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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
37/71

第37話

「圭、ペンギン見に行こう!!!」

 私は弾んだ声と明るい笑顔で圭を見つめた。微笑み頷く圭は少し寂しげに見えた。

 ペンギンのエリアは屋外にあった。真夏の日本は、ペンギンにとっては地獄のような暑さなのだろう、ぐったりしている。その辺りを考慮して、飼育員達は水をかけてやったり、氷をプレゼントしてやったりしていた。

 氷が浮いている水の中を泳ぐ、ペンギンはやはり外にいるより元気で、気持ちよさそうに体を動かしている。

 私はなんと言ってもペンギンが特別好きで、目を輝かせていつまでも見ていた。幼少に戻ったように、近くの子供たちと同じようにはしゃいでいる私ををまるで保護者の様に温かい目で圭は見守ってくれていた。

 私が漸くペンギンに別れを告げると、私達はお昼はどうしようかと相談した。

 ああ、なんてこと。どうしてお弁当を作って来なかったのかしら……。夏休みなんだもの、館内にあるレストランは一杯だって解る筈なのに。

「ごめんね。私がお弁当作ってくれば良かった。昨日は何か凄く嬉しくって、そんな事まで気が回らなくて」

 落ち込んで段々小さくなっていく私を優しく圭は呼ぶ。

「ゆう、こんなに暑いんだから、お弁当持ってきても腐っちゃうよ。持って来なくて正解だったんだよ」

 優しい圭の言葉に顔を上げると、圭の端正な笑顔がそこに待っていた。

「そんなに楽しみだったんだ……」

 え? と私は圭が呟いた言葉の意味が最初理解出来ずに首を傾げたが、その意味に思い至った時、私は顔が熱くなった。

「そりゃ、そうだよ……」

 小さく呟く私に、嬉しそうな圭の笑顔が眩しく映った。

 結局私達は売店でホットドックと飲み物を買い、なるたけ涼しい所を探してそこで食べた。

 

 午後に、残りの水槽を見て、御土産物屋に向かう。

 綾と未知と沙織と、あと翠にもお土産を買っていこう。それぞれにお土産を見つけ購入し、水族館を後にした。

「ねぇ、圭。観覧車に乗ろうよ」

 私がそう言うと、圭は快く応じてくれた。

 観覧車は思っていたほど混んではいなかった。夕方間近になっても暑さがおさまらず、この暑さで待つ事すらうっとうしいのかもしれない。

 圭は暑くても、文句一つ言わずに私に付き合ってくれた。10分くらいたったところで私達は観覧車に乗り込んだ。

 乗って初めて、自分が若干高所恐怖症気味であった事を思い出す。遠くを見ている分には大丈夫だが、真下を見るとくらくらしてしまって駄目なのだ。

 でも、大丈夫、極力遠くを見ていればいいんだから。あとは圭を見ていれば大丈夫よ。

「怖い?」

「うん、ちょっと。高い所怖いの忘れてた…」

 自分がちょっと情けなくて、俯いた。圭はくつくつと笑っている。ちらっと圭を覗き見ると、ばっちりと目が合い思わず、露骨に目を逸らしてしまった。

 今のは、圭が傷付いてしまったかもしれない……。どうしよう……。圭、何にも話さないし…、うぅごめんなさい。

「圭、怒ってる? 私、そのあの……」

「怒ってないよ。照れただけでしょ? 解ってる」

 本当に解ってるの? じゃあ、私の本当の気持ちも解ってくれてる?

 きっと、私の気持ちを伝えるなら今なんだと思う。そうじゃなきゃ私は、きっとまた伝えず仕舞いになってしまう。私は自分の気持ちを奮い立たせた。

「圭、話聞いて貰ってもいい?」

 いいよ、と圭は遠くを見ていた目を私に戻して言った。

「圭は、まだ私が恵人を好きで、忘れられていないって思ってる?」

「うん、そうなんだろうなって思うよ」

 一瞬苦しげな表情をして、それでも気丈な顔つきでそう言った。

「それ、違うよ。確かに恵人のことは好きだけど、その好きは綾や未知を好きなのと同じ気持なの。今は、恵人と会っても、話しても、切なくなったり、苦しくなったりしないよ。恵人には幸せになって欲しいと思うけど、その相手は自分だとは思わない、ううん、思えない。恵人への恋心は完全に消えたの。信じてくれる?」

