雲外鏡
妖姫がここに来てからずいぶんたった。
彼女が来たその日から、何だか色々な怪異に遭遇している気がするが…このままでも大丈夫なんだろうか。
達郎は少しの不安を胸に、昔から洗面台で使っている鏡を布巾で磨いていた。
磨かれた鏡は更に美しい輝きを放ち、達郎の姿を映し出している。
今日は休日。
特に外に出る訳でもなく、本当にただ鏡の手入れをしていただけだ。
鏡に背を向け、自室に戻ろうとすると…。
それは現れた。
「ハロー!」
「げっ!!?」
ハロー、という気の抜けた声が背後から聞こえてきたと思うと、達郎のすぐ後ろには謎の妖怪が立っていた。
顔は目と口だけがついた鏡で、胴体は白く、四肢はガラスのような輝きを持つ、どこか美しい妖怪だ。
もうさすがに慣れてきた達郎は、驚きつつも叫ぶ事なくその妖怪に聞いた。
「お、お前は誰だ?」
「私、雲外鏡でございます。ご主人様」
達郎がこの雲外鏡を妖姫に見せると、妖姫は珍しくかなり驚いていた。
何でも雲外鏡は千年に一度、鏡から誕生すると言われているらしい。
そんな千年に一度の妖怪が、達郎の家で誕生してしまったのだ。
…実感が湧かない達郎は、とりあえず雲外鏡に何ができるか聞いてみた。
「私は鏡の力を使えます!ほら!!」
雲外鏡が力を集中させると、彼の顔が光って完全な鏡になり、達郎の顔を映し出した。
「おお!生きる鏡か!」
達郎はキラキラ輝く鏡に自分の姿が映ってるのを見て、何やらうっとりと見とれていた。
意外とナルシストらしい。
「ほら!」
雲外鏡が叫ぶと、彼の顔がまた光って、今度は見違えるように美しい達郎の顔が映る。
本当の顔ではない偽りを映す鏡と化したのだ。
勿論これは彼なりの善意であり、達郎に調子にのらせようとは考えてなかったのだが…。
「見ろ見ろ妖姫!俺ってこんなに美しかったっけ?」
妖姫はその姿を見てイライラしたのか、雲外鏡に向かってこう叫ぶ。
「貴様!!これ以上調子に乗らせたらどうなるか分かっておるな?貴様の顔を割ってやるぞ!!」
それを聞いた途端、雲外鏡の顔は元に戻り、怯えた表情を見せた。
これ以上こいつを住まわせたら達郎がますます調子に乗ると考えた妖姫は、雲外鏡に近づいて両手を振りかぶる。
「良いからここから出ていくが良い!」
「…すみませんでしたー!!!」
雲外鏡は大急ぎで廊下をかけていき、玄関から外に飛び出していった!
「な、なにすんだよ妖姫…
」
「黙れ!わらわはナルシストは嫌いなのじゃ!」
妖姫の強烈なビンタが、達郎の顔に命中した…。