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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第41話

 私達は、ホテルのレストランで朝食をとった。

 レストランには、すでに翠と恵人がテーブルに着いていた。私は二人に明るく挨拶をした。翠は明るく挨拶を返してくれたが、恵人は私を見た途端右眉をぴくっと上げた。私は恵人がしたその表情の意味が解らず首を傾げた。

「ああ、おはよう。相変わらず無駄にうるせえな」 

 恵人の余計なひと言に私は頬を脹らませ、恵人を鋭く睨みつけた。

「あら、それは失礼」

 と、嫌みたっぷりに言ってやった。

 恵人とは、元の鞘に戻ったというか、いつもこんな感じで小さな言い争いばかりやっている。

「ゆう、取りに行こうか」

 圭に声をかけられ、素直にそれに従う。その様子を不満そうに見ている恵人の視線に気づき、舌を出しておどけた表情をする。

 恵人への好きは完全に別のものに変わり、私はこの一見変わっていないように思われるが、新しい関係を好ましく思っていた。圭も翠も私達の小競り合いをまた始まったと面白そうに見ている。

 朝食はバイキングで、圭と二人で、ずらりと見事に並んだメニューの中から、あれやこれやと見移りしながらもなんとか好きな物を選んで、お皿に盛りつけて行く。

 再び席に戻ると、翠は既にデザートに取り掛かっていた。

 今日も見事な晴天で、暑くなりそうである。今日は、朝からビーチに行っていい場所を確保しようと、男たちは張り切っていた。

 この旅行に来てから、いつの間にか圭と恵人は仲が良くなっていた。元々、気の合うタイプだったのかもしれない。出会い方が違っていたならば、親友にだってなれていたのかもしれない。お互いに同じ名前を持っているので、どう呼ぶべきか戸惑っていたようだが、知らぬ間に私と同じように、圭、恵人と呼ぶようになっていた。男の友情って何か不思議で、仲が悪いと思って心配していたのに、急にお互い名前で呼び合って、ずっと友達だったというように振る舞う。私と翠は、その光景を目を丸くしてみていた。

 二人の間で一体何があったのだろうか。何があったのかは知らないが、二人が仲良くしてくるのは、私にとっては願ってもいない事なので、気にしない事にした。


 圭と恵人は宣言通り私達よりも一足早く出て、場所が取れたら迎えに来てくれる事になった。

 私は部屋に戻り、水着に着替えると、窓辺の椅子に座り、外を眺めた。私は圭を探そうとしていた。もう既に人が集まり出していて、圭を探すことは困難を窮し、出鼻を挫かれた形となった。けれども、何の気なしにビーチを眺めていると、偶然にも見つけてしまった。

 二人に話しかける女の子二人組。

 これって逆ナンされてるんだよね。

 圭に話し掛ける若くてスタイルの良い女の子。恐らく、一緒に泳がない? とか聞いているんだろう。ここからでは良く見えないが、こう男の人をその気にさせる為に、胸を少し露出気味に体を傾けたり、甘い声を出したりしているのかもしれない。

 圭がなんと言ったのかは解らないが、その二人組がそそくさとその場を退散していくところを見ると、断ったようだ。

 その光景の一部始終を目の当たりにして、胸が苦しくうずいた。

 圭が他の女の子と話しているところなんて見たくなかった。別に圭が女の子たちに積極的に話しかけたわけじゃない。勝手に表れた女の子達が誘って来たんだ。

 それなのに、今までに感じたこともない嫌な感情に戸惑いを感じずにはいられなかった。

 恵人と翠の仲の良い姿を見ていても感じたことのないような強い感情。嫉妬。私は自分でも制御が出来ない感情に初めて出会い、どう対処していいのか解らず、重い瞑想の中に一人彷徨っていた。

 自分でもおかしいと思う。だって、通りすがりの女の子なんだ。確かに彼女達は圭と恵人の容姿にひかれて話しかけたのかもしれない。だが、通りすがりに道を尋ねるのとなんら変わりのないことなのに。

