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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第3話

 私と恵人は、高校3年生の時に出会った。

 恵人は、転校生で、恐らく、転校して初めて会った生徒が私だった。

 転校初日。その日は、恐ろしいぐらいに濃い霧が辺りをたちこめていた。私は、いつも朝早くに登校していた。高校生活をみっちりとテニス部で汗を流していた。テニス部は、朝練を毎日やっていたので、早起きが癖になっていたのだ。朝早く起きて、家にいてぼ〜っとしていてもつまらない、私は、朝のしんと張りつめた空気が漂う学校が無償に好きだったのだ。

 その日も、朝早くに登校し、この濃い霧に少々戸惑っていた。流石にこの濃い霧では、外での運動部は朝錬を諦めた様だった。校舎内から吹奏楽部が奏でる楽器の音色がほんのりと聞こえてきていた。

 正門から昇降口までの道を歩いているのだが、濃い霧のせいで、前が全く見えなかった。しかし、毎日通っている学校だ大体の位置関係は分かっている。目を瞑っても昇降口に辿り着けるんじゃないかと私は、目を瞑って昇降口までの道を歩いていた。こんな朝早くに誰かがいるなんて思いもしなかったから。

「いってぇ、なにしてんだよ」

 ドンという衝撃とともに、低い男の声が聞こえた。

「ごめんなさい。目を瞑って歩いてたから」

 咄嗟にそう謝ったのだが、その男がどこにいるのかよく分からなかった。その声のする方に近づいてみると、すぐ目の前に男の顔があってびっくりした。この濃い霧の中では、至近距離まで来ないと全く人の顔さえ見えなかったのだ。その男は、私が見た事もない男だった。勿論、高校生活の中で、全く無縁の人の顔なんて覚えていないけど、でもこんな人見た事もないなと私は思った。

「何で、目を瞑って歩いてんだよ、あほかお前」

「ごめんなさい。でも、あなただってぶつかって来たんだから、謝るのが筋ってもんじゃない?」

「あぁ、悪かったな。悪かったついでに、俺を職員室まで連れてってくれ」

 気持ちのこもってない謝罪の言葉と、何でこの男をついでに職員室まで連れて行かなきゃいけないのか分らなかったが、仕方なくそうした。この男、言葉は悪いが、男自身が持っている雰囲気は悪いものではなく、何となく会った事もない相手なのに直感でこいつは悪い奴じゃないと思った。そして、さっき目の前でこの男の顔を見た時から、鼓動が速くなっているのにこの時の私には全く気付いていなかった。今日はいやに動悸がする、なんか体の調子悪いのかなと思っていたのだ。

「ほら、着いたよ」

「おお、悪い悪い。ありがとな」

 口は悪いし、馴れ馴れしいこの男、でも憎めない。不思議な男だなっと思ったが、教室に入った時には、その男の存在などすぐに忘れてしまった。


 私が、教室で本を読んでいると、続々とクラスメイトが登校して来ていた。

「ちょっとゆう、聞いた? 今日転校生が来るんだって」

「え? このクラスに?」

 私に、その新情報をくれたのは、いつも一緒のグループにいる平本弥生だった。丸メガネをかけて、黒い髪が長くいろんな情報をどこかから集めて来る。この子にかかれば、学校中の情報がいち早く入手できる。そして、その情報は、とても正確だと来ている。その辺の芸能リポーターより情報通なんじゃないかと思われる。

「そう。うちのクラスに。そんでもって案外イケメンらしいよ」

 嬉しそうに、新情報を教えてくれた。弥生の情報によると、父親の急な転勤で、やむなくこっちに転勤してきたらしい。この時期なのだから、一人ででも向うの高校に戻れば良いのだろうが、その彼のおうちには、そんな余裕がなく、こちらに転校してきたという事。身長は180cmで、体重は、65kg。勉強は中の上くらい、運動神経は抜群。前の学校では、結構もててたらしい。

 何でこんな短時間にここまで調べあげられるのか本当に不思議で仕方がない。その熱意に少々たじたじになったのは一度や二度ではない。

 そうこうしているうちに、翠が登校して来た。朝から可愛らしく、おはようと皆に言っているのだが、小さい声なものだから、気付いていない人も多数いた。私を見つけると、早足で近づいて来て、満面の笑みを湛えて「おはよう」といった。私もその笑顔に朝から癒されながら、「おはよう」といった。

 翠は、うちの学校のアイドル的存在だった。見た目も可愛らしく、大人しく、出しゃばらない。お人形みたいで、怒った所を見たところがない。悲しそうな顔をする時でさえ花がある子なのだ。その引き立て役になっているのが、もちろん私なのだ。不細工ってわけじゃないが、翠の隣にいれば、どんな女の子も見劣りするってもんだ。もともと私は大した顔してないが、誰になんて言われようが引き立て役だろうがなんだろうが、全然構わない。翠が可愛いから、好きだから一緒にいるんだ。

「翠、今日転校生が来るんだってさ。イケメンらしいよ。翠のタイプだったらいいね」

 翠のお兄さんが凄く恰好良いので、翠はなかなか男の人を好きにならない。ブラコンなのだ。お兄さんよりいい男じゃないと、好きにはならないのだろう。なんてハードルが高いんだ。

「そうだね」

 翠は、笑顔でうふふと笑っていた。可愛らしくて、抱きしめてあげたくなっちゃう。

「ゆうが、男の子だったら私良かったのにな」

 これが翠の口癖。私なんて男にしたって大したことないのに、翠はゆうが可愛いという。私を男にしたところで、翠のハートを掴めるとは思えないし、掴めたとしても隣に並んでも見劣りするばかりだ。


 先生が入って来て、その後ろに転校生も入って来た。

「あっ!!!」

 思わずゆうは、ガタっと大きな声をあげて立ち上がってしまった。そう、そこにいたのは今朝会った男だったからだ。転校生だったのか、どうりで見た事無いと思った。

「何だ? どうしたんだ石川」

「いや、アハハハハ…何でもないですぅ」

 おずおずと私はみんなの注目を浴びながら、席に着いた。その男は何やってんだお前みたいな呆れた目を私に投げかけた。

「転校生だ。自己紹介して」

「はい、えっと、近藤恵人です。よろしく」

「近藤の席は、ああちょうどいいや、石川の隣があいてたんだ。そこに座ってくれ。石川ってさっき立ち上がった奴な、石川ゆうだ」

 先生、私の事をそんな風に紹介しないで下さい。恥かしくて穴があったら入りたいです。

 恵人は、私の隣に座ると私を見て、ニタッと笑った。

「よろしくね。石川ゆうちゃん」

 どこか憎たらしいその笑顔で、呼ばれた私の名前は何だか少し特別なものの様に輝いているようにさえ思った。その笑顔に魅せられるようにぼぅっとしていた私は、慌ててしまった。私はどうかしてしまったんじゃないかと自分に驚くばかりだった。その時既に私は恵人に心を奪われていたのだ。一目惚れのようなものだ。

「ゆうちゃんとか気持ち悪いんですけど」

「じゃあ、ゆうって呼ぶよ。俺の事は、恵人って呼んで。そんな怖い顔しないで、仲良くしようぜ、ゆう」

 土足で人の心にずかずかと入って来る恵人に戸惑いはあったが、私達はすぐに気の置けない友人へとなっていった。恵人は事あるごとに私にちょっかいを出したし、私はそれを口では嫌がりながら内心では楽しく嬉しいと思っていた。徐々に私は恵人への募る想いを自覚して来ていた。しかし、それと共に翠にも変化が表れていた。


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