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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第9話

「全部弥生がやったの? どうして?」

 何となく弥生が隠したんじゃないかなっと予想してはいたが、実際本人から話を聞くと、鈍器で殴られたような強い衝撃を受けた。

「翠が、恵人を好きだったから……」

「翠に……頼まれたの?」

 私は、俯く弥生にそう聞いた。責めてるつもりはない。ただ、真実が聞きたかった。弥生が翠に頼まれてしたことだったら、私は次に翠に会った時、どんな顔をして会えばいいのだろうか。聞くのは正直怖い。だけど、聞かずにはいられなかった。

「それは違う! 私が勝手にやったことなんだ」

 弥生は俯いていた顔を私に向けると、必死にそう言った。幾分必死すぎるところが疑問を呼ぶが、ここまで言ってるんだから信じるしかないだろう。この慌てぶり、必死振りから見て、本当は翠は、何らかのことは知っていたんじゃないかと思える。直接翠が、手紙を隠すよう頼んだのか、それとも弥生が自分がそうすることを申し出たのか分らないが、二人の間に秘密があったのだろう。

「そっか、私達両想いだったんだな……」

 本当にごめん、と弥生は何度も何度も頭を下げた。ここがどちらかの部屋だったならば、弥生は迷うことなく土下座していたかもしれない。それくらいの勢いがあった。

「昔の事だから、気にしなくていいよ。恵人はもう翠と結婚したんだし」

 私には、弥生を責める気持ちも怒る気持ちも湧き上がって来なかった。昔のこと……、今何を言ったってどうしようもないんだから、そう諦めに近い思いを抱えていた。

「もし、あの時、私が二人の邪魔をしなければ、結婚してたのはゆうかもしれないんだよ?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もし、あの時私達が両想いだったとしても、私は翠の気持ちを知っていたんだから、結局付き合わなかったかもしれない。私と恵人はさ、一生友達でいるのが一番良いんだと思うよ。私は、翠も恵人も大事だからずっと友達でいて二人の近くにいれたらそれでいいよ」

 私だって、もしあの時……なんて考える事あるけど、だけど、そんなことを今更考えるのは、空しいだけだから。

「どうして、昔のこと言う気になったの? 言わなきゃ私、知らなかったのに」

 私がそう問うと、弥生は半分くらい残っていたビールを一気に飲み干した。どんとジョッキをテーブルの上に置くと、私を見据えた。

「ずっと後悔してた。ずっと謝りたかったんだ。本当にごめん。それに……」

 あっ、きっとここからが本当の理由なんだろうなってそう思った。

「昨日、翠から電話があったの。恵人とゆうが隠れて会ってるんじゃないかとか、二人は好き合ってるんじゃないかって心配してた。もし、二人が今でも好き合っているんだったら、それは私のせいかなってそう思ったの。そしたら、翠が今不安になってるのも私の責任だと思うし」

 やっぱり翠は私達のこと心配していたんだ。恵人に何も言わなかったのは、きっと怖くて聞けなかっただけなんじゃないかな。若しくは、恵人に何か言ったのだけど、それを恵人は私を心配させないために言わなかっただけか。私は、気付けば一人で物思いに耽っていた。

「翠が心配するようなこと私と恵人には何にもないよ。同じ会社だし、毎日会うから隠れずに堂々と会ってるよ。会社終わってから飲みに行く事なんてないし、週に1回翠の家に行くくらいなもんで、それに会社でもあいつ営業だから日中外回りだから殆ど話さないんだよ」

「金曜日、恵人帰ってくるの遅かったんでしょ?」

「金曜日? ああ、翠はその事きにしてるのかぁ。あの日、健司さんのお友達に会いに恵人と行ったんだけど、店に行ってすぐに具合悪くなって、店出た途端に倒れちゃったの。正直、その先の記憶は私にはないんだけど、恵人が私の部屋まで運んでくれたらしい。起きたらうちのテーブルにメモが置いてあったんだけど、担いでやったんだぞ、重い痩せろとか失礼なことが書いてあったの。恵人、金曜日そんなに遅くなったの? あまりに私が重かったから時間かかっちゃったんだね。恵人にも翠にも悪いことしたな」

 そこに隠れている真実は決して言わない。翠を苦しめたくはない。それにあの日の全てを私はもう忘れてしまおうと決めたから。

「じゃあ、何もないの?」

「あるわけないじゃん。恵人も翠みたいに可愛い奥さんがいるのに、私みたいなの相手するとは思えないよ。昔はお互い好きだったかもしれないけど、今は本当に友達だから。男女の枠を超えた友達」