 私は圭の瞳を見詰めたまま話した。私の気持ちが圭にしっかりと伝わってくれるといい。私の真剣な想いを受け止めて欲しい。

「信じるよ」

 本当は怯えていた。信じられないって言われたらどうしようとそればかり考えていた。嬉しさと愛おしさが私の瞳から涙の雫となって溢れて来た。

「す…き…。圭が……好き。大好きよ……」

 自然と自分の気持ちが言葉になって溢れ出る。改めて言葉にして、自分がこんなにも圭を想っていたのだと思い知らされた。自分の圭への深い想いに押し潰されそうになるほどだった。

「けい……。け…い……。……けい」

 何度も何度も名前を呼んだ。それが、好きという言葉と同じ意味をもつような気がしていた。涙が私の視界を遮り、目の前にいる筈の愛しい人の姿が上手く見えない。

 圭、あなたは今、どんな顔をしてるの? どんな気持ちなの? どうして何も言ってくれないの?

 ふわっと揺れた気がしたと同時に、圭の腕に包まれていた。強く、苦しくて息が止まるほどに強く、きつく私の体を締め付ける。

 私は圭の名を呼び、彼の胸にすがり付いた。

「圭……、好きなの。大好きなの、信じて。圭だけが好きなの。本当だよ。信じて、お願い」

 壊れた玩具のように何度も同じ言葉を必死に伝えようとする私。

 くしゃくしゃになった顔で、涙を拭うことも忘れて、ただひたすらに。

 圭が、そんな私の代わりに涙を一つ一つ丁寧に拭いていく。瞳を閉じて圭のされるままになっている私。瞳を閉じていても涙は目尻から飛び出そうとする。

「……圭」

 何度、圭の名を口にしただろうか。私の一番大切な名前。大切な名を口にした唇が圭の唇によって塞がれた。宝物を扱うように丁寧に優しく。そしてそれは次第に激しさを増し、呼吸をする事も忘れ、お互いを求めるように永く、狂おしいほどに。

 解放された唇には、圭の唇の柔らかい感触と熱が居座っていた。荒い息を吐く二人は、見つめ合い、惹きつけ合うように再び重なり合う。

 観覧車の密室の中で、二人を止めるものは何もない。求め合う二人の切ない吐息が絡まり合う。

「ゆう、好きだよ。俺もゆうが大好きだ」

 圭の真剣な瞳を正面から受け止め、私の心の宝箱にそっとしまう。

「私も好き」

 私は圭の口に腕を回し、抱きついた。圭の吐息が耳元で聞こえ、「好きだ」と、低い声で何度も何度も囁く。甘い囁きが私の体を震わせ、思考を停止させる。

 

 先に我にかえったのは圭の方だった。

 もう既に地上に着かんとしていた。圭と離れるのは、名残惜しいが、泣く泣く離れると涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭い取った。お化粧も台無しになってしまっただろうが、もともと薄化粧なので、特に変わりはないだろう。

 赤い目をした私は、係員さんに顔を見られないように下を向いて降りた。

 二人とも降りるとどちらからともなく、惹きつけられたように手と手を絡め合う。

 何処に向かうでもなく、言葉を交わすでもなく、ただゆっくりと歩き続ける。

 ちらりと圭を見上げると、目が合い、恥かしかったが、控えめに笑顔を浮かべる。不自然な笑顔だったかもしれない。圭は私を見つめたまま放心したように動かない。

「圭?」

 口を傾げて覗き込むと、圭の表情がゆっくりと笑顔に変わっていく。

「今のゆう可愛かった」

「私なんか全然可愛くないよ」

 私が可愛くない事くらい自分が良く知ってる。顔の造作の良い圭に言われると、いたたまれない気持ちになってくる。

「俺の瞳には、ゆうしか可愛く映らないんだよ。ゆうは奇麗だよ」

「奇麗じゃないよ……」

 もう、惨めになるからそれ以上言わないで。

「ゆうは、俺が信じられない?」

 圭の眉毛が幾分悲しそうに下がってしまった。

「違うよ、信じてるよ。だけど…」

 圭に制されて、私は口をつぐんだ。

「ゆうは、自分が思っているよりもずっとずっと可愛いよ。誰かに取られやしないかと、いつもびくびくしてるくらいなんだ。本当はゆうを隠して誰でも見せたくないんだよ」

 圭のいつになく真剣な瞳に、もう私は何も言えない。私はやはり自分が可愛いとは思えない。だけれども、圭が、圭だけが私をそう思ってくれているのなら、他人にどう映ろうと、もうどうでもいいことなんだと私は感じていた。

 圭が可愛いって言ってくれるなら私は本当に可愛くなれる気がしたし、奇麗だよって言ってくれるなら世界一奇麗になれるような気がした。圭の一言が魔法の威力を持っているようにさえ思えた。


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