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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
39/71

第39話

 私達が向かう目的地まで、約2時間ほどかかる。

 途中のサービスエリアで圭と運転を交代することになっている。私は、圭が運転しているところを今まで一度も見たことがない。聞くところによると、実家に自分の車があるらしいのだが、お母さんが使いたいというので、貸しているそうなのだ。都内では、車よりも電車で移動した方が便利なので、そうしている。

 途中のサービスエリアでトイレ休憩をした後、再び車に乗り込んだ。今度は圭が運転するので、私は助手席に座り、翠と恵人は後部座席に座る。

 圭の運転はすごく上手で、あまり揺れない。会社の社長などにつく専属の運転手さんが運転すると、揺れないと聞いた事があるけれど、圭の運転もそれに近いものがあるんじゃないかと思う。

 何か圭に言葉をかけ、運転席の圭の横顔を見ると、私はしばらく横顔から目を逸らせなくなる。

「ゆうったら、矢田さんのことが大好きなのね。矢田さんの横顔に見惚れてるんだもの」

 翠の言葉に図星だった私は、顔を真っ赤にして俯いた。圭は運転しながらも、ちらっと私を窺い、くつくつと笑っている。

 私達は前に座ってるんだから翠たちの目に入ってくるのは当然なんだろうけど、そんなに私は圭を凝視していたのかしら。

「そうだけど……。翠だって恵人のこと大好きでしょう?」

 圭の事で私が肯定的な発言をこの二人の前でするのは初めてだった。いつもなら、そんなことないよ、と返すのが常だったからだ。それを聞いて、後部座席の二人は心底驚いていた。

「そうだよ。私は夫を愛しているもの」

 翠は、恵人の腕に絡み付いて、頬をほんのりと桃色に染め、甘ったるい声でそう言った。私はそれを見て、苦しくなるどころか、嬉しくなって微笑んだ。あんなに苦しかった筈なのに、自分でもびっくりするくらいぱぁっと、霧が晴れるみたいに苦しみがなくなっていた。それは全て、圭がどんなときでも、私の支えになってくれていたからなんだ。

 圭の横顔を感謝の思いを込めて見つめた。

 圭が私の視線に気づいて、ふんわりと微笑んだ。そして、左手で私の頭を軽く撫でた。私も自然に口元が綻び、微笑みを返した。

 

 目的地には、道路が混んでいた事もあり、3時間を有して漸くつくことが出来た。

 ホテルのチェックインをすますと、それぞれの部屋に荷物を運ぶ。

 私と圭は同じ部屋。翠と恵人が夫婦なんだから、こういう部屋割になるのは当然なんだけど、圭とはまだキスだけで、お互いの部屋に泊まった事は何だかんだで一度もなく、私は変に緊張していた。圭は、私が完全に恵人を忘れるまで、キスより先の行為は待っていてくれていた。

 でも、今は……。どうしよう、今からドキドキするよ……。

 部屋は、オーシャンビューで、大きなベッドが一つでんと置いてあった。

 嘘っ、圭と同じベッドで……。

 きゃーっと途中まで妄想を膨らませた私は、一人真っ赤な顔で首を激しく振る。

「ゆうが嫌がることはしないから、安心していいよ」

 くくっと背後で笑いを堪えて圭が言う。

 ドアの入口で、しかも、圭がいるのを忘れて妄想までして、圭には私が考えてる事なんてお見通しで……。

 ぼぼぼっと自分の顔が一気に茹で上がった音が聞こえた気がした。

 頭に圭の手が乗せられ、撫でられる。

「ほら、水着に着替えて海に行こう。翠ちゃんと恵人君が待ってるよ。あんまり遅いと何か如何いかがわしいことでもしてるって思われるかもよ?」

 圭が今どんな顔をしているかなんて容易に想像できる。私がどんな反応するか、ワクワクした顔をしているに決まってるんだから。私はまだ冷めやらない顔の熱を残したまま、振り返ると、背伸びをして圭にくちづけをした。

 そして、圭の瞳を見つめ、こう言った。

「二人にはそう思わせておけばいいのよ」

 圭は、私のこの反応を予想していなかったのだろう、目が点になっている。

 私はそれを見て、満足すると、再び振り返り荷物を奥に運んだ。

「私、お風呂で着替えて来るね」

 まだドアの所に突っ立っている圭に明るい声で、声をかける。

 私が水着を持って、風呂場の扉を閉めると、圭のは汁けるような笑い声が聞こえて来た。

 あっ、やっと我に返ったんだ。

 ふっと笑顔になる。

 さっと着替えて、扉を開くともうすでに圭は水着に着替えて椅子に座っていた。

 圭の体を見るのは初めてで、思っていたよりも引き締まっており、筋肉がついていて均等のとれた奇麗な身体をしていた。

 わっ、どうしよう何か鼻血でそう……。

 女の子で、男の子の体を見て鼻血を出すなんて聞いた事もないから、もしそんな事になったら一生からかわれ続けるに違いない。幸いでそうと思っただけで、実際には出て来なかったので助かった。

