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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第40話

大丈夫だとは思いますが、多少性的な表現が含まれています。

苦手な方は、ご注意ください。

「今日からゆうは、俺の婚約者だな」

 婚約者……か。その肩書は、私にはすごくくすぐったい。私は今、一番幸せなんだ。この幸せがずっと続くと私は信じて止まなかった。一生圭は私の隣で笑っていてくれると心の底から信じていた。

 圭、あなたも私と同じ気持だったよね? 私は、そうだったと信じてるよ……。


 その日、夕食を4人でホテルのレストランで済ませた。海の幸たっぷりの豪華なディナーをお腹いっぱいに食べて、それぞれの部屋に戻った。

 男の人と泊まった事なんてない私は、ドキドキバクバクと心臓が壊れてしまうんじゃないかって心配になるほどに高鳴っていた。

 圭は、一見何の変化も見られない、余裕なのかしら? 圭は、他の女の人と……って考えて、胸がチクリと痛む。

 根拠のない嫉妬。圭に聞いたわけでもない。でも、きっと圭は他の女の子と経験しているに違いない。もう、大人なんだからそんなの当たり前なんだろうけど、それでも私は圭の過去に嫉妬した。そんなの

無駄な感情なのに、過去があるから、今の圭があるというのに……。

「ゆう? 何考えてるの?」

 窓際に置かれている椅子に向かい合って座っていた。私達の間には小さなテーブルがあり、二人の飲みかけのコップが置いてある。

 私は俯いて首を左右に激しく振る。

 こんな無意味な嫉妬をしていたなんて私には言えない。

 氷が溶けてカランという小気味いい音を立てて崩れた。私はコップの外側についた無数の水滴を見ていた。

「過去がなければ、きっと君に会えなかったんだよ。君に会う為に俺は過去を積み重ねて来たんだ。ゆう、手を貸して」

 やっぱり、圭は私のこと何でも解っちゃうんだね。

 私は首を傾げながらも右手をテーブルの上に置いた。圭は、私の手首を掴むと、それを自らの左胸に押しあてた。

 圭の心臓の真上、触れただけでも感じる事の出来る圭の鼓動。二人きりになってドキドキしているのは私だけではなかった……。

「一緒だよ……」

 圭の言葉にようやく顔を上げた私に微笑み、おいで、と優しい低い声で私をいざなう。

 戸惑いながらも圭のものにゆっくりと歩み寄る。

 圭の腕に抱きすくめられ、圭の膝の上に横を向く様にして座らされた。

「俺が怖い?」

 ぶるぶると首を横に振ると、圭がふと微笑んだのが解った。

 軽くおでこにキスをされてから、私の体がふんわりと持ち上がった。驚いて咄嗟に圭の首に腕を絡めてしがみ付く。お姫様抱っこをされた私はベッドへ運ばれ、優しく下ろされた。

「ゆうが嫌なら何もしないよ」

 その言葉が私の耳元で囁かれた。顔を上げると、圭の少し切なげな表情がそこにあった。

「嫌なんかじゃないよ……」

 私は、困ったように少し笑って呟いた。

 私の初めての人、それが圭なら……何も怖くはない。

 嫌なわけがない。ただ、少し緊張しているだけ。どうしたらいいか解らないだけ。

 首を少し傾げ、私を覗き込み、本当? と瞳で尋ねてくる。私は控えめに微笑んで、こくりと頷いた。

 圭は、私を抱き寄せ、頭のてっぺんにキスを落とす。私は圭の背中に腕を回した。圭のくちづけが、おでこに降りて来て、耳に、首筋にと降りてくる。唇が触れた個所が、熱く、くすぐったくなっていく。

