遠征
「まあ、すぐに答えは出せないと思う。でも、私と戦うのは生産的じゃないと思うな。普通の人間なら『ここは戦うと損だからやめとこ』て思うところでも私はやるし」
「脅迫ですか?」
「いや、事実を告げただけだけど」
基本的に戦争となればよほどの大勝でなければ両国とも損害を重ねることになる。だから戦争を始める際の意志決定は慎重にならざるを得ない。ただ、この国家さんは多少の損は気にせずに仕掛けてくるということらしい。
「なあ、こいつどうやって翻意させるんだ?」
俺はこっそりリアに尋ねる。
「本人をどうこうするよりは搦め手から行ったほうがいいんじゃない?」
「何かこそこそ話してるようだけど、私は人間とは違うから無理だよ。とはいえ、すぐに返事を求めるのも無理だから一週間猶予をあげる」
「あ、ちょっ……」
「従うか、潰されるか賢明な方を選ぶことね」
そう言って国家さんは去っていった。ただ歩いていっただけに見えるのだが影も形もない。後に残された俺たちは顔を見合わせる。
「搦め手ってどうするんだ?」
「アルトニア国民を説得する」
リアは平和的解決を諦めていないようだった。本当にいい娘である。
「なるほど、でもさっきの話を聞いてるとそれは意味がないんじゃ」
するとリアではなくイリスが答える。
「一人二人を説得するのでは無理というだけです。例えば、極端ですが国民全員を説得するということが出来ればあるいは」
確かにそうなればあれも翻意するような気もする。もしそんなことが出来るのならば、であるが。
「誰がするんだ?」
「決まってるじゃないですか。今回の会談と同じ理由で同じメンバーですよ」
「……まあそうだよな」
「そしてせっかく国境まで来てしまった以上、今から行くしかないですよね?」
「一週間しかないしな」
こうして俺たちは流れるように急遽アルトニアへと降り立つことになった。
アルトニアは率直に言えば、農地に適した地がない、荒れ地が広がる貧しい国である。国を歩いていくと、村の人たちは痩せた土地で細々と穀物を作ったり、隣国や教会領に出稼ぎに向かったりしてどうにか暮らしているという状況であった。
「ちょっと試しに聞いてみましょうか」
そう言ってイリスは途中の村で村人に話しかけた。村人は突然現れた聖女に困惑する。
「こんなところによそ者が来るのすら珍しいのにそれも教会の方だなんて……」
「まあ、世論調査のようなものですよ。突然ですが、あなたは今の生活に満足していますか?」
「いや……裕福と言わずとも普通ぐらいの生活を送りたいが」
農民はイリスの意図をはかりかねて困惑している。確かに村人は痩せているし、服もぼろぼろ、すぐ近くにある家は木造だが屋根が傾いて見える。
「では、もしアルトニアが戦争して豊かになるとしたらどう思いますか?」
「うーん、別にして欲しいとは言わないけど、豊かになるならいいかな……いや、やっぱりいい、戦争なんてしなくていいです」
農民は相手が神官であることを思い出して慌てて否定する。イリスは困ったように首をかしげる。おそらく農民の本音は先に口走った方なのだろう。そんな民が多数もしくは一定数いるから国家さんもあのような考えになっているのではないだろうか。
「うーん、これどうするべきなんですかね」
「教会って金持ちなのか?」
イリスの問いに俺は素朴な疑問を口にする。
「まあ、そこそこ?」
ざっくりした問いなのでざっくりした答えしか返ってこない。
「じゃあ、お金か食糧を配ればいいんじゃないか?」
教会の持っているお金とアルトニア王国の国民数などはよく分からないので可能かは不明だが、とりあえず口にしてみる。
「なるほど。確かに確実な解決策ですね」
「え、お金配ってくれるのか!?」
俺たちの会話を聞きつけた農民が食い気味で尋ねてくる。その勢いにはさすがのイリスも一瞬狼狽するほどだった。
「ま……まだ決定ではありません。最近、この国に不穏な軍事行動がみられます。それがなくなることが前提です」
「そうか、そういうことなら平和にしていて欲しいものだな」
おそらく農民は本心からそう言った。解決の糸口が見えたようで俺は少し安堵する。
「よし、これであいつが消えたら配ろう」
「他人のお金だからって好き勝手言ってくれますね……とはいえ、最悪あれを消せればその後から話はどうとでも……」
イリスが何か不穏なことを口走っているが、とりあえずの方向は決まった。
何か微妙に政治的な話になってますが、特に現実の国とかを元にしている意図はないです。正直書いていて構図が似てるなと思うことがなくもないですが。