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第00話 絶対零度の聖女


「何故、僕は偽の聖女に騙されて最愛の女性を婚約破棄してしまったのだろう。愛を偽り心に反して酷いセリフで罵り、恥をかかせた挙句、追放してしまったのだろう……? おぉ神よ、もし赦されるのならば、僕にやり直すチャンスを下さい」


 真の聖女を追放した罪なのか、滅びの日を迎えた魔法都市国家メテオライトの最期は酷いものだった。崩壊した教会のひび割れたステンドグラスの上で、涙を零して懺悔をする男こそがこの国の次期国王ギベオン王太子だ。ボロボロの身体で、自らの大切な国が滅びゆくのを身体中で感じながら、道を間違えたあの日のことを振り返る。



 * * *



 銀髪碧眼の麗しい伯爵令嬢ルクリア・レグラスとギベオン王太子は、神の予言により定められた国公認の婚約者だった。だが、普段は澄ましていても心優しいルクリアのことをギベオン王太子は心から愛していて、ルクリアもギベオン王太子に恋心を抱いているはずだ。

 順調な二人の仲を壊したのは、ルクリアの異母妹カルミアだ。以前よりカルミアとは面識があった。が、関係性が変わったのは彼女が王立メテオライト魔法学園高等部に入学して来た頃からだった。



『ギベオン王太子様、姉と婚約を破棄してほしいの。この国は、隕石の消滅による滅びの未来が待っているわ。けどね、私が神に祈ればこの国は救われる。何故なら、私は伝説の夢見の聖女だからよ』

『キミは……ルクリアの異母妹のカルミアか。済まないが、僕はまだ君のお姉さんのルクリアを愛しているんだ。例えこの国と天秤にかけても、愛を偽ることはやがて不幸を招くと、幼い頃から教えられている』

『貴方、この国が滅ぶ未来を信じていないのね。いいわ……この映像を見て頂戴』


 カルミアが取り出したのは、小型の映像再生魔法道具だった。この国では見たことのない機種だったが、西方大陸には様々な珍しい道具を取り扱うオークションハウスが存在する。その気になれば、隣国に遊びに行った際にこの国にはない機種を購入することも出来るだろう。


 再生された映像は、自分達の酷似したイラストを用いた絵巻物語り。いわゆる映像付きの乙女ゲームというものだった。


『何故、この僕がキャラクターとしてゲームの中に存在しているんだ? これは……この少女は、カルミア……キミにそっくりだ。それにお姉さんのルクリアもいる。【夢見の聖女と彗星の王子達】それがこのゲームのタイトルなのか』

『えぇ、そうよ。そしてこれはただのゲームじゃない、この国の未来を何パターンにも分けて、シミュレーション出来るの。貴方がこのままルクリアお姉様を選ぶと、物語が進行しなくなってしまうわ。けれど、お姉様を婚約破棄して聖女の私を選べば物語は再び動き出す。滅亡の未来を回避出来る……この乙女ゲームのようにね』

『未来の滅亡を回避、しかしそうするとルクリアの立場は? 卒業記念パーティーで婚約破棄を言い渡されて、尚且つ国まで追放されたら生きていけないのでは? 流石にそんな酷い仕打ちを長年の婚約者に出来るはずがない』


 愛する人の将来を憂いて、一度は話を断るがカルミアはそれも想定内だったのか、未来のルクリアの映像を見せる。


『実はね、ルクリアお姉様は隣国に追放されてから向こうの財閥の御曹司と恋仲になり……そのまま嫁ぐらしいの。と言っても、この乙女ゲームとは違うナンバリングだろうし、詳しい内容は分からないわ。けど、ただ一つ言えることはルクリアお姉様は、ギベオン王太子以外の男性と結婚する未来が用意されていたということよ。もちろん、可能性のひとつだけど』


 たくさんある未来の可能性の一つとはいえ、大人の女性になったルクリアが他の男に肩を抱かれて幸せそうに微笑むイラストは、ギベオン王太子の心を砕くには充分すぎるものだった。

 相手の男は黒髪に翡翠色の瞳をした端正な美青年で、柔和な表情でルクリアを見つめる姿は、彼も心底ルクリアに惚れているのだと分かってしまう。


『愛するルクリアが、他の男の妻になる未来が存在する。相手の男もルクリアを心から愛している……僕以外の男が。彼女を……僕は、僕は……僕の方がキミを愛しているのに。何故だっ何故だっ! 何故僕を裏切るんだっルクリアッ!』

