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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第50話

あらた』。

 これって綾が前に話してくれた大好きな幼馴染の人なんじゃ……。

 ぼんやりと記憶をたどっていた私の目の前から葉書がすっと消えた。

「結婚だってよ。しかも国際結婚。もう、こっちには戻らないかもだってさ。馬鹿みたい、私……。新は必ず私の所に帰って来るって思いこんでた。私の気持ち、伝えれば良かった。そうすれば何か変わったのかな。幼馴染のままでいればずっと一緒にいられるなんて、そんなわけないのに、ずっと一緒にいれるわけないのに。本当はさ、解ってたんだよ。だけど、見て見ぬふりして来たんだ。その結果がこれ。本当、私って馬鹿だよ。ねっ?」

 話の途中から、綾の目には涙があふれ出し、大粒の涙が、流れ落ちる。綾は両手で顔を覆うと、大きな声を出して泣き始めた。叫びにも似た泣き声を聞きながら私は、何の言葉をかけてあげることも出来ず、ただ背中を撫でた。

 綾の手からぼとりと落ちた葉書を私は睨みつけた。さっきは気付かなかったが、新さんのお相手は、ブロンドで肌が白く背が高い美しい異国の女性だった。楽しそうに、幸せそうに写る二人を私は心底憎らしく思った。新さんに会った事も話したこともない、だけど、綾を泣かせるのが許せなかった。綾を悲しませるこの二人が許せなかった。

 私は、綾が泣きやむまでずっと傍にいた。私には、そんな事しか出来なかったのだ。役に立たない自分自身に苛々した。

 綾をどうにかベッドに寝かせ、私は綾の部屋を出た。 綾の苦しみや悲しみ、無念さが私の心に乗り移ったように感じた。それなのに、私は何一つ出来ない、してあげられない自分に虚しさを感じていた。

 バッグの中から携帯を取り出すと、圭から着信があった事に気付く。通話ボタンを押すと、すぐに圭が出た。

「もしもし、圭?」

『ゆう? 何かあった? 声の感じがいつもと違うよ』

 私の声が普段より低くなっていたのかもしれない。圭の前では、元気な声を出そうと思っていたのに、それは出来ていないようだった。

「そんなことないよ。今日、綾と飲んでて、綾、酔っちゃったからマンションまで送って来たの。今から、うちに帰るとこ。圭は、仕事終わったの?」

 圭に心配かけないように、元気な声でそう言った。

『俺はまだ会社。綾さんと喧嘩でもした?』

 また、失敗してしまったみたい。どんなに隠しても、圭には何でも解っちゃうんだね。私って、圭に慰めて貰ってばっかりで、情けない。

「違うよ。どうして私って役立たずなのかなって、そう思っただけ。友達が苦しんでるのに、何一つ出来なかった。ただ、それだけ」

『ゆう、何もしなくていいんだよ。人の苦しみや悲しみは本人にしか到底理解出来ないものだろ? どう理解したつもりでも本当にそう感じているかは解らない。他人なんだからね。でも、傍にいてあげたり、話を聞いたり、一緒に泣いたり、笑ったり、そういう当たり前のことでも人って慰められるんだと俺は思うよ。ゆうが何も出来ないって思っていても、友達には、ゆうの気持ちが届いているんじゃないかな』

「そっか、圭、ありがとう。圭に聞いて貰ったら、少し元気が出て来たよ。あっ、圭が言ったのって、こういうことなんだ?」

 圭に話をして、圭に言葉をかけて貰って、それだけで私は元気が出て来た。

 綾も、私に話して少しは元気が出てくれたかな? 私の手の温かさを背中で感じてくれたかな? そうであって欲しいと思う。ほんの1ミリでも綾の気持ちが楽になってくれていたらと思う。

『俺もだよ』

 え? と私は電話の向うの圭に問い返す。

『俺も、ゆうの声を聞いただけで、元気が出てくる』

「圭、今、疲れてるの? それとも何か悩んでるの?」

『うん、仕事で少し疲れてるかな』

「今、会社に一人?」

 そうだよ、と圭は低く呟く。その一言にとても疲れている様子が窺える。

「じゃあ、私、今から行ってもいいかな? 圭の仕事の邪魔はしないよ。ただ、会いたい」

 恥かしくて、徐々に声が小さくなっていく。圭が疲れているなら、もし、私が圭の元気を取り戻せるエネルギー源になるのなら、傍にいたいと思った。それが私に出来るのなら……。

