔立ちと髪色の癖に、何故か私と同じ内巻きボブの髪型なんかして! これじゃまるであの子と私が銀髪と金髪の色違いキャラじゃない。はっ……まさか、私から主人公の座を奪おうってつもり?)
この乙女ゲームの主人公を自称するカルミアだが、従来のシナリオにはいないはずのキャラクターの登場に気が気ではない。しかも、顔立ちや髪色は美人と絶賛される異母姉ルクリアにそっくりで、それにも関わらず髪型や仕草はカルミア自身に似ている気がした。
敢えてジェダイト財閥の血筋を予感させる部分といえば、ルクリアの未来の夫とされているネフライトと同じ翡翠色の瞳くらいだろうか。
「はいはい、皆さん落ち着いてください! 実はこのタイムワープ実験は、二十年後の未来の命運を賭けた特別な実験だそうです。そこで、歴史上極めて優秀だったとされる我が校のこのクラスが、タイムワープの実験ポイントに選ばれました。他のクラスの皆さんには、なるべくレンカさんが未来人だと悟られないように配慮をお願いします」
「クラスの皆様、ご迷惑をおかけしますがどうぞ宜しくお願い致します」
ザワザワ、ザワザワッ!
『えぇええっ? オレ達のクラスだけ秘密を握るのって、何だか重くない?』
『けど、未来からも歴史上極めて優秀なクラスって認定されたんでしょ。この実験を成功させれば、将来安泰じゃん』
『はぁあ。それにしてもレンカちゃん超可愛くて美人だなぁ。美人で近寄りがたい雰囲気のルクリア様に何処となく似てるけど、レンカちゃんは可愛いさも滲み出てて、いいなぁ。あぁでも実年齢は二十歳も年下なんだぁ……』
男子生徒の中には、新ヒロインと言っても過言ではないレンカにトキメキを隠せない者までいる様子。本来だったら、その辺りの男子生徒は聖女で主人公のカルミアを絶賛するポジションのはずだ。
(くっ……わざわざ一週間ずらしとか、あざとい小技で目立つ時期に入学してきやがって。いえ、この乙女ゲームの主人公は私……カルミア・レグラスよ。生徒会のマドンナというポジションがある限りまだイケる!)
何とかして自分の中のテンションを維持しようとするカルミアだが、運の悪いことに担当教師がカルミアの隣の席に目をつけた。
カルミアは主人公の特権で一番後ろの座席の窓際という、スチルイラストが作りやすい位置をキープしている。尚且つ、隣の席は誰もおらず、本来はカルミアがとことん目立つようにという神からの配慮のはずだった。
「カルミアさんの隣の席が、空いていますねぇ。何だか容姿もパッと見て双子のような感じですし、レンカさんはカルミアさんの隣に座るのが良いでしょう。カルミアさん、未来人が隣の席でも大丈夫でしょうか。生徒会で広報係を任せられた貴女なら、それくらい平気ですよね」
「ふぇっ? まぁ隣が未来人でも、構わないですけど」
担当教師にいざなわれて、レンカが品よくカルミアの隣の席に座ろうとする……が、そこでレンカの動きがピタッと止まる。
「もしかして、カルミア叔母さま? 本物のカルミア叔母さまなの? 嗚呼、きっと間違いないわっ。その承認欲求の強そうな瞳、無駄にぶりっ子した仕草、写真で見た叔母さまそっくり。正真正銘、本物のカルミア叔母さまなのね!」
ひしっ!
と、一方的に感極まってレンカがカルミアに抱きつく。
「何よ、この子。未来は秘匿事項が多そうなのに、いきなりまだ十五歳の私のことを叔母さま、叔母さまって。これじゃあ、貴女がルクリアお姉様の娘だってバレバレじゃない。っていうか、承認欲求の強そうな瞳じゃなくて、意志の強そうな澄んだ瞳とか表現しない? 無駄にぶりっ子した仕草じゃなくて、自然体にしていても女の子らしさが内側から滲み出てるとかさぁ。いろいろ、考えて発言してよ、いろいろっ」
「ふぇええんっ想像以上の本物だわぁ。カルミア叔母さま〜!」
未来の姪っ子のナチュラル暴言に、怒りで打ち震えるカルミア。
『くすくす、カルミアさん。確かにちょっとぶりっ子だよなぁ』
『未来の姪っ子さんにあんな風に言われちゃねぇ……』
(何よこれ、クラスメイトがみんな笑ってる。どうして私が恥ずかしい思いをしなきゃいけないの!)
この日を境に、カルミアは自分が【ざまぁする側からされる側にポジションがチェンジした】ことに気がつくのであった。