 私は弥生を安心させるようにと微笑んだ。そして、すっかり冷えてしまった目の前にある焼き鳥に齧り付いた。上手くやれたと思う、平静を保てていたと思う。

「そうだよね。ゆうに不倫とか似合わないもんね」

 そうだよ、と笑った。

「そっか、安心した。ごめんね…二人の仲引き裂いといて勝手なことばかり言ってるよね」

 大丈夫だよ、と私は言い少しぬるくなったビールをぐびっと飲み込む。ビールがいつにも増して苦い気がするのは気のせいだろうか。弥生は私達二人の仲を探りを入れただけじゃない。私に釘を刺したんだ。これ以上、翠を不安にさせる事はするなと。やっぱり来るんじゃなかったなと溜息をこぼす。翠に赤ちゃんでも出来ればいいのに……。えっ? 赤ちゃん……。私は自分の思いつきに身震いした。恵人と翠の赤ちゃん……、二人の赤ちゃん…。嫌だ、絶対に嫌だ。二人の赤ちゃんを見て、笑っていられる自信が私にはなかった。私は自分の思いつきの考えにとりつかれてしまった。

 そこからの弥生との会話は全く覚えていない。ちゃんと会話で来ていたのか不思議だ。弥生が特に文句を言わない所を見ると、適当な相槌は打てていたのだろう。


 翌朝、昨夜の自分の思いつきに支配されてしまった私は寝起きも最悪だった。

 どんな夢を見たのかは、全く覚えていないが、嫌な夢を見たのだけは分かる。目を覚めて、全身冷汗でびっしょりと濡れていた。

 シャワーを浴びて、簡単に朝食を摂るともう家を出なければならない時間になっていて、慌てて家を出る。いつもならばもっとゆとりがあるのに、洗濯すら出来なかった……。

 会社に着くと、気だるい体で自分の席に辿り着き、パソコンを立ち上げるとふぅと大きな溜息をついた。

「でっけえ溜息。幸せ逃げんぞ」

 誰もいないと思っていたので、「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。

「なんだ、恵人いたんだ……びっくりさせないでよ」

「失礼だな、いちゃ悪かったか?」

 さほど怒っている様子もなく、ただびっくりした私に恵人もびっくりしたと苦笑を洩らしていた。

「ごめん。そんなつもりじゃないけど」

「何か、最近のお前、変。ごめんとかありがとうとか、お前が素直なの、なんか気持ち悪いぞ。さては、とうとう俺に惚れたとか? 図星だろ」

 私は、朝一番のしかも今日は酷くすわっている目をこれでもかと駆使して睨みつけた。

「なわけないでしょ。毎日毎日同じ事言わせないで!!!」

 気付いたら怒鳴っていた。恵人がそんな私をびっくりした表情を浮かべ見ていた。

 やっちゃった……。

「ごめん、今日朝から夢見が悪くって苛々してた。八つ当たり、本当ごめん」

 あ〜、私また謝ってるし。もうなんだか調子狂っちゃう。

「その夢に俺出てた?」

 「へ?」と何とも間抜けな言葉が口から漏れ出た。恵人は、真っ直ぐにこちらを見て、どうやら私の質問の答えを待っているようだ。

「あの、夢の内容は覚えてないの。ただ起きた時の嫌な感じと、大量の冷や汗が凄くて生々しかった」

 それだけ言うと私は口をつぐんだ。

「あ〜、私掃除しなきゃ」

 何をそんなに動揺しているのか、今日の私は言っている事がたどたどしい。箒を手にし、床を掃き始めると、恵人の奏でるカタカタカタという一定のリズムがなんだか心地よくさえ感じた。

 昨日の夢。それは、あの二人に赤ちゃんが出来た時の夢だった。通勤電車の中でぼんやりと思いだしていたのだ。

 幸せそうな二人、翠の腕の中には、可愛い赤ちゃんがきゃっきゃっと笑っている。とろけそうな笑顔で赤ちゃんを覗き込む二人。笑顔の仮面をかぶった私が赤ちゃんと二人を見ている。一見皆幸せそうに見えるが、ただ一人、私だけが涙を流している。笑顔の仮面の下で。


すみません、昨日は子供がインフルエンザの為、投稿出来ませんでした。

先週の金曜日は、ためてあった分があったので携帯から投稿出来ましたが。

皆さんも、インフルエンザには気をつけて下さいね。

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