大百足
達郎は妖姫に呼ばれ、かつて妖姫が暮らしていた妖の山にやって来た。
寂しくなったのだろうか?
それとも山への里帰りか…色々な考えを巡らせて木々が生い茂る山をのぼっていき、妖姫との待ち合わせ場所である広場へと辿り着く。
そこには、赤い祠を見て両手をあわせる妖姫がいた。
祈りを捧げてるのか…?
「なにしてんの…?」
「おお達郎!おぬしに面白いやつを紹介しようと思っての」
面白いやつ?
また妖怪か…そう察した達郎は、何が起きても驚かないように身構える。
妖姫は息を吸うと、大声で何かを呼ぶ。
「でてこーーい!!!」
その時、山の木々が風で揺れだした!
風は達郎の髪も揺らし出すが、何やら自然の物ではないかのように生暖かい…。
「な、何だ?このキモい風は…」
突然、風が全身を叩きつける!
達郎は飛ばされそうになりながらやはり驚き、妖姫の髪は飛ばされつつも左目は隠れたまま。
大量の草を散らしながら、それは現れる…。
「…!?」
達郎が顔を覆っていた腕をおろすと…そこには巨大な百足の顔があった。
道いっぱいに体を通し、広場に顔だけを突きだした巨大な百足がやって来たのだ。
その体は鎧のように硬そうな質感で、赤い足は鋭い刃物のよう。
「ぎゃあああああ!!?」
やはりお決まりの悲鳴をあげ、尻餅をつく。
その百足…大百足はハッキリと言葉を発する。
「何だこの人間は…気に入らねえ面だな」
妖姫が達郎の前に出て大百足に手を振る。
大百足の意識は達郎から妖姫に向かい、軽く頭を下げる。
「これは妖姫様…」
「こやつはわらわの下僕じゃ。手を出すな」
誰が下僕だと殴りたくなる達郎だが、こんな化け物の前で無礼な行いはできない。
「さあ挨拶せえ」
妖姫に軽く命令され、大百足と至近距離で顔をあわせる達郎。
全身から冷や汗を垂らし、大百足の無機質な巨大な目、鬼の角のように鋭い牙に震え上がる。
「やっぱ気に入らねえ面だな…」
大百足の生暖かい息が、達郎の顔にかかる。
このままでは食われる…達郎はもう恐怖のあまり立つ事すらキツかった。
「さ、対面は終わりじゃ」
大百足の方から達郎と離れ、それを見た達郎も走り出しそうになりつつもゆっくり離れた。
大百足は妖姫にまた軽く頭を下げ、そのまま器用に方向を変えて来た道を戻り、森の木々を押し退けるようにその巨体をうねらせて帰っていった。
「何であんなやつを!俺が食い殺されても良いのか!?」
「何も分かってないな達郎。あいつはああして自分を怖く見せてるだけで、本当はとても臆病なんじゃ」
え?と達郎は軽く背伸びして、大百足が通った道の先を見た。
大百足は、達郎から離れた事を確認すると、つり上がった目を一気に垂らしてため息をつく。
「ああ…怖かった。人間は慣れねえよ…」
無数の足を動かし、大百足は山の奥へ去っていった…。