妖山での出会い
短めな短編小説です。楽しんでもらうのじゃ!!
人間社会は特に何かが目まぐるしく変わるのではなく、少しずつ変化を遂げ、そしてその姿を確実に変えていく。
この物語に出てくる男も、確実に変化した社会の一部と言えるだろう。
「…」
彼の名は、山岸達郎。
ごく普通の、特に取り柄もなければ目立った欠点もない、今年三十のサラリーマンだ。
そんな彼は生活も普通。
普通の収入に、普通の家で暮らす、普通の生活。
「あー疲れたな。ちょっとリラックスにでも行こうかなー」
彼の住む町には、大きな山がある。
その山は、妖山。その名の通り、人間とは異なる妖なる者が住むと言われている山だった。
当然、現代社会の荒波に飲まれた達郎はそんなものを信じる事はない。
何も怖いものなどなく、ただの山だと思っていた。
物語は、彼がこの山に入り込み、数時間たった頃から始まる。
調子にのって山奥へどんどん進んでいったら、いつの間にか道に迷ってしまったのだ。
山はいわば複雑な地形の島。
少し油断していれば草に隠れた崖に落ちる可能性もあるし、尖った枝だってある。
これだけ大きな山なら熊が出てもおかしくない。
それに、現在時刻は午後八時。
真っ暗な夜道が、達郎の不安をより大きくした。
懐中電灯も無いまま、とにかく道なりに歩いていく…。
「…ん?」
彼の目に、何やら怪しげなものが見えた。
蝋燭…とよく似た光が、暗闇のなかにぼうっと光っている。
だが当然こんな山に蝋燭がある訳がない。
もし蝋燭があっても、あんなにはっきり燃えてる訳がない。
だが…不安で心を暗くしていた達郎は、冷静な判断力を失っており、この怪しげな炎を追いかけてしまったのだ。
息を切らし、草を踏む音を暗闇に響かせながら、ひたすらその炎を追う。
炎は、達郎を導くように飛んでいき、暗い道を鮮明に照らす。
「あれ…」
気がつくと、彼の目の前に電灯が立ち並ぶ住宅地が広がっていた。
それは…妖山の前に建設された住宅地。
山の入り口だ。
あの炎を追いかけていくうちに、山の入り口へ辿り着いたのだ。
つまり、帰ってこれたのだ。
夢中で追いかけていた為か、さっきまでの記憶がない。
動揺が隠しきれず、茶色いズボンを草まみれにしてぼんやり立っている奇妙な男を見つめ、通りすぎていく通行人たち…。
「感謝するのじゃ」
ふと、高い声が聞こえてきた。
驚いて振り替える達郎。
その時、彼は背筋が凍るように冷たくなった。
「…誰だお前は…」
山の入り口には、左目を丸ごと隠すほどの長い灰色の髪に、紫の着物、赤いつり上がった目を持つ少女が立っていた。