妖姫のお留守番
「良いか?余計な事だけはするなよ!」
達郎とのキツい約束を胸に、妖姫は留守番を任される。
悪霊に留守番してもらうなど、こんな馬鹿げた話があるだろうか。
達郎だってそんなのは嫌だった。だがこいつを会社に連れていけば何されるか分からない。
うっかり人を呪ったりでもすれば、それこそ笑えない事態になるだろう。
なら家にいてもらった方がずっとましだと考えたのだ。
「わらわに留守を任すとは愚か者よ」
妖姫は、特に目的もなく家のなかを適当にブラブラさ迷っていた。
「おや、これは何じゃ」
百年ものあいだ山で暮らしていた妖姫にとって人間の家の物は何もかも新鮮だった。
今手に持ったサバの缶詰もだ。何も知らない妖姫から見れば、台所に謎の鉄の塊が置いてあるように見えていただろう。
「プリンと似た蓋がしてあるな…」
妖姫は蓋を開こうとする。早速おかしな事を始め出した。
当然缶切りがないので手は滑るばかりで蓋はびくともしない。
妖姫は悪霊なのでどんなに蓋で手が擦れても手が痛くなる事はないのだが、イライラだけが徐々に募っていく。
「何なのじゃ…」
小さな怒りでムッ、とした表情は、手が蓋を開けようとする度に歪んでいった。
怒りの炎はどんどん強まり、それでも開かない無慈悲な蓋に、妖姫は泣きたくなるような思いに。
「…もう許せんのじゃああ!!」
ついに怒りが頂点に達した妖姫は、缶を床に思い切り叩きつけると、足に霊力を集中させて、裸足のまま踏み潰した!!
潰れた缶からは、中身がまるでヘドロのように飛び出してくる。
「ん?これは…」
これだけ厳重な蓋。
どんな凄い宝が隠してあるのかと期待していたぶん、こんな物をどうしてこんな硬い守りで覆っていたのか疑問を隠せなかった。
床に撒き散らされた茶色い中身からは、何やら魚の臭いが漂っている。
「…もしやこれは食料か?」
床に手をつき、赤い舌でそれを舐める…。
「…これはうまいのじゃ!!」
脂がのりきったサバの何とも言えない日本の味は、妖姫の口を朝を豪華に彩った!
思わぬ朝食に巡り会えた妖姫は、恥じらいの心も忘れて犬のように床を舐め回す。
「あーうまかったのじゃ!」
全てのサバを舐めきった妖姫は、まだ残ってるサバの臭いに包まれながら満足そうに笑った。