「可愛い。似合ってるよ」

 一瞬何を言っているのか理解出来ずに首を傾げる。水着、と圭が可笑しそうに笑いながら言うので、恥かしくなってしまった。

 私は、そんなに胸もないし、スタイルがいいわけではないけれど、圭がそういってくれるだけで、十分嬉しかった。

 圭が手を差し出し、私は当然のようにその手を取る。

 そして、ホテルのロビーへと向かった。

 翠の水着姿は何度となく見て来たが、年々美しさに磨きがかかっているように思う。女の私でさえも見惚れてしまうほどに。もしかして圭も……と思ったが、圭は私を見て微笑んでいた。

 四人でビーチへと向かう。ビーチと言ってもホテルの目の前にある。ここの海は正直、透き通った青とは言い難い。それでも、水面に太陽の光がチカチカと反射する様は、美しいと言っていいだろう。

 ビーチには老若男女、カップルからグループ、家族連れとひしめき合い、それぞれのレジャーシートやパラソルが重なり合うように並んでいて、隙がないほどだった。若い男たちはナンパに躍起になり、女達は開放的な気分でそれらの品定めに勤しむ。

 私達は、何とか小さいながらも場所を確保すると、それぞれにわかれて行動を始める。 

 私は圭と連れ立ってビーチから泳いで人気の少ないエリアまで来ていた。

「圭、競争しない?」

「いいよ」

「じゃあ、あそこの岩場までね。よ〜い、どん!!!」

 私は早口にそう言うとすぐさま海に飛び込んだ。岩場までは、約50mくらい。離れ小島みたいにそこに大きな岩があった。そこを二人は目指していた。

 圭が一拍遅れて海に飛び込んだ音が僅かに聞こえてくる。波はさほど高くなく、泳ぐのに支障をきたすほどでもなかった。

 私は運動能力にはそれなりの自信がある。だが、この時もやはり圭に負けてしまった。

 圭と出会ったころ、ゲームセンターに行ってさんざ負かされたことがある。私では、どうやら圭には勝てないようだ。

「圭って何でも出来るのね? いっつも負けちゃう、悔しいな」

 岩の上に登り、一休みをしていた。その近辺には泳いでいる者はなく、私達がさっきまでいたビーチが遥か彼方にあるように見える。人が幾分小さく見え、犇めき合う様は、異様なものに見える。ここには、ビーチの音は波の音に打ち消されて、聞こえてこない。聞こえるのは、波の音と柔らかく生暖かい風の音、そしてカモメの鳴き声だけ。

「海に来るのは久しぶり」「俺も」

「誰かと競争したの初めて」「俺も」

「こんなに幸せだなって感じるのは初めて……」「俺も」

「もう、俺もしか言えないの?」

 俺もしか言わない圭にしびれを切らした私は脹れてそう言う。

「そうそう、その顔が見たかったんだ」

 けらけらと軽快に笑う圭を横目で睨み付ける。

「俺、こんなに誰かを愛しいと思ったの初めてだよ」「私も」

 私の返答に圭の右眉がぴくりと上がる。

「こんなに空が青いと空が飛びたくなるな」「私も」

「俺、ゆうと結婚したいな」

「私も……って、ええ?」

 私はただ、圭の真似をしてやろうと思っていただけなんだけど、今の最後の言葉は何? 私の聞き間違えなのかな……。

「ゆうが俺の真似するから……」

 圭が私の動揺する姿を見て可笑しそうに笑っている。

「からかったのね?」

 むっとして私は言う。

 びっくりした、でも、嬉しかった……。だから、ちょっとがっかりした、寂しくさえ思った。 

「からかったけど、本気。今すぐにとは言わないけど、俺と結婚して下さい。俺としては、今すぐにでもしたいところだけど」

 真剣な瞳がゆらゆらと揺れているように見える。圭がいつもの冗談で言っているんじゃないということが見て取れる。

「からかってるの?」

 それでも、また圭がからかっているのかもしれないと思った。

「本気だよ。ゆうと一生一緒にいたい」

「はい。こんな私で良ければ」

 私はやっとそれだけ口に出した。声が震えていたかもしれない。

「指輪はまた改めて渡すよ。本当は今、ここで渡したかったんだけど、水着じゃね。波に流されちゃうだろ?」

 嬉しそうに話す圭の手をそっと取る。圭の手がびっしょりと汗で濡れている。

 本当は、凄く緊張してたんだ……。

 そんな圭が何だか可愛くて、私はくすっと小さく笑う。

 圭が私を引き寄せ、そっと唇を盗む。心なしか、圭の体が震えているように思う。

 圭からのプロポーズ、圭と会うようになって約2か月半、圭と付き合いだしてまだ1か月もたっていない、私が圭への感情が恋だと気付いたのも数日前、それでも、圭が私の運命の人なんだと信じて疑わなかった。


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