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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
54/71

第54話

 翌日。

 私はこの日、久しぶりに沙織に会った。沙織に会うのは、恐らく1か月ぶりくらいになるかな。

 夜、駅前で待ち合わせて、食事をしに出かける。私も沙織もお酒をあまり飲まないので、食事メインで、あんまりかしこまった所も嫌なので、お好み焼屋さんに行く事にした。

 豚玉を焼きながらお互いの近況報告をする。私の方は、この1か月色んな事があって、全部話すのにはなかなかの時間を有した。圭や恵人の話をするのは気が引けたが、沙織がもう大丈夫だからと笑顔で言うものだから、支障がなさそうな程度に話した。恵人が怪我をし、記憶を失った事は話さないでおいた。ただ、旅行に行ったということだけに留めた。

「沙織は? 最近変わったこととかあった?」

 そう聞くと、沙織はたちまち顔を赤く染めた。

 不思議に首を傾げる。特に顔を赤らめるような恥かしい質問をしたわけではないのだ。

 沙織は、ウーロン茶を一口口に含むと、意を決したように話し始めた。

「実は、私……好きな人が出来たみたいなんだ」

 私は沙織の言葉に食べていたお好み焼きをぽとりと落としてしまった。

「えっ……。えぇ!!!」

 私は、沙織はまだ圭のことが好きなんだと思っていた。だから、私の近況報告も沙織を気遣って当たり障りのないものに、極力おさめたのだ。沙織の大丈夫といった時の笑顔は、本当にもう吹っ切れたという風に思わせた。それは、新しい恋を見つけたからなんだ。

「ほ、本当に?」

 私が沙織にそう問うと、頬を赤らめながらも嬉しそうに頷いた。本当にびっくりしたけど、沙織のその笑顔を見ていたら、一気に気が抜けた。でも、これって沙織にとっても私にとってもいいことなんだよね。沙織への気兼ねもいらなくなるし、それに沙織の恋を全力で応援してあげられるものね。

「で、どんな人? 大学の人とか?」

 私が問いただすとさらに頬を赤らめもじもじしだした。その仕草がとっても可愛くて私はクスッと笑った。

「大学の人ではないんだけど……」

 沙織は、歯切れが悪い。恥かしくてそうなのか、それとも何か喋るのに抵抗がある人なんだろうか……。例えば、家庭がある人なんだとか……。

「無理に話してとは言わないよ」

 そう私が笑いかけると、沙織は残念そうな顔をした。

 あれ? 聞いてほしいのかな? 

 沙織と友達になって間もないので、彼女の心理や行動パターンがまだよく解らなかった。

「沙織の話はいつでも聞くから、話したくなったら話してね」

 沙織は遠慮がちに私を見ると、これまた遠慮がちに微笑んだ。

「私、友達とかいなかったから、どうやって話したらいいのか解らなくて。好きな人の話を友達にするのがこんなに恥かしいことだと思わなかった。でも、ゆうに話したいんだ。恥かしいけど、凄く聞いてほしくて。私、話下手で本当に愚図だから。ゆう、私といて苛々しない?」

「するわけないよ。沙織があんまり聞かれるの嫌なのかなって思っただけだから。じゃあ、話してくれる? 沙織のペースでゆっくりでいいから。焦らないで話して」

 きっと沙織はずっと誰かに色んな事聞いてほしいと思っていたんだと思う。聞いてくれる誰かをずっと望んでいたんだろう。そう思うと、この新しい友人を大事にしてあげたいと思った。

「実は……ね、名前も、歳も知らない人なの。話したことも、会った事もない人なんだ」

 それって、一目惚れとかの類なのかな。街でよくすれ違ったり、駅のホームでよく見かける人。そんな人だったりするのかな。

「でも、でも…ね、もしかしたら、ゆうは知っているかもしれない。その人のこと」

 限りなく小さな声で呟いた。下手をするとお好み焼きを焼いている時のじゅーって音よりも小さかったかもしれない。それでもなんとかその音を私は拾った。

 私が知っているかもしれない人……。

 余計に解らなくなって私は首を傾げ、唸った。

「ごめん、それだけでは全然見当もつかないや」

 私には誰のことを言っているのか、ちっとも解らなかった。

 私の会社の人かな。うちの会社に沙織が好きになりそうな人はいなかったような気がする。恵人以外結構年齢が上の人ばかりがいるばかりだ。もしかしたら、恵人なのかな。例えば、私の身辺を調べるうちに、恵人に心を奪われてしまった……とか。そうなったら、それはそれでまたひと波乱ありそうで気が重い。

