垢舐め
達郎は、浴槽から不気味な音が聞こえてくるのに気づく。
何やら水が垂れるような、ペタペタした聞くだけでも気持ちの悪い音だ。
「また妖姫が何かやってるのか?」
現在時刻午後十時。早く寝たい気持ちでいっぱいだが、こんな怪異な音をたてられては布団に入った途端に眠気が吹き飛んでしまう。
何より、近所迷惑だった。
「こら妖姫!!お前いい加減に…」
達郎は硬直した。
「あ、お邪魔してます」
風呂で平然と立っていたのは、赤い体でやせ細った、奇妙な怪人だった。
「ぎゃあああああ!!?」
達郎の叫び声で、目の前の怪人も驚いて湯船に頭をぶつける。
「おらは垢舐め。垢が大好物なんだ」
垢舐め…聞いた事がある。
人間の風呂にフラりと現れては風呂に張り付いた垢を舐めていく妖怪だと。
今まではただの怪談程度に聞き流していた垢舐めの噂だが、こうして目の前にいると中々気味が悪い。
大人しい妖怪だとは分かっているものの、得たいの知れないものに恐怖しない者はいない。
人間の倍なんて話じゃない長大な舌をちらつかせ、垢舐めは照れながらお辞儀をしてきた。
「うるさいのじゃー。何なのじゃ?」
達郎は、妖姫を見てはじめて安心した。
「妖姫!!この変なやつを追い出してくれ!!」
「ん?垢舐めか。こいつは家に住まわしていた方が良いぞ」
冗談じゃない。
悪霊がいる時点で精一杯なのに、妖怪まで家に入れてたまるもんか。
「垢舐めは垢を糧とする妖怪じゃ。家に住まわせれば垢を舐めて風呂を綺麗にしてくれるし、人助けと考えれば何て事ないじゃろ」
「さすが!じゃあ世話になるね!」
勝手に話を進める二人の間に入り、達郎は怒鳴り付けた。
「ここは俺の家だー!!!」
「いいから黙って、早く寝るのじゃー!!!」
どこから取り出したのか、妖姫は巨大なハリセンを取りだし、達郎の頭を思い切り叩きつけた!!
痛みと共に達郎の意識が遠くなり、気絶してしまった。
「さあ垢舐め。好きなだけここにいると良いぞ?」
「ありがとうございます!」
垢舐めは、幸せそうに垢を舐め回した。