第14話 新たな伏線に気づく時
その光景に一瞬だけ、カルミアの時が止まった。生徒会室のスチルイラストそっくりな、二次元がそのまま実装された彼らに目を奪われる。だが、間違い探しの如くひとつだけスチルイラストとは異なる部分があった。
生徒会長オニキス・クロードの持つ本が、学術書ではなくこの乙女ゲームの攻略本になっている。それは、既に生徒会長がこの乙女ゲームの大半のシナリオを手に入れていることを暗に示していた。
(えっ何これ、スチルイラストの通りなのに。何かが違う……生徒会長はこの乙女ゲームについて、もうラストまで把握しているんだ)
言葉に詰まるカルミアを嘲笑うかのように、サディスティックな微笑みをオニキス生徒会長が浮かべたように見えた。そして、元の柔和な優しいお兄さんキャラに戻って、カルミアを改めて出迎える。
「やあ、改めまして……ようこそ、生徒会へ。この乙女ゲームの主人公カルミア・レグラス! 共に、延々と続く学園生活を改革しようじゃないかっ」
* * *
一方で乙女ゲーム【夢見の聖女と彗星の王子達】のメインキャラクターの一人であるギベオン・メテオライトにも心境の変化が訪れていた。婚約者のルクリアと破談になったという噂が絶えないと、友人であり将来の側近となるアベンチュリンがホームルーム後に報告してきたのだ。
「なんでも、ルクリア嬢は今日も例の財閥ご子息ネフライト君と、ランチデートをしていたとか。とはいえ怪我の件もありますし、相手は後輩で年下、懐かれたらルクリア嬢が断りにくいのは理解出来ますが。そろそろ、忠告した方が良いのでは?」
「忠告、と言っても父上がルクリアを好きにさせた方が良いと仰っているのだ。財閥のご子息が懐いてきて、もし二人が将来的にそうなるのであれば……それまでだと。本人の意思に任せるように……と」
「つまり国王陛下は、ジェダイト財閥のご子息ネフライト君がルクリア嬢に恋情を抱いているのを分かっておきながら、敢えて自由にさせて良いと仰っているのですね。つまりもう、国王陛下はルクリア嬢を手放したと」
アベンチュリンは国王の方針を知り既に破断の方向に向かっている噂が、真実に近いことを確信したようだ。
「そこまでは、言ってはいない。王宮の中には、隣国の巨大財閥ご子息が誘拐され挙句一生残る怪我をした責任を追及されるくらいなら、ルクリアにそのまま隣国へと嫁いで貰いたいと考える派閥が出来たんだ。父上の周りにも同じ考えの人がいて、僕の身の保身のために兎にも角にも穏便に全てを終わらせたいと言っている」
「ギベオン王太子、私は貴方の側近ですが友人でもある。では友人として……ルクリア嬢をそんなことで、年下君に譲ってもいいのかい?」
王宮が雇用している側近という自分の立場よりも、友人としてギベオン王太子の心に寄り添うアベンチュリン。だが、それは遠回しにギベオン王太子がルクリアよりも身の保身を選んでいる……選んでいるように感じられることを責めているようにも見える。
「譲るなんて言っていない、僕は……僕はそれでもルクリアが僕を選んでくれると信じているんだ」
ギベオン王太子の返答はアベンチュリンからしても意外なものだった。あれだけ、ルクリアとネフライトを自由に親しくさせておきながら、最後はルクリアは自分の方を選ぶと思いたがっているからだ。
ネフライトはまだ子どもかも知れないが、だからこそ純粋に計算よりも感情が勝っていて、その想いにルクリアが絆される可能性は充分にある。
「けれど、年下のネフライト君も真剣にルクリア嬢のことが好きなんだと思うよ。憧れと恋愛感情だけに留まらず、命の恩人でありながら自分に一生の傷を与えた人物。いろんな意味で、おそらく彼の運命の女性だ。それでもアプローチしてくる年下君が成長したら。いずれルクリア嬢も、想いに応えたいと決意する日が来るかも知れない」
「だとしても……! 僕は。ルクリアを信じて……」
リィイン、ゴォオン!
タイミングよく学校のチャイムが鳴り、一旦話は中断となる。もうこれ以上、この話は止めろということだろうとギベオン王太子は思った。
乙女ゲームのシナリオというものが、この学園の現実に作用するのであれば、着実にギベオン王太子と伯爵令嬢ルクリアが婚約破棄となる王道ルートに進んでいるように感じられた。
ふと、ギベオン王太子は卒業記念パーティーの婚約破棄シナリオで、自分がルクリア嬢に何を言って、何が原因であれほど怒り狂っていたのか本音に気づく。
(ああ、そうか……嫉妬か。ルクリアが僕以外の男に絆されて、心が離れたことに対する嫉妬が原因だったんだ。何度も見るタイムリープの悪夢だが、ネフライト君がここまで積極的に近づいてきたのは初めてだ。きっと今回で夢見の薬は切れて、タイムリープは終わるのだろう)
* * *
帰りの車の中で、密かに手に入れてスマホのメモに保存しておいた婚約破棄時のセリフを確認してみる。
『伯爵令嬢ルクリア・レグラス。貴様が聖女に選ばれた異母妹カルミアに嫉妬し、いちいちひどく叱り陰で様々な嫌がらせをしていたという話を耳にした。氷の令嬢との異名を持つだけあって、それほどひどい女とは……』
『ギベオン王太子! お待ち下さい、私はカルミアに嫌がらせなんてしたことはありませんっ。この子が立派な聖女になれるように、いろいろ教えるようにと……両親から言われていただけで』
こうしていろいろ言い訳を並べてルクリアを責めているが。本当に彼女を憎む理由は、ネフライト君との仲を疑ってのこと何だろうな気付き、ギベオン王太子は自分に苦笑いしかし出ない。
(んっ……あれ、なんだこれは……シナリオのミスか? 両親に言われて……? レグラス伯爵は、独身のはずなのに……)
何となく読んでいたルクリアの返事に、強烈な違和感を覚える。父と娘二人という家族構成のはずのレグラス家だが、ルクリアのこのセリフでは【両親】と記載されている。
(両親……? まさか、レグラス伯爵……いずれ再婚するのか。ルクリアとカルミアに継母が出来る可能性が……一体誰と……)
繰り返されてきた乙女ゲームの最後のループは、新たな伏線に気づきながら波乱の予感で幕を開けたのだった。