「圭人さんのお友達なんだと思う」

「けいとって圭のことだよね?」

 沙織はこくりと頷いた。

 私の頭の中で、もう一人ぱっと浮かんで来たが、果たしてその人物であるかはまだ定かではない。

「いつ見たの。その人のこと」

「お昼休みとかに圭人さんと歩いているのを見たことがあるの」

 確か私の携帯の中に疑わしいと思われる人物の写真のデータが入っていた筈。鞄から携帯を取り出すと、写真の一覧から目的のものを探す。それを見つけると、私は沙織の前に携帯を出した。

「沙織の好きな人ってもしかしてこの人だったりする?」

 私が差し出した携帯の画面を食い入るように見つめる沙織。その顔が段々と赤く染まっていく。沙織の想い人がまさにこの人であると、返事を待たずとも明らかだった。沙織の想い人は……、健司さん。

 この写真は圭が健司さんと飲んでいる時に写メしてくれたものだ。

 左に圭が、右に健司さんがいて、二人とも満面の笑顔でピースをしていた。圭のその笑顔が凄く奇麗で、出来れば待ち受けにしたいところなのだが、隣の健司さんがいやに目立ち過ぎていて、これを待ち受けにしたら、必然的に健司さんも目に入って来てしまって、正直お邪魔だったりする。

 せっかく圭のすこぶるいい笑顔なのにさ。

 だから、私の携帯の待ち受けは、これとは違う私と圭と二人で撮った写真にしていたりする。この写真は、私が想いを伝えた水族館で撮った写真だったりする。しかも観覧車を降りた後で、真っ赤な顔で私は笑っていた。

「この人、田崎健司さんって言うんだよ。圭を見ているうちに、健司さんのことが気になりだしたとか?」

 沙織は圭が好きだったから、圭を見ているうちにその隣にいる健司さんが好きになっちゃったんじゃないかと私は考えた。

「違うんだ。初めて会った―というより見たなんだけど―のは、本屋さんで。ほら、丸和書店ってあるでしょ? 授業の空き時間に立ち読みしていたら没頭しちゃって、気付いたら次の授業の時間迫ってて焦ってたら平積みしてあった本に足引っ掛けちゃって、そこにあった本を落としちゃったの。その時に拾うのを助けてくれた人なんだ。そのあと、圭人さんと一緒に歩いているのを見たんだ」

 未知や沙織が通っている大学は私や圭の会社からとても近い。それぞれが三角形のような位置に立っていて、その真ん中あたりに丸和書店というのがあるのだ。私もよく利用するし、圭や健司さんもよく利用しているのだろう。

 それにしてもなんて偶然。というか……、どうしてよりによって健司さんかな。これは、難しいかな。

「沙織、健司さんは止めた方がいいかもしれない」

 せっかく沙織が新しく好きな人が出来て良かったってホッとしたのに、こんな事言わなきゃならないなんて憂鬱だった。だけど、健司さんは沙織にはお勧めできない。

「どうして? 何か理由があるの?」

 そりゃそうだよね、止めた方がいいかもしれないって言われてはいそうですかとは納得出来るものじゃない。

「健司さんには、彼女がいるよ。健司さんってね、恵人の奥さんのお兄さんなんだけど、確かに明るくて優しくて恰好良くて、私も凄く好きだと思うけど」

 沙織が私の好きって言葉に異常反応をおこすものだから、私はそれを納めようとすぐさま訂正した。

「いや、沙織が思っているような好きじゃなくて、沙織や未知のことを好きってのと同じ意味だから心配しないで。えっっと、なんだったっけな、ああそうだ。凄くいい人だと思うよ。だけど、やっぱりモテるから、彼女が途切れたのを見たことがないよ。いつの間に違う人と付き合ってたりするから。本気で好きになったら辛い思いをするかもしれないよ」

 沙織が好きなら応援したい。だけど、出来れば辛い思いをさせたくはない。

「私、その健司さんのこと何も知らないの。だから、会ってみたい。会ったら好きなタイプじゃないかもしれないし。話してもいないでこのままお仕舞いってわけにはいかないよ。ねぇ、ゆう、一度会えないかな」

「このこと圭に話してもいい? 圭の友達だし、会社の同僚でもあるから圭に頼んだ方が早いから。ただ、今、仕事が忙しいらしいから落ち着いてからでもいい?」

 沙織は嬉しそうに微笑み、頷いた。

 健司さんを沙織に合わせることが良いのか、悪いのか私には解らないが、沙織が望むなら会わせてあげたいと思った。


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