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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第15話

綾は私を見るなり、

「何があったの?」

 眉間に皺を寄せて、私のいまだ少し腫れている目を見つめて、じりじりと私に詰め寄るとそう言った。あまりに綾の顔が真剣で、心配かけてしまったのだなと思った私は、一昨日あった出来事を洗いざらいぶちまけた。 

 綾は、私の話に腰を折る事もなく、最後まで真剣に聞いてくれた。

「うんうん、それでいい、それでいいと思うよ。近藤さんをこの先も思い続けても、全てを無くすことになりかねないもん。友情も、愛情も同時になくすかもしれない。それなら、一生友達として、傍にいた方が幸せかもしれないよ。ただ、ただね、ゆう、それは本当に辛いよ」

「うん、分かってる。だけど、絶対翠から恵人を奪うような真似だけはしたくないんだ」

 う〜んと綾は腕を組んで、難しい顔をする。

「ちょっと、私の話をしてもいいかな?」

 うん、と私が言うと、綾は頷いて話し始めた。

「私さ、幼馴染がいるんだ。もう、それこそ赤ちゃんの頃から何をするのも一緒だった。あらたっていうんだけどね。物心ついた頃にはもう既に大好きだった。だから、いつから好きなのかって正確なところは分からないんだけど。私ね、今でも変わらずに新が好きなんだ。前に男に興味がないって言ったでしょ? あれね、新以外の男には興味がないって事なの。でもね、私は一生この気持ちを伝える事はないと思う。怖いんだ。永遠に私の前から新が消えてしまったらって考えたら、とてもじゃないけど言えない」

「その新さんって人は今も綾の近くにいるの?」

 綾の思いがけない告白に私はびっくりした。綾も辛い想いを抱えていたのだ。だが、綾は自分の恋の話をただ淡々と話して聞かせた。

「今、放浪の旅とか言って世界中を旅して周ってる」

「じゃ、会えないの?」

「もう、半年くらい会ってないかな。今、どこにいるのか分らない。最初は、アメリカに向かったの、その後は、ロシア、中国、インド……今頃はどこにいるんだろう。たまに電話がきたり、葉書が来たりする」

「綾……」

 私はどう言葉をかけていいのか解らなかった。どんな言葉も彼女を慰める事は出来ないような気がするし、それにどんな言葉も同情も今の綾には必要のないものに思えた。

「そんな顔しないでよ。今は、暫く会えないけど。一年くらいで帰ってくるって言ってたし。連絡もくれるし。私から見たら、ゆうの方がよっぽど辛い状況だと思うよ。私はいいんだ、自分で納得して言わないんだから。ただ、ゆうには知って欲しい、もし一生抱える想いならそれなりの覚悟は必要だよ」

 綾の笑顔はとても奇麗だった。彼女の笑顔は、沢山の年月考え、苦しみ、涙を流した故の強さの証のような気がした。綾の本当の強さを見せつけられたような気がする。

「私は、馬鹿みたいに考えてばかり。気付くと考えてるの恵人のこと」

「そんなの仕方ないよ。一昨日まで大好きでした、でももう忘れます、で、次の日にはもう忘れましたなんて有り得ないよ。その気持は1か月後に消えるかもしれないし、1年後かもしれないし、もしかしたら一生消えないかもしれないんだよ。人の気持ちなんて今すぐどうなるもんでもないでしょ? 焦んなくていいんだよ」

 有難うと私は呟いた。辛い想いを抱えている人から貰う一言は、説得力があってなにより優しい。

「でも、忘れるに一番早いのは次の恋を見つける事らしいよ。私も一時期躍起になって相手探してたんだけど、駄目だった。だから、私は他の人を無理に見なくてもいいやって思ったんだ。最初からこの想いを持ち続けるって思ってたわけじゃない。一応これでも、新から逃れようと思ったんだけどね。ゆうもさ、頑張ってみなよ。近藤さんよりもっとずっとずっと好きな人見つけられたら、きっと今の辛いこと全部、良い思い出に変わるよ。あっ、そだ、ゆうには矢田さんがいるじゃん、私あの人だったら大丈夫な気がするな」

「うん。矢田さんってね、凄くすっごく良い人なの。優しくて、暖かくて、お兄ちゃんみたいな人。矢田さんの前だと意地とか張らずに自然に、素直になれる。実はね、昨日もうちに来てくれたんだ。私の話聞いてくれて、胸貸してくれて、沢山泣かせてくれて、挙句の果て私ったら、泣きながら寝ちゃったのに、私が起きるまでずっと待っててくれたの」

