のっぺらぼう
「あー今日も遅くなったなー。妖姫が待ってるな」
達郎は残業ですっかり遅くなり、妖姫の怒る顔を想像しながら帰り道を歩いていた。
時計を見れば短い針は十一時を指している。
子供の頃は夜更かしの時間だったが、大人になるとここまで時間の捉え方が違ってくるとは。
達郎は何か不思議な思いに胸を弾ませながら歩いていた。
「ん?」
おかしなものが目に入る。
住宅地の塀に頭をつけた、はげ頭で青い着物を着た男が、こちらに背を向けて何やら苦しんでるようだった。
気味悪いやつ…おかしな事に巻き込まれたくない達郎はそのまま通りすぎようとしたが…。
「た、助けてくれ…」
男が途切れそうな息でそう言うものだから放っておけなくなった。
「だ、大丈夫ですか?」
思わず声を出す達郎。
まずい。おかしな事に巻き込まれてしまう…。
目の前の男は、その声に反応してゆっくりと振り返ってくる…。
「…ぎゃあああああ!!?」
その男の顔は…。
顔ではなかった。
白い卵のような頭に、目も鼻も口もついていない、白いお面でも被ったかのような姿をしていた。
のっぺらぼうだ!
腰を抜かす思いで逃げ出そうとする達郎に、のっぺらぼうは苦しそうにこう言った。
「腹減った…め、恵んで…」
え?と振り替える達郎。
…達郎は、結局のっぺらぼうを家に連れて帰り、たまたま残っていたカップ麺をごちそうした。
昔から日本に住み続け、現代社会の事など知らないのっぺらぼうにとってカップ麺はどんな高級品だっただろうか。
あっという間に完食し、達郎に頭を下げてお礼した。
「助かりました!このご恩は忘れません!!」
「いやいや…偶然見かけただけだし…」
そんな事よりも、こちらに背を向けてカップ麺を食べていたのっぺらぼうを見て、口もないのにどうやって食べたのかが気になって仕方がなかった。
だが…見てはならないような気がして、どうしても見れなかった。
「お、のっぺらぼうじゃ」
そこへ、別の部屋にいた妖姫がやって来る。
のっぺらぼうは彼女を知っているのか、彼女を敬う口調で呼ぶ。
「妖姫様!」
「久しいの。二年ぶりか」
意外と二年…達郎は何だか呆気ないような感じもした。
「あ、そうじゃのっぺらぼう。例の物、まだあるぞ」
「本当ですか!」
妖姫はのっぺらぼうを連れて別の部屋に向かっていく。
例の物?
達郎も気になってその後を追いかけた。
そこは達郎の質素な自室。
人の部屋のタンスを漁ってる妖姫の姿があった。
「ちょ!何してんだ…」
達郎は言葉を止めた。
妖姫が取り出した物。
それはサングラスだった。
二人の怪異な存在に対して近代的なサングラスは異様なオーラを醸し出している。
更に…。
「おお!似合っておるぞ!」
のっぺらぼうは、そのサングラスをかけていた。
確かにかけられてはいるのだが…どう見ても卵にサングラスをつけただけで別に似合ってはいない。
照れ臭そうにはげ頭を掻くのっぺらぼうに、達郎は申し訳なさそうに笑った。