百キロババア
「おぬしは鉄の馬にも乗れたんじゃのー」
妖姫を助手席に乗せ、達郎は休日の昼間に愛車を走らせていた。
晴れた日にはまるで絵のように美しい海が見える高速道路へドライブにきたのだ。
周りの車の運転手は勿論妖姫は見えていない。
「なあ達郎、もっと速度をあげるのじゃ」
「は?事故に遭うぞ」
ブーブーと文句を言い散らす妖姫だが、何だかもう慣れてきた。
上手いこと無視して道路を風のごとく走り抜けていく。
「あっ!達郎見るのじゃ!」
妖姫は小さな指で窓の外を指差している。
窓の外には美しい大海原が広がっている。
もう何度も行っているのに、この海の美しさはいつまでたっても色褪せず、通る度に達郎の心を魅了していた。こんな町中に、ここまで綺麗な海が見える場所も、全国では限られているだろう。
「綺麗な海だろ?よく目に焼き付けておけ」
「いや、海じゃないのじゃ。よく見ろ」
えっ?と窓の外を改めて確認する。
「はああああ!!?」
窓の外に、高速道路を車と同じ速度で走る白髪の老婆がいた!
その手足は枝のようで、少し力を加えれば折れてしまいそうだ。なのにその老婆はやたら良いフォームの走りで、車と肩を並べていた。
しかもその老婆は声も大きく、窓を閉めていても聞こえてくる程の大声でこう叫ぶ。
「若いの!!わしと競争じゃああああ!!」
ええ…と目を細める達郎。
言われなくても分かる。
この老婆は都市伝説に伝えられる、百キロババアなのだと。
妖姫は百キロババアの全力疾走に見とれて楽しそうにしていた。
「わしの速さは、宇宙一じゃあああー!!!」
百キロババアはそう叫ぶと更に速度をあげ、とうとう車を追い抜かしてしまう。
「す、すげえ!!」
達郎もさすがに驚いた。
やはり百キロババアの姿は周りの運転手には見えておらず、その何だか色々と凄まじい光景を見れるのは、この場で妖姫と達郎だけ。
「ぬおおおお見とれええええ」
百キロババアの手足は、もう肉眼で見る事さえ難しかった。
あまりの速さで、百キロババアの足は地上から離れ、そのまま空中を走り出す。
「あっ!飛んだのじゃ!」
百キロババアは空を飛んでも止まらず、そのまま速度をあげ続け、ついに飛行機のように青空の果てへと飛んでいってしまった。
あとには、車たちが通りすぎる高速道路だけ。
もう百キロババアがどこを飛んでいったのかも分からない。
「…何だったんだ…」
達郎は、何だか凄まじい時間を過ごし、早速疲れきっていた。