 圭は、私の反応を確かめながら丁寧に愛撫していく。

 圭の唇が私の唇を捕らえ、深く永いキスをする。頭が真っ白になり、日常の何もかもを忘れる。

 私の吐息が、甘く熱くなっていくのを圭は嬉しそうに目を細めて見ている。

 気付けば私は涙を流していた。

「悲しいの?」

「ううん、嬉しいの……」

 嬉しいの……。一番好きだと思った人をこんなにも近くに感じられる事が。

 涙を溜めながら笑顔を浮かべる私を、圭は、きつく抱き締めた。

 こんなにも満たされていく……。好きな人に愛されるということが、こんなにも満たされた気分にさせてくれるなんて知らなかった。

「ゆう、好きだ……愛してる」

 圭の口から零れ出る愛しい言葉に私は反応する。

「私もす…き……、大好き」

 気持ちが溢れてくる。どうしようもなく、幸せな、切ない気持ち。伝えても、伝えても伝え切れていないような不安。愛されても愛されても貪欲に求める想い。

 ……愛してる、圭。

 私を……もっともっと愛して。

 私を……壊して……。


 私が目を覚ました時、隣には、規則正しい寝息を響かせ眠りについている圭の姿があった。

 圭との甘い情事のあと、私は意識を失うようにして眠ってしまった…ようだ。

 時計を見て、私が眠ってしまったのは、1時間ほどであると判明した。

 圭を起こさぬように、そうっとベッドから抜け出し、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、口をつける。3分の1ほどを一気に飲むと、ホッと息を吐き、自分の意思とは無関係に圭との

情事に想いをせ、一人顔を赤らめる。

 何度引き締めても口元がみるみる緩んでいってしまう。こんな締まりのない顔は、誰にも見せられないと、パシッと自分の頬を強めに叩く。

 それから、圭が寝ているベッドに戻った。出た時と同じように圭を起こさないようにそっと忍びこむ。

 ベッドに潜り込んだ私は、圭の寝顔を見て、一人微笑む。奇麗な寝顔は、私の視線を惹き付けて放さない。

 試しに人差指で頬を軽く突いてみた。う〜ん、と低く圭が唸った。けれど、再び規則正しい寝息を刻み始める。私はそっと圭の頬に唇を押しつけた。それでも、圭が目を覚ます気配はなかった。いつまでも

私は圭の寝顔を見つめ、小さないたずらを仕掛けた。

 私が大胆にも圭の唇にキスをすると、圭に抱き寄せられ、さらに濃厚なキスをされた。

「ゆう」

 私の名を呟き、とろけるように甘い笑顔を浮かべた。

 確かに目は開いていたし、はっきりと私の名を呼んだ。しかし、圭は眠りの中にいた。

 嘘っ、今の寝ぼけてたの? 

 すぐさま寝息をかき始める圭に、私はびっくりしていた。だが、私にくれた濃厚なキスと甘い笑顔に私はとろけていた。

 気付けば外が白み始めていた。

 圭の腕に、自分の腕を絡めて、寄り添って目を閉じた。圭の体温が私を安心させてくれる。ふわふわと幸せのぬくもりの中で、次第に意識が途切れて行く。薄れいく意識の中で、圭の唇が私の唇に重なったような気がした。

 これは夢? それとも現実?

 私は、夢とも現実ともとれぬその中で、薄く目を開け、そこに圭がいるように思えて、無意識に圭の名を呼び微笑んだ。

 その後すぐに、私は眠りに落ちた。


 私が再び目を覚ました時、私の視界に一番に飛び込んできたのは、嬉しそうに私を見下ろす圭の笑顔だった。

「おはよう」

「おはよう。今、何時?」

 圭が話す言葉が、例えそれが挨拶だとしても、とても甘く、そして私を幸せにする。私は目を擦りながら、圭の顔をよく見ようとする。

「ん、7時だよ。ゆう、あんまり寝てないだろ?」

「う〜ん、そうかも。ずっと圭の寝顔見てたんだ、エヘヘッ」

 圭が私の頬に手を触れる。そして、私の唇に少し渇いた唇が触れた。

「やっぱり圭だ。私が寝てる時、私にキスしたでしょ?」

「バレてた? ゆうが俺の寝顔見てたみたいだったから、俺も悔しいから見てたんだ」

 悪戯した後の子供みたいな顔をして、圭が笑う。

「え? 嘘? 私、鼾とか、寝言とか言ってなかった?」

 私はもしかして、圭の前で変な事はしてないか不安になってそう聞いた。

「口は大きく開いていたし、鼾も凄かったよ」

 そのニヤニヤした笑い顔からして、これは絶対嘘だって解るんだからね。

 私は、圭の頬をつねって、嘘つき、と言った。


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