第15話 ゲームキャラとの邂逅〜カルミア視点02〜
可愛い制服を着て学校生活を送ることは、女の子共通の夢だとカルミアは前世の頃から思っていた。
残念なことに、前世では可愛い制服というものにまったく縁がなく、中学生の頃は地味な濃紺のリボンすらないブレザーだ。せめてスカート丈を調節したり、ヘアアレンジを楽しみたかった。
『あーあ、せめて隣町の学校の通えてれば赤いリボンのついたブレザーだったのになぁ』
『同じ塾の子が通ってる中学なんか、公立なのにすっごくオシャレな制服で私立みたいなんだよね。まるで乙女ゲームの制服みたい』
『乙女ゲームかぁ。あれって名門校の設定のわりに、髪型も自由だし制服を着崩しても先生から文句言われないし。しかも、攻略対象はイケメンの王子様ばかりだし。いいなぁ……』
まだ前世の地球で、ごく普通の中学生だった頃の会話をカルミアは思い出す。
その公立中学は校則だけは異様に厳しく、スカート丈を僅かでも調整すれば朝礼の後に呼び出されて叱られた。髪留めやシュシュの一つでもつけようものなら、先生に髪を引っ張られたりひどい時は水をかけられて、無理矢理外させられることも。それくらい学校には自由がなく、憧れの学園生活には程遠いものだった。
『ちぇっ。たまたま隣町に生まれたってだけで、可愛い制服を着ちゃってさ。別にアタシは元が可愛いから羨ましくなんかないけど……』
塾に通えば近隣の町から違う学校の生徒達と制服姿で肩を並べて授業を受けなければならず、ダサめの制服で授業を受けることは苦痛に感じる時の方が多い。部活が終わりすぐに塾へと直行する生活を送っていた前世では、家で着替えてから塾に通うという選択肢はなかった。
けれど、その苦痛な塾ライフは意外な形で終わりを告げる。シングルマザーだった母親がついに、兼ねてより交際していた若い男と行方をくらましたのだ。
『ねぇ聞いた? あの子のお母さん、ついに男と逃げて行方不明になったんだって』
『えー母親のカレシってやつ? かわいそー、せめて中学卒業まで待ってやればいいのに。変なの』
『それで塾を辞めるっていきなり言い出したんだ。受験はどうするんだろう?』
ヒソヒソとした噂話が前世のカルミアの胸を突き刺すが、同世代の女の子に馬鹿にされることよりも母親が消えたことが彼女の中では一番のダメージだった。
(お母さんは私よりも、あの水商売で出会ったホストっぽい若い男の方を選んだんだ。髪型だけカッコつけて、たいしたイケメンでもないくせに。あんなチャラチャラした男のどこがいいんだろう。相手の男が若いから? 身体の関係を持ったから? 私の価値はお母さんにとってあの男以下なの? もっと私が自慢になるような娘だったら、お母さんに見捨てられなかったのかなぁ)
一人きりになり親戚がお金の管理をするようになると、塾を辞めて大好きだった乙女ゲームもプレイ出来なくなった。
『ごめんね、お母さんの収入がないのに貴女を塾に通わせるのはちょっと厳しいの。お小遣いも減っちゃうけど、その代わりに高校の進学費用は捻出してあげるから』
『はい、分かりました……』
心の何処かで母親が若い男と破局して戻って来てくれる事を期待した時期もあったが、母親は【本当の意味で行方不明になっていた】ということが判明し希望はなくなった。
だから、いくら前世のカルミアが神様に祈っても、母親が彼女の目の前に現れることはない。生きている可能性はゼロに近く、初期の捜査では犯人と思われていた交際相手の若い男も何者かの手にかかって死んだという。
母親が前世でカルミアを棄てたのか、あの日を境にこの世を去っただけなのか、それすら判明しなかった。
前世のカルミアはおそらく若いうちに死んでしまったのだろうが、どんな最期だったのか、どのようにして異世界に転生してしまったのか覚えていない。
けれど、辛くて寂しくて、そして……とても寒い冬の日だったことだけは魂が覚えている。
だからせっかく乙女ゲームの主人公に転生出来ても、異母姉が氷の令嬢の異名を持つことは嫌で仕方がなかった。
(どうして、私はこの乙女ゲームの主人公に選ばれたんだろう。どうして、私達異母姉妹は仲の悪い設定なのだろう)
何故、どうしてと分からないことが多いのは、前世も今世も同じだ。
次第にカルミアは、前世の自分を少しずつ失っていき、徐々にカルミア・レグラスという乙女ゲームのキャラクターに身も心も染まっていった。
* * *
制服注文会の会場には、新入生以外にも新しいデザインの制服に新調を希望する在校生の姿が見られた。ルクリアのスケジュールさえ合えば、と一瞬だけカルミアは考えたが不仲設定の異母姉妹が仲良く制服を選んでは乙女ゲームのシナリオに反する。
だから、このままで良いのだと自分に言い聞かせた。
『では、今から王立メテオライト魔法学園の新制服の注文会を始めます。標準サイズの制服は各サイズ用意してありますので、予備制服以外は持ち帰りが可能です』
『靴のサイズ測定も行いますから、順番に並んでください』
『新入生の方はよろしければ試着室で、実際に制服を着用されてみてはどうですか?』
セーラー服タイプの襟元にベージュのブレザーという珍しいデザインの新制服は、乙女ゲームの主人公が着用するのに相応しいデザインだ。初めて見る実物の乙女ゲームの制服に興味津々のカルミアは、他者から見ても制服に気持ちがいっているのがよく分かる状態だった。
気を遣ったメイドが、カルミアに制服の試着を勧める。
「カルミア様、せっかくですからご試着されてみては? 高等部からの新入生は数が少ないので、試着室も空いていますよ」
「そうね……じゃあ、ちょっと試着してくるからモブメイドはこの荷物預かってて」
「はっ……畏まりました」
すっかりモブメイドの渾名が定着してしまったが、彼女にもローザという女性らしい素敵な名前があるはずだ。けれど、カルミアがお嬢様ごっことしてローザをモブメイドと呼びたければ、彼女を自由にさせるのがローザのせめてもの愛情だった。
(乙女ゲームのパッケージでは異母姉である氷の令嬢ルクリアは旧タイプのブレザー制服を着用していたから、本当にお姉様はこの制服は着ないんだわ。勿体ない……)
鏡の前で乙女ゲームの制服を着ていくうちに、自然と本当に自分がカルミア・レグラスになったような気がして少しだけこわい気持ちが襲ってきた。すると、鏡の向こう側から【乙女ゲームのキャラクターであるカルミア・レグラス】が現れて、転生者カルミアの腕をぎゅっと掴む。
『初めまして、新しい私! 貴女が今日からカルミア・レグラスの中の人なのね。仲良くしましょう!』
「……乙女ゲームのキャラクターが……喋った?」
彼女はついに、自分自身のアバターとなる乙女ゲームのキャラクターと邂逅を果たしたのだった。




