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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第51話

「圭ってさ、結構Hだよね……」

 帰り道、手を繋いで二人歩きながら、私はそう言った。先程の情事を少し思い出しかけ、慌てて拭い去る。

「今日は、ゆうが誘って来たんだぞ」

 誘ってって……いやでも、確かにあんなに私からキスしてたら、誘ってるって思われても文句は言えないよね。私的には、そんなつもりじゃなくて、ただ何ていうか……ねぇ?

 私はとにかく恥かしくて、俯いてしまった。手を繋いだ右手が尋常じゃない汗を掻いていた。

 隣の圭を覗き見ると、圭はご機嫌の様で、ニコニコして前を向いて歩いていた。その笑顔につられて、恥かしかったのも忘れて私は笑顔になった。圭と目が合って、どちらともなく唇を重ねた。


 ――翌日。

 私は綾とお昼にいつもの店で、オムライスを食べていた。

 午前中ずっと二日酔いで、真っ青だった綾だが、お昼になってやっと元気を取り戻していた。ご飯も食べられるようになったようだし、頭痛も吐き気も治まったようだ。

「今朝さ、今朝って言っても夜明け前なんだけど、新から電話があったんだ……。私、朝だったし、しかも酷い二日酔いでぼんやりした頭で、何にも考えずに『好きだよ』って言ってた。そしたらあいつなんて言ったと思う? あいつ、『俺も大好きだった』って言いやがった。結婚して、そんな事言われてもこっちはまだ好きなのにさ、悔しいじゃん。でも、そんなのおくびに出さずに『何だ私達両想いだったんだね』って笑って言ってやった。そしたら、あいつ黙っちゃってさ。何も言おうとしないから、私、『結婚おめでとう』って言って電話を切った。それだけは、ちゃんと言いたかったんだ。私、一体何やってたんだろうね。怖くて逃げて、本当の気持ち伝えられずに一番大事な人失くしちゃった。今更好きって言ってもどうしようもないのにね。でもね、けじめがつけられた。だから、もう一生新以外の人を好きにならないって気持ち、捨てちゃおうと思う。私は、新が悔しがるようなものっ凄く良い男見つけてやろうって思う。ゆう、心配かけてごめんね、私はもう大丈夫だから。昨日、傍にいてくれてありがとう。嬉しかった」

 涙を堪えた潤んだ瞳で綾は一生懸命に微笑んで見せた。

 綾は強い。こんな風に笑えるなんて……。

 綾の笑顔が輝いて見えた。綾にならきっと本当に素敵な男性が現れるってそう思った。綾が恋人を探そうって思ったら、すぐに出来ちゃうんだろう。だって、こんなに可愛い人男の人は放っておかないと思うから。

 食事を終え、レストランを出て会社へ向かう途中、突然綾の足が止まった。

 不審に思い綾を見ると、真っ直ぐ前を見て、唖然と立ち尽くしていた。綾の視線の先を追うと、一人の男が立っていた。

 あっ、あの人は、昨日見た葉書に写っていた人。新さんだ。でも、一体どうしてここに彼が?

 新さんはニコッと綾に微笑みかけると、歩み寄ってくる。

 すらりとした長身で、肌が黒く日焼けして、笑顔が向日葵みたいに見えるとても爽やかな青年だった。

「私、先に戻ってるよ」

 そう言って歩き出そうとした私の右手を綾が掴んだ。

「ゆう、お願い。一緒にいて」

 泣き出しそうに顔を歪め、震えた声を出す綾を置いて行くわけにはいかなかった。

「綾……」

 新さんが綾の目の前に立ち、綾の名を呼んだ。綾は私の手をぎゅうっと強く握って、顔を上げると新さんに微笑みかけた。

「どうして新がここにいるの? あっ、もしかして新婚旅行だったりする? えっっと名前なんだったけかな、奥さんは? 新、結婚おめでとう。良かったね」

 ついさっき泣き出しそうに顔を歪めていた綾はそこにはいなかった。きちんと新さんを見つめ、明るい声を出す綾は凄く立派だと思った。見ているこっちが泣いてしまいそうになる。綾が頑張っているのに私が泣いたら、あとで怒られてしまう。だから、私は涙を堪えた。

「本当にめでたいのか? 俺が結婚してお前は嬉しいのか?」

 新さんの言葉に首を傾げる綾。

「どうしてそんなこと私に聞くの? 新が嬉しいなら私の事なんてどうでもいいでしょ?」

 新さんがずいっと一歩前に出た。反射的に綾がずずっと半歩後ずさった。

「お前の本当の気持ちを知りたい。電話じゃなくて、直接」

 新さんが一体どうしたいのかさっぱり解らなかった。結婚したのに、綾の本当の気持ちを聞きたいってどういうことなの?