 私は矢田さんのことを話していると、心が温かくなって凄く安心する。恵人はその逆で、心が凍えて、不安になる。

「それって矢田さんの胸の中で寝ちゃったって事?」

 綾が目を丸くして、いつもより1オクターブは高い声でそう言った。

「うん、そうだよ」

 何でそんなにびっくりしているのか解らなくて首を傾げて綾を見た。

「あんた、襲われたりしなかった? ちょっとあんた無防備すぎ。まだ会って間もない人を部屋に呼んで、二人きりでその上寝ちゃったってなったら何されても文句は言えないよ?」

「え〜! 襲われるわけないよ。矢田さんはそんなことしないよ」

 矢田さんが私に変な事するわけないのに、何でそんな事言うんだろ。

「本当にあんたはそういうのに疎いね。好きな女と二人きりになったら、あ〜んなことや、こ〜んなことしたいって思うもんなの」

「あ〜んなことや、こんなことって……。でも、矢田さん、本当に何もしなかったよ」

 私は、矢田さんがそんな事を考えているとはとても思えなかった。あれ? でも待てよ。昨日の帰り際、言ってた言葉……。

「君とこれ以上くっ付いていたら、俺がおかしくなりそうだから…」

 私は矢田さんが言った言葉を呟いた。えっ? と綾が私を見て怪訝な顔をした。

「矢田さんがそう言ったの、帰る前に」

「それって、あんた。矢田さんは、あんたの為に、我慢してたんじゃない。うん。矢田さんってゆうのこと凄く大事にしてくれてるのかもね」

 綾が嬉しそうに私に微笑みかける。私には男の人の事はよく理解出来ないし、矢田さんが私のことを大事にしてくれてるのかも解らないけど、綾がそう言うならきっとそうなのかなっと思った。

「あっ、そうだ。矢田さんがね、今度4人でお昼食べないかなって言ってるんだけど、綾は嫌かな?」

 さっき、新さんを忘れられないって言っていたのにこんな誘いをするのもいかがなもんかと思ったが、だけど、健司さんはとってもいい人だし、友達になるにはいいんじゃないかななんて思ったりして。

「綾には、新さんいるもん、嫌だよね? ごめん」

 少し悩んでいるような綾にそう声をかけた。だが、綾は私を見て、クスッと笑った。

「別にランチくらい全然いいよ。4人ってこの間いたもう一人の男前の人でしょ? いいよ、寧ろ恰好良い人とご飯食べれて、目の保養になるし、嬉しいよ」

 あっけらかんとそう言ってのける綾に私は拍子抜けしてしまった。でも、良かった……これで矢田さんに良い返事が出来る。

「そっか、じゃあ矢田さんに返事しとくね」

 私がそう言うと、綾はニコニコと意味有り気に私を見て笑っている。何? と、私が聞いても、別に〜と、笑って誤魔化されるだけだった。私は不思議に思い、何か変な事を口にしたかしらと首を傾げるのであった。

 綾は、そんな私を知らんふりして、

「ね、たまにはカラオケでも行こうか? 女二人でさ、ストレス解消になるよ」

 と、言った。

 私の目の腫れも、大分良くなったし、思いっきり歌を歌えば、嫌な事も忘れられるような気がした。気分転換にもなるし、いいかもしれない。

 その日、私と綾は二人で三時間歌を歌いはしゃいだ。カラオケ店を出た時には、二人とも声がかすれていた。私はなるべく明るい歌、のりのりの歌、ロックなんかを歌い続けた。恋の歌を歌う気にはとてもじゃないがなれなかったし、バラードを歌って涙を流してしまったら、また綾に心配をかけてしまう。それだけは避けたかった。それに、もう昨日充分に泣いたから、今はとにかく笑いたかった。早く元気を取り戻したかった。今夜は物凄く笑えるコメディ映画か、お笑い番組のDVDでも借りて来て、お腹が痛くなるまで見るのもいいかもしれない。

 綾は今日はうちに泊まって、明日は一緒に出勤する予定でいる。二人で大笑いするのもいいだろう。

 因みに、綾は2つ下の弟とマンションに住んでいる。今日は、弟の彼女が遊びに来るという事で追い出されたそうだ。きっと綾の弟なんだもの、相当な男前なんだろうと思う。

 その夜、私達は『ライアーライアー』という結構前の作品ではあるが、ジムキャリーが主演のコメディ映画を見た。楽しくて、面白くて、お腹が痛くなるほど笑った。綾もひーひーいいながら苦しそうに笑っていた。

 馬鹿みたいに笑っていたら、自分が悩んだり悲しんだりしている事が何だかどうでもいいことに思えて来た。泣いてるより、笑ってる方がいい。後ろ向きに考えているより、前向きに考えている方がいい。そんな風に考える事が出来た。


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