 圭が戻って来たのにも気付かなかった。

「ゆう、どうした?」

 聞き慣れた耳をくすぐる優しい圭の声でぱっと見上げると、圭は優しく微笑みかける。私も微笑み返そうとしたのだが、自分でも不自然なものになったのが解った。

「ゆう?」

 私は、恐らく泣きそうな顔をしていたのだろう。

 実際、自分が情けなかった。こんなちっぽけな事で嫉妬して、動揺して、笑顔すらまともに作れなくなってしまうなんて。

 俯いて下を向くと、圭に抱きすくめられた。

「話してごらん」

 私は、激しく頭を振った。

 こんなみっともない自分をさらけ出したら圭に嫌われてしまうんじゃないかと思うと、怖かった。

「言わなきゃ、放さないよ」

 耳元で、圭が囁く。それはそれで嬉しいんだけど……。私は、ずっと放して欲しくないと思ってしまった。

 この言葉があまり効果がないと解ると圭は違う手を考えているようだった。

「じゃあ今日は、恵人達のとこに泊まらせて貰おうかな。ゆうは一人で寝るんだぞ」

 意地悪顔の圭が私を見おろして反応を窺っている。

 一人で寝るなんて否だよ……。圭は、意地悪だ……。あんな気持ちを抱いたなんて誰にも知られたくないのに。圭にはなおさら。でも、一人で寝るなんて絶対に否。

「私ね、さっきここから圭を見てたの。厭だったの! 圭が私の知らない女の子と話してたのが!」

 半ばヤケクソに私は圭にそう言って、圭の反応が怖くて下を向いた。

 ほんの少しの沈黙の後、頭上で圭のケタケタと軽快な笑い声を聞いた。どうして、笑ってるんだろう。私は不思議に思い、顔を上げた。

「ゆうは、焼き餅妬いてくれたんだ?」

 図星をつかれ、うぅと、低く唸ると居心地が悪くなって逃げ場所を探した。

「ゆうは可愛いな。そんな気持ちになった自分が嫌で、俺に嫌われるんじゃないかと思った?」

 ここまで圭にバレているなら、今更何の言い訳も出来なくて、私は仕方なく頷いた。

「嬉しいな……」

 圭が本当に嬉しそうな表情を作ってそう呟いた。

「どうして?」

 私は首を傾げた。

「焼き餅妬くほど俺のこと好きになってくれたんだよね? それは俺には嬉しい以外の何物でもない」

「でも、私はこんな気持ち苦しいだけだよ……」

 圭は私の頬を撫でるとふっと微笑んだ。

「ゆう、俺だって嫉妬することあるんだよ」

「え?」

「未だに俺は恵人に嫉妬する。いや、恐らくずっと嫉妬し続けなきゃならないのかもな」

 私は口を開こうとして、圭の指に止められた。

「解ってる。それにゆうの事信じてる。でも、それでも俺の意思とは無関係に嫉妬する。俺さ、好きならそうなるのは、仕方のないことなのかなって思うんだ。独り占めしたくなる、ゆうのこと」

「圭も? 私も独り占めしたくなるよ、圭のこと。圭はモテるから凄く心配。あのね、圭、圭なら私を独り占めしていいよ」

 そう言うと、圭の腕がぎゅっと締まり、私は身動き一つ取れなくなった。

 圭も同じ気持になるんだな。圭は大人だから、自分の感情を安易に見せたりしない。私は鈍感だから、圭を嫌な気分にさせていることも多々あったに違いない。

「圭は、恵人と私が喋ったりするの嫌?」

「嫌じゃないよ。前は結構嫉妬したかな。でも、今はゆうの気持ちを知っているからね」

 圭は、私がまだ恵人を好きだって言っていた時も、私を変わらず好きでいてくれた。恵人との話も何でも聞いてくれて、本当は沢山傷付いていたんだよね。自分は大人だからって我慢してくれてたんだよね。

「圭は私に何をして欲しい?」

 罪滅ぼしじゃないけど、圭が私を支えてくれたように、私も圭に何かしてあげたいって思った。私は本当に圭がいなかったら、ずっと恵人への想いに引き摺られていただろうから。

「ずっと俺の傍にいて、笑ってて」

「それだけ? それだけでいいの?」

 そんなの、私の望みでもあるんだよ? 寧ろ私が圭の傍にずっと置いてくださいってお願いしたいくらいなのに。

 本当にそれでいいのかしらと思っていたら、圭はおでこにキスをした。それから目尻に、鼻の頭に。そして、私の瞳の中を覗き込む。圭の瞳には、恋に溺れ、愛しい人を求める私の姿が映っていた。圭の瞳にもこんな風に映っているんだなって思ったら、恥かしくなった。

 圭が私の唇を塞ぐと、先ほどまでの嫉妬心がすぅっと波が引くようになくなっていくのが解った。

 圭は、いとも簡単に私の心の闇を一掃してくれた。

 長いキスをしていると、息が苦しくなり、何も考えられなくなる。真っ白になった頭の中で、圭を感じることだけに全神経を集中させる。やがて圭の唇が離れた時、私は立っていられずに膝からがくっと崩れた。

 すぐさまそんな私を圭が受け止めた。

 呼吸のままならない私を抱き留めた圭が、私の頭を撫でながら言った。

「さあ、あんまり降りるのが遅いと、Hでもしてたんじゃないかって思われるよ。ゆう、もう立てる?」

 圭の言葉に真っ赤になった私を、圭は抱き抱えるようにして立たせる。


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