第12話 ランチデートと裏設定
広大な敷地の王立メテオライト魔法学園は、伝統校のわりに基本的に自由な校風である。これは魔法使いの自由な発想を、若いうちに潰さないようにとの初代校長の配慮からであった。だが、入学そのものが困難な王立学校で悪目立ちしたがらない者が多く、自然と節度を持った態度で過ごすようになる。
だから、外が晴れているからと言って外で昼食を摂るものは少数派で、お互いの教室の中間地点となる中庭をランチの場所に選んだルクリアとネフライトはちょっとだけ目立っていた。
屋根付きの席に座り、ネフライトはお弁当が入っているらしきランチバッグをテーブルの上に置いた。
「今日は始業式だし午後授業はないけど、教室までの移動時間を踏まえて中庭でいいよね。晴れてるし」
「えぇ。ネフライト君の好きな場所で構わないわよ。あっ……ところで私まだ、お昼ご飯の用意がないんだけど。そこの売店で買って来ればいいのかしら」
「実は、ルクリアさんを誘おうと思って、オレ自分で手作りのお弁当を作って来ちゃったんだ。もし良ければ、どうぞ」
超高級ブランドの刻印が記されたお弁当箱には、特上和牛のステーキや、キャビア、フォアグラなどを中心に、和洋折衷で構成されたおかずが宝石のように詰められていた。どちらかと言うと、高級おせちの重箱にも見えなくはない。だが、驚くのはこの高級おせち風豪華弁当をまだ中学二年生の彼が作ったということだ。
「えぇえええっ? この超絶高級で女子力の高そうなお弁当は一体? ネフライト君、貴方なんでそんなに器用なの。はっ……やっぱり、中身が大人の記憶があるから……とか」
「ううん、兄さんと二人暮らしだから朝食とお弁当はいつもオレが作ってるんだよ。と言っても、お弁当作りは中学生になってからだけどね。だから、お弁当歴は今年で二年目になるのかぁ。今日は始業式だし特別奮発したんだ」
「あぁ一応この高級ラインは、ネフライト君にとっても奮発した部類だったのね。安心したわ、けど……私の方が三歳も年上で、しかも女で、高校生なのに。まさか年下の男の子にお弁当を作ってもらう日が来るなんて。人生って何が起きるか分からないわよね。では、有り難く頂きます……はっ……すごく美味しい。キミ、何者……」
ただの高校生と中学生の男女が一緒にお昼を食べるのであれば、何と無く『付き合い始めたのかな』で終わるが、王太子の婚約者が財閥のご子息と昼食となると余計に注目を浴びる。
各教室の生徒達の視線が、次第に二人が昼食を摂る中庭の方へと集まっていく。
『ねぇねぇ、さっきルクリア様が例の財閥ご子息とランチデートしているのを、お見かけしたんだけど。やっぱり、噂通りギベオン王太子とは破断になって財閥の方に乗り換えるのかなぁ』
『普通だったら王太子と婚約中によその男と……なんて噂が出たら、破談どころじゃないが。ギベオン王太子も二人の付き合いを容認しちゃっているんだろう? あーあ、ギベオン王太子って、もっと一途かと思っていたけど、経済的付き合いのために婚約者を売ったのか。まだご子息は中学生なのにルクリアさんが傷物にしちゃったって話だし、確定かなぁ』
世間から見るとギベオン王太子が自分の都合で、婚約者のルクリアを財閥ご子息に流したように見えているようだ。実態としてはほんの二ヶ月前は、今よりもっと子供っぽかったネフライトを、男として本気で数に入れていなかっただけなのだが。
まさか、新学期になった途端に、ネフライトの容姿がグッと大人びてくるとは、ギベオン王太子も想定外だっただろう。詳しい事情を知らない野次馬からすると、今現在のネフライトの容姿しか認識しておらず。ルクリアとは三歳違いではあるものの、プラトニックな交際ならば不自然ではない容姿に見えていた。
しかし流石に男女のあれこれをするような年齢には見えず、せめて手を繋ぐかキスくらいが限度だろうという扱いだ。
そのため、突然出てきた傷物という単語に噂をしている中の一人が過剰反応し出す。
『えっ……傷物ってなに、まさかもうそういう男女の関係なの。流石のルクリア様も年下君相手じゃ年齢的にヤバくない? それとも、大人の男になるための手ほどき的な係かなんかなの。隣国って、倭国に影響受けすぎじゃない』
『いや、傷物っていうのはご子息が誘拐をされそうになった際に助けたものの、氷魔法で額に怪我させちゃったって話だよ。倭国だって昔は元服までは大人の儀式はしないらしいよ』
隣国は古くから倭国との付き合いが深く、宣教師が移り住んだり文化の交流が盛んだった。そのため、他の珍しい慣習もいくつか倭国由来のものがあるらしい。
『えっ……そういう慣習が倭国にはあるんだ。なんだ……じゃあその基準だと、まだ手ほどきされる年齢じゃなかったんだな。まぁ我が国からだって王侯貴族っていうのは、昔だと専門の手ほどき係がいたらしいけど。倭国だけが特別じゃないんだったね』
『でもせっかく美少年なのに残る傷痕を作っちゃったわけで。けどまぁご子息が望むなら、いずれ本当に、ルクリアさんが大人になる手ほどきくらいはしないと。財閥機嫌を損ねて、国ごととばっちりで経済的打撃は受けたくないよなぁ。まぁそういうことだろう』
乙女ゲームのシナリオでは、あくまでもルクリア嬢が異母妹に嫉妬する悪女であるため婚約破棄となった設定だったが。現実は、ギベオン王太子が自分の立場可愛さに婚約者のルクリアを財閥に売ったと見做されていた。
(ふぅん……ルクリアお姉様が浮気ものというより、ギベオン王太子が悪いって思う人が大半なのね。でもギベオン王太子のお父様である現在の国王は、本当にその方法で財閥とのトラブルを回避する気なのかも知れないわ。それならそうと、早く婚約者の座を私に変更してくれたらいいのに)
もしかすると、この見解が乙女ゲームの【裏設定】というものではないかと、生徒会に呼ばれていた異母妹カルミアは考察する。
そして、一日でも早く自分が王太子の婚約者となり一日でも多く学園内で権力を握る道はないかと思いながら、生徒会役員室のドアをノックするのであった。