『いいよ。待ってる。下に着いたら電話して。迎えに行くから』

 うんと短く頷いて、通話を切って歩き始めた。途中で差し入れにと思って、おにぎりを買っていく。コンビニのではなくて、おにぎり専門店の美味しいおにぎり。本当は自分で作って持って行きたいけど、きっとそんな時間はないから。

 圭の会社のビルに着くと、私は再度圭に電話をかけた。圭は、私の電話を切ってからすぐに駆けつけてくれた。警備員さんがまだいたが、圭を見ると会釈をしただけで、私の事にはなにもふれなかった。

 圭の働いているフロアは凄くお洒落なのだが、デスク一つ一つを見ると、凄く散らかっていた。

 圭に手を引かれて、圭のデスクまで来ると、近くの椅子を持って来てここに座るように促された。

「圭のデスク結構奇麗だね。他の人のは、凄い状態だけど」

「俺のは、電話切ってから急いで片した。普段は他と変わらない」

 ちょっと照れくさそうに圭がそういった。照れ笑いする圭の笑顔がとても可愛くて少し笑った。

「そうなんだ。気にしなくて良かったのに、仕事中だったんでしょ?」

 私は急いで自分のデスクをか片付けている圭を思い浮かべ、クスッと笑った。

 圭の会社のフロアはとても広く、小さな声でも人がいないと響く。私達がいる場所の電気だけが付いており、奥を見れば暗闇になっていて、そこから何かが出て来そうで怖い。

「今日の仕事はもう殆ど片づいているんだ。ゆう、暗闇が怖い?」

「えっ? うん。でも、どうして?」

「このフロアの暗い所をちらちら見てたから。それに前にゆうの会社のビルの屋上でゆうが夕方の迫って来るような闇が怖いって言ってたろ? ゆうは、怖がりなんだな。でも、このフロアに霊が出るって噂は今のところ聞いてないから、大丈夫じゃないかな」

 そう言って可笑しそうに笑っている。

「圭には怖いものはないの?」

 笑われて、少しむくれた私は、つんとした感じで聞いた。

「あるよ」

 怖いものの話をしているのに、圭は笑って答えた。

「えっ? 何?」

 圭には怖いものなんてないんだと思っていた。ちょっと意外だなって思った。

「ゆう、君だよ。君を失うのが怖い」

 真剣で少し寂しげな圭が、それでも口元だけは笑顔でそう言った。

 こんなに近くにいて、こんなにお互いに想い合っているのに、どうしてそんな悲しげな顔をするの?

「近づけば近づくほどに、愛すれば愛するほどに、求めれば求めるほどに君を失うのが怖くなっていく。今が幸せすぎて、もし君が俺の前からいなくなったら、俺はきっとどうにかなってしまうかもしれないとそう思う」

 圭の苦しみが、不安が私の胸の奥にまで伝わって来ていた。私は堪らず立ち上がり、座っている圭の頭から抱き締めた。圭は、泣いているのかもしれない……心の中で。

「私はどこにも行かないよ。圭から離れたりしない。絶対に離れたりしないよ」

 そんなことしか私には言えなかった。もっと圭が安心するようなこと言ってあげたいのに、語彙力のなさにげんさりとする。

 こんな時になんどけど、圭の髪の毛はとてもいい匂いがした。私は圭のつむじにそっとキスをした。圭がむくりと顔を上げ、間近に圭の顔が現れた。間近で見る奇麗な顔が今日は少し疲れている。

 仕事が本当に忙しいんだな。私がその疲れを癒せるのかな。今日は、私から圭にたくさんのキスをあげよう。そんなことで、元気になるか解らないけど、私は数えきれないキスをした。

 ふと気付くと、私は圭に押し倒されていた。いつの間にこんな状態になっていたのか、キスに夢中で気付かなかった。

「んっ、圭、こんなとこで……」

 キスの合間のほんの数秒で私はそう言ったが、すぐに唇を塞がれてしまった。

「ゆうが可愛いから、もう止められないよ」

 圭も私もいつもと違う場所、状況に興奮して止まらない。誰か来るかもしれないというスリルが一層それを増幅させた。

 弱い光に照らされて、私達は欲望の渦に落ちて行った。


こんにちは。いつもご贔屓にして頂き有難うございます。

祝50話!!! って事で、これからもよろしくお願いします。

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