第09話 入学式当日に見る前世の夢
王立メテオライト魔法学園は、【夢見の聖女と彗星の王子達】の主な舞台となる初等部から大学までの名門校だ。
あっという間に四月になり、王立メテオライト魔法学園も新学期を迎えた。初等部から大学までの一貫教育が売りであるこの学校は、特に高校まではほとんどの生徒がエスカレーター式で進学してくる。しかし、少数ながらも狭き門をくぐり新入生となる学生もいた。
伯爵令嬢ルクリア・レグアスの異母妹であるカルミアもその珍しい新入生の一人で、彼女こそが乙女ゲーム【夢見の聖女と彗星の王子達】の主人公だ。ゲーム内容は一般的な恋愛シミュレーションゲームだが、イベントによっては魔法によるバトルや試験のシーンが加わる。
だが、取り立てて難しい要素はなく敢えて言うなら、何周もクリアしないとコンプリート後の裏エンディングが見られないところだろうか。
そのゲームの存在を【前世の私】が初めて知ったのは、親に見捨てられた縁戚の女の子【未亜ちゃん】の家庭教師として初めて会った時だった。
『ねえ、未亜ちゃんのことで、お願いがあるんだけど。やっぱり可哀想だから高校くらいはね、未亜ちゃんに通わせてあげたいって。けど、あの子……塾も辞める羽目になっちゃったから、せめて家庭教師を貴女にお願い出来ないかと』
『私なんかで良ければ引き受けるけど。塾講師ほどは、ちゃんとした勉強を教えてあげられないわよ。あくまでも、受験勉強の答え合わせをしたり、サボらないように一緒に付き添うだけだわ』
『それでもいいわよ、あの子まだあの家でお母さんの帰りを待っているじゃない? 様子を見に行ってあげる意味でも、誰かが必要かなって』
まだ中学生の彼女の母親は、受験手前の娘を置いて交際相手の男性と何処かへ消えてしまった。
のちに娘を捨てて蒸発でしたわけではなく、事件に巻き込まれてカップルで殺されてしまったことが判明するのだが、そのことを完全に未亜ちゃんが理解していたかどうか分からない。
ともかく【前世の私】は、縁戚の女の子【未亜ちゃん】の先生でありお姉さんだった。
『こんにちは、未亜ちゃん。今日から私が、家庭教師として貴女のお勉強を見ることになったけど、志望校とか目標とかってある? 通いたい学校とか』
『……特にないよ。あっ……現実にはないけど、ここ。乙女ゲームの舞台になっている王立メテオライト魔法学園! 制服がね、すっごく可愛いのっ』
『へぇ。確かにオシャレな制服のデザインね。まぁこういうゲームの世界みたいな制服を採用している学校は、殆ど現実にはないし。うん、じゃあせめて通える範囲の公立学校の中で、一番可愛い制服のところを目指しましょうか』
未亜ちゃんはまだ母親が健在だった頃の誕生日プレゼントに買って貰った乙女ゲームに夢中で、きっとそれが母親との繋がりを残す方法だったのだろうと【前世の私】も感じ取っていた。
結局、未亜ちゃんはそれなりの公立高校に合格出来たものの、高校の制服に袖を通すことなく亡くなってしまった。けれど、『きっと大好きな乙女ゲームの世界で、王立メテオライト魔法学園に入学したのだろう』と、近親者のみで行われた家族葬で話していたのを覚えている。
時は経って、【前世の私】は当時交際していた年上の彼氏とは別れてしまったものの、以前より好意を伝えられていた年下の優しい男性と結婚した。生まれた娘に美亜という名前をつけると、娘は【縁戚の未亜ちゃん】に似てしまったのか、時を経てリメイクされた乙女ゲームに夢中だった。
* * *
「おはよう、お寝坊気味のルクリアお姉様。流石に今日ばかりは寝坊せずに、早起きしたのね」
「おはよう、カルミア。貴女に言われるほど私はお寝坊さんじゃなくってよ」
一体どんな夢を見ていたのか、ルクリア自身もいまいち覚えていない。が、カルミアが起こしに来てくれなくても夢見が悪くて早起きしていた。だが、突然自室へと朝早く入ってきたカルミアに見栄を張れたためルクリアは内心ホッとしていた。
「ふっ……どうだか。あぁ! それはともかく、ようやく私のストーリーが始まるのね。あっ……お姉様は卒業記念パーティーで追放されるんだから、そのためにお小遣いとか貯金しといた方がいいわよ。いざって時にお金貸して欲しいって言われても、私……宵越しの銭は持たない主義だから!」
「あーはいはい。くだらない事言ってないで、自分の部屋で早く制服に着替えたらどうかしら? んっ……どうしたのよ、カルミア」
カルミアはずっとずっと、王立メテオライト魔法学園の制服に憧れていたはずだ。それなのに、何故か入学式当日の今日に限って未だに寝巻き姿だった。それともテンションが上がりすぎて、すぐには制服に袖を通すことが出来なかったのだろうか。
「ねぇお姉様。アタシね、実は乙女ゲームに纏わるアイテムを手にしたり、あの制服を着ると人格がすっかりカルミア・レグラスになっちゃうの。今はまだ、私自身が残っているけど、もしかしたら今日で私は消えちゃうかも知れない」
「うん……そういえば貴女、ちょっと二重人格入っているものね。てっきり、中学生特有の何かだと思っていたけれど、一応貴女なりに悩んでいたのね」
時折、カルミア・レグラスがどんなにおかしな少女でも、本来の彼女は意外とまともなのではないかと思われる節が幾つかあった。ごくたまに見せる普通の少女は、きっと本来のカルミアの前世の人格なのだとルクリアは今更気づく。
「もうっ! 揶揄わないでよ、もしかしたらこれが最後かも知れないんだから。あのね、お姉様……主人公のカルミアと異母妹ルクリアはゲーム上は仲があんまり良くないけど。本当の私は……プレイヤーのアタシは、【お姉さん】のことそんなに嫌いじゃないよ」
「……まったくいきなり改まって、馬鹿な子ね。何も無理に乙女ゲームの世界に入り込んで、人格まで主人公になりきらなくてもいいのよ」
一体、彼女が語るお姉さんとは誰なのだろうか。ルクリアの中にルクリアではない別の人を見ている気がして、胸がざわついた。もうこれ以上、ルクリアは続きを聞きたくなくて思わず耳を塞ぐ。
「でも、アタシはカルミアに気に入られちゃった中の人だから。今日からはきっと転生前のアタシが僅かでも逆らおうものなら、このゲームは中断になっちゃうの。それじゃあダメだから。だから……今までありがとうお姉さん」
半ば泣き笑いの顔で、カルミアはルクリアの部屋を出て行った。そして、次に会った彼女は彼女ではなく、完全に乙女ゲームの主人公カルミア・レグラスになってしまっていた。