『キャハハハハ! もう心が壊れちゃったの、ギベオン王太子? 大丈夫よ、真の聖女の私が貴方とこの国を一生守ってあげるわ! 乙女ゲームの主人公であるカルミア・レグラス、この私が……だから私を選んで、王太子様』



 * * *



 自らを聖女と偽る婚約者の異母妹に唆されて、あろうことか王立魔法学園の卒業記念パーティーという目立つ場所で、公開処刑のように婚約破棄を言い渡し、国外追放を宣言したのは他でもないギベオン自身。愛しい人を想う心を忘れて、悪魔に取り憑かれたように異母妹に夢中になった自分を何度恥じて後悔しても、取り返しはつかない。



『心まで冷たいと評判の氷の令嬢の異名を持つルクリア・レグラス、お前との婚約は破棄し、心優しい聖女カルミアと結婚する。貴様とは違い、決して裏切らないカルミアとな!』

『そんな、ギベオン王太子様……信じて。私を信じて……!』

『お前とはもう終わりだ……あんなに愛していたお前が、氷のような悪女だったなんて信じたくない。出てけ、この国からそして僕の前から……出てけっ!』



 無知なギベオン王太子はカルミアの名の由来となる花に与えられた因果が『裏切り』の意味を持つ花言葉であることを知らなかった。最初から、最愛の女性ルクリアの異母妹であるカルミアを選ばなければ、道は違っていたのだろう。



 最愛の女性、即ち伯爵令嬢ルクリア・レグラスは生まれながらに氷の魔力を持つ銀髪碧眼の美しい女性だった。きっと、隕石と共に氷河期を迎える最悪の時にでさえ、自由に行動出来る魔力を持つ彼女こそが真の聖女だったのだろう。

 


 ――だが、気づいた時にはもう遅かった。




 天から彗星が堕ちて来る時、メテオライト国は滅びの道を辿る。救いの手を差し伸べてくれるのは、夢見の聖女と呼ばれる麗しい女性だとされている。けれど最終的に夢を見たのはギベオン王太子、彼自身でありながらルクリアのことでもあった。その事に気づいた時には、全てが終わりを告げていただけだ。


 かつて、大地を悪い瘴気から守護するとされる天幕を隕石に破られて、氷が止まない氷河期を迎えた国があった。それこそが、魔法都市メテオライト国の前身の姿。

 過去の戒めを忘れぬように、国の名はメテオライトと名付けられて、滅びの隕石が墜ちるとされる時代に産まれる王太子に隕石の意味を持つギベオンの名を与えよと予言されていた。


 さて、時代が移り変わり隕石や彗星の存在を軽く見始めていたある時、王家にギベオンの名を神から与えられた王太子が産まれる。髪色はごく普通の亜麻色だったが、瞳を開けると角度によって色が変化するブルーグレーの不思議な瞳を持っていた。


『まるでこの子本人の瞳が光り輝く彗星のようだ。ふむ、きっと隕石が堕ちて来るという予言はこの王子の美しい瞳の色を予言したものに違いない』


 予言を都合よく読み違えた国王は、息子にギベオンと名付けたものの隕石によって滅びる予言のことは気にも留めなかった。

 だから、その日が来た時には実に無力でなす術もなく大地に倒れたのだ。


 運良く辛うじて生き延びたギベオン王太子は、全盛期の見る影もない傷ついた姿で今にも崩壊しそうな教会まで足を運び、自身に宿る全ての魔力を用いてやり直しを願う懺悔を捧げた。



『嗚呼、神様……僕の魔力を魂を全て捧げます。きっとこの出来事は悪い夢なのだと、目が覚めたら時間が巻き戻り、僕は最愛の女性と再びやり直しているのだと……!』


 氷河期の到来の中で、教会のステンドグラス越しに見た眩い光は、果たして天からの赦しの光か。氷の令嬢と揶揄され続けた【絶対零度の聖女ルクリア】が差し伸べた救いの光か。



 ――答えは分からないまま、彗星のように全ての時間が巻き戻った。


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* 断章『地球の葉桜』2024年04月27日。 * 一旦完結した作品ですが、続きの第二部を連載再開して開始しました。第一部最終話のタイムリープ後の古代地下都市編になります。よろしくお願いします! 小説家になろう 勝手にランキング  i850177
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