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Bitter Kiss  作者: 海堂莉子
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第13話

 深い眠りの中から目覚めた私は、自分が置かれた状況を把握するのにしばしの時間を要した。

 誰かの腕の中にいる事は分かったが、それは誰なのか……。私は顔を上げ、その人物を確認した。

「矢田さん?」

「うん。起きた?」

 その笑顔と低くて優し声は、お伽話に出てくる王子様の様で、私はまだ夢の中なのかしらと思う。矢田さんがくすっと笑い、放心している私に話しかける。

「ゆうちゃん、大丈夫?」

 次第にこれが現実なのだと理解して行く。キョロキョロと辺りを見渡し、自分の部屋であることを確認する。

 え〜と、矢田さんが来てくれて……、ケーキを御馳走になって……、泣いてる私を矢田さんが抱き締めてくれて……、落ち着いたところで話を聞いてくれて……、また泣いてしまって……、矢田さんの胸を借りて泣いてた。それから? それから……、矢田さんの胸があまりに気持ち良くて……寝てしまった? 私は……寝てしまった?

 ハッとこれまでのことを整理して再度顔を上げると、ばっちり矢田さんと目が合ってしまった。矢田さんは私の一連の行動を可笑しそうに眺めていた。

「え? えええ!!!」

 私は、叫び声を上げて矢田さんから離れた。

「えっとあの、もしかしたら……私は……寝てしまったんでしょうか?」

「ふはははっ、そうだよ」

 矢田さんは相変わらず笑っている。私の寝起きの反応が相当可笑しいらしい。

「私は一体どれくらい寝ていたのでしょう?」

 私は恐る恐るそう尋ねた。矢田さんがやって来たのは午後を過ぎた頃、私はいつ寝始めたんだろう。窓の外を眺めると夕方であるように思われる。

「そうだなぁ、14時くらいに寝始めて、今、17時になるから3時間くらい寝た事になるね」

 矢田さんは何でもないことのようにけろりとそう言ったが、お客さんが来てるのに、しかもお客さんにしがみ付いて、泣いた挙句3時間も寝るなんて常識的にどうよ?

あり得ないでしょう。何やっちゃってんのよ、私。私の脳内では、頭を抱えて激しくのたうち回っている私……。穴があったら入りたい……。

「矢田さん……、本当にすみません」

 私は今まででこんなに深々とお辞儀をした事がないくらい頭を下げた。私は頭を上げるのが怖くて、下をずっと見ていた。そんな私を矢田さんが覗き込んだ。

「そんなに謝らなくても、俺怒ってないよ。それとも恥かしいのかな? でも、俺は嬉しかったよ。好きな子とこんなにくっ付いていられたんだから。それに、ゆうちゃんが俺に甘えてくれたのも嬉しかった。俺にとっては、嬉しいことづくめなんだけどな。ゆうちゃん。顔見せてよ。俺、今日あんまりゆうちゃんの顔見てない」

「見せられません。恥かしいし、寝起きだし、目だって凄く腫れてると思う。こんな顔絶対見せたくありません」

 私は大きく首を横に振った。そして、両手で自分の顔を覆い隠した。矢田さんは、私の手首を掴み、顔から引き剥がした。それから、少し強引に私の顔を上に向けた。

「やっっっとゆうちゃんの顔が見れた……」

 う〜と、私は頬を膨らませた。もう、一度酷い顔を見られてしまっては、観念するしかないだろう。そんな私を見て、矢田さんはぷはっと吹き出した。その後、あははははと腹を抱えて笑いだした。私は膨れた頬のまま矢田さんを見ていた。

「酷いです。そんなに笑わなくていいのに」

 ぷいっと矢田さんから顔を逸らし、怒った声でそう言った。

「はははっ、ごめん、ゆうちゃん。馬鹿にしたとかからかったとかそんなんじゃないんだ。なんて言うか、そんな顔もするんだなって思ったら可笑しくて。本当、ごめん」

 私の怒った声に焦ったのか、矢田さんが慌てているのが分った。横目で矢田さんの表情を窺うと、眉毛が下がって本当に困った顔をしていた。その表情を見て、今度は私が可笑しくなって吹き出してしまった。矢田さんが笑われてびっくりした顔をしていたが、矢田さんもいつしか笑い出し、仕舞には一体何が楽しくて笑っているのか分らなくなってしまった。こんなにお腹が痛くて、目に涙が溜まるほど笑ったのは本当に久しぶりだった。大人になってからあまり笑わなくなった事に、今更ながら気づいた。

 いつから笑わなくなったんだろう。いつから上手く笑えなくなったんだろう。いつから他人の機嫌を窺うような笑い方しか出来なくなってしまったんだろう。

 喉の奥が見えるほど大きな口をあけ、恥かしげもなく笑い転げたら、なんだか今まで悲しかった事が本当にどうでもいいことのように思えて来た。笑った事で、全ての事が明るく考えられるようになり、明日からも私は大丈夫だと思えた。笑うことって凄いんだなって、つくづく思った。

「よし、ご飯食べよう!」

 やっと二人落ち着いたところで、私の頭をポンと叩きながら矢田さんがそう言った。思えば今日は矢田さんがお土産に持ってきてくれたケーキしか食べていなかった。

 急に現実的なことを思い出し、すると途端に空腹を感じ、きゅるきゅるきゅると見事な音が鳴った。私は恥ずかしさに急いでお腹を押さえ、えへへっと曖昧な笑顔を向けると、また矢田さんに大笑いされてしまった。

「矢田さんってそんなに笑う人だったんですね。もっと冷静で、クールな人かと思ってました」

「はははっ、俺も正直そう思ってたよ。でも、ゆうちゃんといると楽しくて、可笑しくて、自然に笑っちゃうみたいだ。自分も知らなかった、こんな自分がいるなんて。ゆうちゃんは冷静でクールじゃない俺は嫌い?」

「いいえ。寧ろ今日みたいな矢田さんの方が話しやすくて私は好きです。高感度UPしました」

 そっか、嬉しいなと、矢田さんは私に嬉しそうに微笑みかけた。はいと、私も矢田さんに微笑みかけた。


「何かうちに食べるものあるか見て来ますね。この顔じゃとてもじゃないけど、外出れないし」

 そう言ってすくっと立ち上がると台所に行き、冷蔵庫を開いた。卵とウィンナー……しかない。あとは野菜が何種類かあるくらい。ご飯は…ある。

「矢田さん、炒飯でもいいですか?」

 私は冷蔵庫に首を突っ込みながら、リビングにいる矢田さんに声をかける。勿論と、返事が返ってくる。

 私は早速炒飯を作り始める。矢田さんが、手伝おうか? と、台所を覗きに来たが、大丈夫ですよと私は言った。だが、矢田さんはリビングに戻らずに台所の入口の所に立って、私の行動を見ていた。

「矢田さん、リビングでゆっくりしてて下さい」

 何だか見られていると、緊張しちゃって落ち着かなくなってくるので、そう言ってリビングで待っててくれるように言った。

「ゆうちゃんが料理してる所見たいんだけど、駄目かな?」

 駄目かな? って言われたら、駄目とは普通言えなくないですか? 本当は、緊張しちゃうから見ていて欲しくないんだけどな。結局私はいいですよと、答えてなるべく矢田さんの視線を気にしないようにして料理に集中する事にする。

 誰かの為に料理をするのは初めてで、少しくすぐったい想いが私を襲う。恵人に料理を作ったことはないし、バレンタインにチョコをあげた事もなかった。そして、これから先もきっとないんだろうな。

また、恵人のことを無意識で考えてしまったと自分をすぐさま叱咤した。


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