第06話 数年先は誰と居る
「ルクリアさん、今日はあんまり上手くもてなしてあげられなくてごめんね」
「ううん、素敵なティータイムを過ぎせたし、モフ君にも特上の環境で遊ばせてあげられたし。攻略本の内容も読めたし、大満足よ」
「そっか、なら良かった。今のオレじゃ、高校生のギベオン王太子に敵わないし、見た目なんか大人と子どもだから」
ルクリアとの間にあるたった三つの年齢差が、もっとも大きく感じる年頃に逆行してしまったことは、ネフライトの自信を酷く失わせていた。肉体に引き摺られて情緒が不安になることもあるというし、やはり心と身体はリンクしているのだ。
ルクリアからすると、すぐには恋愛関係になれない年下の少年ネフライトが未来の夫であることを知り、少しだけホッとした気持ちがあった。現時点では伯爵令嬢ルクリア・レグラスの立ち位置は、ギベオン王太子の婚約者である。未来の夫がちょうど良い年頃だったら、ルクリアの恋心はギベオン王太子との間で迷ってしまっただろう。
例え将来的にギベオン王太子とは婚約破棄することがわかりきっている関係だとしても、婚約中に他の男性に浮気をするような真似はしたくなかったのだ。
「今はその話は、辞めましょう。この時点での私と貴方は学校の先輩と後輩であり、友達よ。大人になってから結婚するとしても、恋人ではなく普通の人間関係を過ごす、そういう時期があってもいいんだと思うわ」
「……うん、分かったよ。けど、ちょっとは意識してもらわないと未来の夫としては不安だけど、せめて二年後の卒業記念パーティー辺りかな」
ルクリアは自分でもネフライトに対する言い分は、都合よく言い訳がましいものでは無いかと感じたが、ネフライトはそれで妥協してくれた様子。
「卒業記念パーティーね、理由はどうあれ高確率で私が婚約破棄されて追放される辺りだわ。結局、この世界って乙女ゲームのタイムスケジュール通りにことが運ぶように仕組まれているみたい」
「けど、乙女ゲームのシナリオにはいろんな分岐点があるよ。ルクリア嬢が卒業記念パーティーの前に、隣国に行くルートもあるみたいだし。まぁ一番重要なのは隕石の衝突なしで、オレのお嫁さんになってくれることなんだけど」
「ふふっ。そういうルートもあるといいわね、ううん。そのルートを探すのが目標になるんだと思うわ。それじゃあ今日はこれで……」
ルクリアのせいで出来た額の傷のこともあるし、おそらくギベオン王太子と不仲にならずとも。責任を取る意味でも、ネフライトと結婚する可能性が高いことにルクリア自身も気づいていた。
ネフライトが怪我をした日に、同じ建物内にいたギベオン王太子にも責任追及が来ることだってありえる。何故、ギベオン王太子と婚約破棄してまでネフライトを選ぶのか……という疑問は抱かなくなっていた。けれど、やはり何処かのタイミングで自分自身も恋愛感情を抱いてしまうのだろうけど、今はまだ少し早いのだ。
恋に届くまで時間がかかる分、気持ちを整理する猶予が与えられている……だから、問題なく切り抜けられるとルクリアは単純に考えていた。
* * *
自分の中の変化に気づいたのは、ギベオン王太子とのデートに誘われた時だった。
今までだったら、気にせずにこなしていたデートに罪悪感が沸く。まだ恋愛には届かないはずの、未来の夫ネフライトが哀しそうな顔をするのが頭に浮かび、心の中で何度も謝りながらデートの用の着飾った服に着替えた。
ギベオン王太子は、あれ以来ネフライトの事を一切話に出して来ないし、ルクリアの方からも彼の話題を出さないように心がけた。
「今日は閏年の二月二十九日だ。この日は四年に一度だけやってくるキミの誕生日だろう。ちょっと早いけど、今日はレストランに予約を入れてお祝いをして貰えるようにしたんだ」
移動中の車の中で、初めて今日のスケジュールを教えてもらう。ルクリアの誕生日はいわゆる閏年の閏日であり、四年に一回しかやってこない。ただ、この異世界は一月元旦に年齢をプラスして計算するため、誕生日そのものに振り回されないのだが、それでも自分の記念日は特別だ。
「えっ本当に? 私、自分の誕生日って四年に一度だけだから、誕生日を当日に祝って貰えるなんて、嬉しいわ」
「そうだね。次に祝えるのが四年後なんて、ちょっぴり寂しいだろう。だから、今日という日は本当に特別大切な日だ。そして次の四年後も共にあるという決意のための……特別な儀式だ」
敢えて四年後という言葉を用いたギベオン王太子から、自分達が婚約破棄となる未来を見ないようにする意志が感じられた。
この世界がタイムリープしていて、次の四年後は来ないことにギベオン王太子も何となく気づいているはずだ。もし、四年後が来るとしても乙女ゲームのシナリオ上は婚約破棄となる運命で、ルクリアの高校卒業後は離れ離れになる。
最悪の場合は隕石の衝突により、命を落としてこの世にはいない。
(今、どうして四年後の話なんかしてくるの。四年後も私と貴方が一緒にいることは無いはずなのに。どうして……)
突然の四年後の話に、ルクリアは言葉が出なくなり俯いて黙ってしまう。ギベオン王太子も重い話をした自覚があるのか、その後は無言を貫いた。
けれど、ギベオン王太子は黙ってルクリアの白い手を握りしめてきて、ルクリアの心もギベオン王太子に掴まれていくのであった。




