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1話 伝承

 おいでやおいで、迷いの子。

 ここは神域(しんいき)現世(うつしよ)ならざる世界。

 

 どこよりも遠く、どこよりも近い、現世(げんせ)の裏側。

 君たちには見えないけれど、私たちには見えています。


 忽然と姿を消した者たち、忘れ去られた者たち。

 取り戻したいならどうぞこちらへ。


 ……ただし、二度と元の世界には戻れないけれどね?


  ◆◆◆


 戒壇高校(かいだんこうこう)に通う二年の生徒、浦島海栗(うらしまみくり)が行方不明となった日から三日。

 警察が動き出してから二日目だが、捜索は順調とは言えなかった。


 オカルト研究部はそもそも浦島海栗が一人で活動していたこともあり、部活動についての詳細は不明。担任の教師いわく『部屋で読書をしているところしか見たことがない』とのこと。


 情報が何もない以上、行方不明となってしまった原因が学校側にあるかどうかは定かではなく、家庭の事情についても事情聴取はされたものの、明確なトラブルなどは特に掘り出されはしなかった。


 事件の起きた戒壇町は都市部から少し離れた山間部の近くに位置する町村であり、コンビニや商店街などは一通りあるという程度の、ほぼ田舎町。


 特別な観光名所があるわけでもなく、外から人がやってくることも稀なため、外部の人間による誘拐などの線は薄いと判断されている。


 ただひとつだけ、とある“伝承”がこの付近で伝えられているのだが、あまりに非現実的な内容であるため、警察がそれらを考慮するはずもなく―――


 このままでは結果的に、『年頃の子供による家出』と判断されてしまうだろう。

 その未来が見えている以上、警察が本格的な捜索に動き出すこともない、というのが現状なのであった。


  ―――以上、とある捜査官の日誌より抜粋。


  ◆◆◆


「つまり、警察はアテにならない。だからオレたちで探し出そうってこと?」


 昼休み。

 オレ―――道門遊里(みちかどゆうり)はいつものように教室の片隅で弁当を食べていると、クラスメイトの男子である夢見語留(ゆめみかたる)が近寄り、件の行方不明生徒の話を繰り出してきた。


「そうなんだよ。アイツら不真面目にも程がある。そりゃただの家出とかならいいけどよ、もしものことがあったらどうするんだって話だ」


「ただの野次馬、ってワケじゃねーよな。なにオマエ、浦島と知り合いだったりしたワケ?」


「いや、全然。ただどうしても気になることがあるんだよ」


「―――気になること?」


 オレが首を傾げていると、夢見は手に持っていた本を机の上にどんと置く。

 その表紙には『世界の神隠し百選』なんてタイトルが踊っていて、いかにも胡散臭さがにじみ出ていた。


「ユウリ。こいつはな、“神隠し”ってヤツだ」


「は?」


「まあ聞けって。この本はただの参考資料、本題はここからだ。ここ、戒壇町から少し離れたところに山があるだろ? そこを進んだ先に“地図に乗ってない村”ってのがあるんだ。知らないか?」


 確かに、ここら一帯は山間部の近くに位置している。

 戒壇町はコンビニや商店街などの必要最低限な施設はあるし、田舎町というほど寂れているとは思わないので『村』という形容からは遠いと感じる。


 そんな町に暮らしている以上、地図に乗ってない村と言われてもピンとは来ないし、恐らく他の人達もそうじゃないだろうか。


「知らねー。で、それが何なんだよ?」


「そこの村、今はもう廃村になってて跡形もなくなってるって話なんだけどさ。その昔、その地域で語られていた“伝承”があってな」


「それが“神隠し”、ってことか?」


「イエス。結論を先に言ってしまうと、浦島海栗は神隠しにあった可能性があるワケだ」


「それは……いや、さすがに無理がないか?」


 あまりにオカルト過ぎる話に、オレは思わず呆れ混じりの声で言う。


「普通はそう思うだろうな。だから警察もこの伝承については加味してない。捜査も本腰入れることはないだろうし、このままじゃホントにただの家出ってことで処理されちまうだろう」


「ああ、そうか。夢見、オマエ……“神隠し”の方に興味があるワケだ。行方不明の生徒……浦島を探し出そう、なんてのはオマケで―――」


「こらこらユウリちゃん。そんな人聞きの悪いことを言わないでくれたまえよ」


 茶化すような口調の夢見に、オレは思わず溜め息を吐く。

 コイツのこういうところは嫌いじゃないが、今回ばかりは別だ。だって、実際に人がいなくなっているんだから。


 少なくとも、オレたちのような学生風情が興味本位で首を突っ込むような事柄ではないはずだ。


「オマエが乗り気にならないのはわかる。これでも友人付き合い二年目だからな。だけど勘違いだけはしないでくれ。これにはしっかりとした根拠があるんだ」


「根拠?」


「まず一つ目。行方不明になった浦島海栗がオカルト研究部であること。地図に乗らない廃村、そこで語り継がれてきた伝承、神隠し……まさにオカルトだ。浦島が興味を持ってもおかしくはないだろ?」


「まあ、そう言われてみれば……」


「二つ目。ただの家出にしても、この地域で行ける場所なんて限られている。警察だって無能じゃない、二日も捜索して見つからないなんてやっぱり異常だろ。となると、警察が考慮すらしない事柄に焦点をあてて探すべきだ」


「だからって、オレたちがわざわざ―――」


 と、そこまで言って気付く。

 夢見の表情がいつになく真剣なことに。


「ああ、白状するよ。俺様一人じゃ不安なんだ。だって神隠しだぜ? この本にも書かれてるけど、日本じゃこういうのは珍しいことじゃないんだ。地図に乗らない廃村で語られた伝承、行方不明になったのがオカ研部長。オカルトだって現実に起きたならオカルトじゃない……そう思わないか?」


「だからって夢見が身体張る必要はないだろ」


「興味本位ってのも認めるよ。最初はホントにそれだけだった。ただ、調べれば調べるほど現実感っていうかさ……そういうのがどんどん湧き上がってきて……このまま見て見ぬ振りするのも……」


 まったく、コイツはどこまでいっても善人なんだろう。

 ここまでくると、オレが冷めたイヤなヤツみたいになってしまうじゃないか。


「……ったく、先に言っとくぞ。()()()()()()()()()()()()。神隠しだのなんだの、んなもん眉唾モノもいいとこだ」


 けれど、まあ。

 オレが夢見とこうして友人関係を続けていられるのも、コイツのこういうところが気に入っているからなのだろうし。


「だから全部行って確かめれば済む。その廃村とやらも、神隠しの真相も。浦島がそこにいなければ、やっぱりこれはただの家出だってことになる」


 なので、これはオレなりの譲歩ってヤツだ。

 これ以上の問答は無意味だし、やると決めた以上、夢見は絶対にテコでも動かないのだから。


「今日の放課後。二人で行って、確かめて、それで終わりだ。それ以上は素人のオレたちに出来ることなんて何もないだろうし。それでいいか、夢見?」


「ユウリ……オマエ……―――」


 感極まったような声色で、夢見はオレの肩に手を置いて、


「ありがとう! やっぱオマエは最高の親友だ!!」


「ああもう、いちいち声がデカいんだよ!」


 ……そんなこんなで。

 オレ―――道門遊里(みちかどゆうり)は、神隠しとやらの真相を調べるため、夢見と共に地図に乗らない廃村へと向かうことになった。


 オカルトなんてありえない。

 この時のオレは、確かにそう思っていたんだ。

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