「いいわよ。聞かせてあげる、私の本当の気持ち。おめでたくなんかないわ、嬉しくなんかない。ずっと傍にいたかった。私だけの新でいて欲しかったよ。大好き。今も昔も。でも……」

 新さんは、綾の言葉が終わらないうちに綾を抱き寄せた。私を掴んでいた手が緩んで離れた。私はこの状況でどうしたらいいのか解らなかった。正直、綾も新さんも私の存在を思いっきり忘れている。ここは、道のど真ん中だし、道行く人が冷めた目で見てくるし、私は二人のこんな場面を見ていていいのかも解らなかった。

 困ったな……。

 綾を置いて行くわけにもいかないし。仕方なく、あまり見ないようにそこに立っていた。そうだ、自分を木だと思えばいいや。

「結婚なんて嘘なんだ……」

 えっ! 結婚が嘘!?

「はっ? 何言ってんの? 嘘ってどういうこと」

 綾の非難する声が聞こえてくる。

 綾が非難するのも解る。この話のせいで、綾は酷く傷ついたんだから。

「嘘吐いた事は、本当にごめん。俺、綾の反応が見たかったんだ。その結果次第で、もう諦めようって決めてたんだ。俺ずっと綾が好きだった。でも、どんなに近くにいようと綾は俺を幼馴染としか見てくれていないと思ってた。だから、友達に頼んで結婚したような写真を一緒に撮って貰った。綾が電話で、俺のことが好きだって言ってくれたから飛んで帰って来たんだ」

「私を好きだって言うならどうして私を置いて旅に出ちゃったの?」

 グスンと鼻を啜る音が聞こえてくる。とうとう綾が泣き出してしまったようだ。

「俺、綾を好きすぎて、近くにいたら何をするか解らないと思った。いつか、綾を傷つけると思ったんだ。だから、頭を冷やす為にも離れた方がいいと思った。綾、俺もう何処にも行かない。これからは、日本で仕事探す。仕事見つけて、落ち着いたら、俺と結婚して下さい」

 私は嬉しくて口元が緩んでいくのが解った。やっと、綾の気持ちが届いたんだ。これで、綾が幸せになれる。そう思うと、嬉しくて嬉しくていてもたってもいられなくなった。

「私から逃げられなくなるよ。それでもいいの?」

「上等」

「仕方ないなぁ、してあげるか」

 そんな返事の仕方が綾らしいと言えば綾らしく、私は吹き出してしまった。

「んぎゃっ、ゆう。ごめん、いるの忘れてた」

 ああ、やっぱり。そうだとは思ったんだけどさ。でも……

「良かったね、綾。おめでとう」

 うん、と綾は可愛く頷いた。微笑んだ綾はとても神々しく見えた。

「紹介するね、こちら石川ゆうさん。私の親友で、会社の同僚なの。そんでもってこちらが犀川新さいかわあらた。知っての通り私の……婚約者です」

 照れくさそうに新さんを婚約者と紹介する綾を私を嬉しそうに眺めた。

「はじめまして。お話しは綾から聞いてました。絶対に幸せにしてあげて下さいね」

 私は右手を差し出しながらそう言った。

「はじめまして。綾のことは任せて。なんせ俺は幼稚園の時から綾が好きだったんだから。やっと手に入れたんだ、どんな事があっても幸せにしてみせるし、絶対放すつもりもないから」

 そう言ってニカッと大きな口を開けて豪快に笑った。新さんは、よく笑う人で、見ていて気持ちがいい。綾と二人で話しているのを見ると、流石に長年一緒にいただけあって、あうんの呼吸というのだろうか、まるで夫婦漫才を見ているようで面白い。浪速の夫婦漫才って感じ。

 ふとあれだけ周りがお昼休みのサラリーマンやOLで騒がしかったのに、いつの間にやら静かになっていた。

 ということは……、時計を見るのも恐ろしいが、見ないわけにはいかない。そして驚愕の事実が明らかに。とっくに13時を過ぎちゃっているではないですか!!! 綾と二人見つめ合い青ざめる。でも、不幸中の幸いとはこの事で、きょうは瑛子さんは休みなのだ。瑛子さんがいないとしたってもう急いで戻らないとまずい。

 綾が名残惜しそうに新さんを見た。

「もう俺はお前の前からいなくなったりしない、心配すんな。今日はお前の家で待ってるよ、な?」

 新さんのその言葉にやっと安心したのか、部屋の鍵を渡すと、私達は走り出した。


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