買い物 Ⅱ
日常回続き
「いらっしゃい……ひうっ」
店主らしき老婆は俺たちの姿を見てそう言うと、そのまま椅子から落ちて盛大に尻を打った。悪気はないと信じたいが、そんな反応をされると多少悲しい。
「おやまあ、何ということだ……勇者様に“理外の者”じゃないか」
「“理外の者”?」
リアが自分を指さして首をかしげる。
「そうじゃ。おぬしも分かっているじゃろ? この世にはレアリティという絶対の法則がある。その理の外にいるから理外の者じゃ」
老婆は椅子に座り直しながら答える。別に何も悪いことはしていないが申し訳ない気持ちにはなる。一方のリアはその言葉を聞いて真剣な表情になる。
「おばあさん、私が何者か知っているの?」
「さあ、そういう存在がいるというぐらいしか知らんが、天使か何かじゃないか? 神の世界の者ならこの世界の者と同等のレアリティで評価はされんじゃろうし」
「天使なの?」
リアは俺の方を見る。とはいえ俺が知る訳ない。
「知らないが……でもこの前の天使っぽいやつはレアリティあったな」
「確かに。あれの方が天使っぽかった」
「ん? そいつは何者じゃ」
あの存在がこんな知らない老婆に話していいようなものなのかは知らないが、ちょうど俺たちは誰にも信じてもらえなくて悶々としていた。俺たちは目を合わせてどちらからともなく頷く。そしてあの出来事をかいつまんで話した。
「なるほど……。聞いたことはないが、レアリティがあるということはそいつは天界の者ではない。下界の存在じゃ。しかしSSSRか……。国で言えば小国レベルといったところか」
リアの魔法によりレアリティは生物以外にも存在することが分かっていた。それをこの老婆も知っているとは。
「だが、仮に小国にレアリティがあっても、勝手に擬人化して歩き出すことはないだろ?」
「そりゃそうじゃ。ま、何かの間違えじゃろ」
結局物知りそうな老婆も俺たちの話を信じてくれることはなかった。まあ、イリスが信じてくれなかったのに知らない老婆が信じてくれる訳はないか。今更さして落胆もしない。
「それで何を買いに来たんじゃ」
「そうそう、彼女のローブとか杖とか。めっちゃ魔力が上がると嬉しい」
「理から外れた者の魔力が普通の人と同じローブで上がるかなんてわしゃ知らんよ」
老婆は肩をすくめる。とはいえ、無責任に「この宝石を買ったら威力二倍ですよ」などと言われるよりも逆に信ぴょう性がある。
「それでも何かない?」
リアが純粋な瞳で見つめる。すると老婆ははあっとため息をついた。
「仕方ない、適当に見繕ってやろう。少し待っとれ」
そう言って老婆はしばらく店の中をごそごそとあさる。少しして、隅の方に埋もれていた全身タイツのような形状の服を取り出した。ちなみに白い布地にはびっしりと魔法陣が刻まれており、確かに魔力は高そうに見える。が、それを見たリアの表情は固まる。
「……私初めて服にこだわりを持ったかもしれない」
「何でじゃ。確かに雑魚が着ると服の魔力負荷に耐え兼ねて発狂することもあるが、おぬしなら大丈夫じゃろ」
「違うよ。こんな服で外歩くのなんて……恥ずかしい」
「ほう、魔術師が魔力よりも外見を重視するとは。世も末じゃな」
「とにかく嫌ったら嫌。次出して!」
ここまでリアが自己主張しているのを初めて見た。そう考えるとこの店主はリアに成長をもたらしたと言えるかもしれない。そんな老婆は次の服を取り出す。が、それを見たリアが再び絶句する。
「何その破廉恥な服は! というか服とすら呼べないし!」
老婆が取り出したのは極小スカートとほぼブラジャーと変わらないぐらいの表面積のトップスである。
「まあでも、めっちゃ魔力が上がりそうじゃね」
俺は棒読みで言う。ぶっちゃけこれでなぜ魔力が上がるのかは俺も分からない。
「馬鹿!」
顔を赤くしたリアに頭を小突かれる。
「全く、最近の若者はわがままじゃな。それならこれは……」
今度老婆が取り出したのはボンテージのような衣装である。リアはそれを無言で床に叩きつけた。俺もそういう系はそこまで趣味じゃなかったのでスルーする。
「もういい、こうなったら見た目だけで選んでやる!」
「そんな……わしの品物にはそれぞれ魔術的な相性や効果があるというのに……」
「どうせ私には関係ないんでしょ!」
お互い最初と言ってることが逆になってる気がするが。ともあれ、リアは嘆く老婆を無視して(むしろあてつけるように)服を物色する。
「なあ、これとかどう……」
「あんたも黙ってて!」
俺は今度はちゃんとした服を勧めようとしたが、そこらへんにあった水晶で殴られた。特に痛くはなかったが、俺の防御力の前に水晶は砕け散り、老婆は嘆いた。
「さっきから露出度だけで選んでるでしょ!」
「気のせいだって!」
気のせいではあるが無意識下でそういう条件が考慮されている可能性は否定できない……気もしなくはない。
そうこう言っているうちにリアは店の中から勝手に装備一式を選び終える。
「どう?」
結局リアが選んだのは白を基調として胸元の宝石や裾のフリルでアクセントを入れたトップスと淡いピンク色のフレアスカート、そしてピンク色の裾の長いフード付きマントである。手に持っている杖もワンドのようなごついものではなく、タクト型のちょっとおしゃれなものだ。
「おお……似合ってるな。見違えるようだ」
俺は素直な感想を口にする。例えるならこれまでおしゃれに関心がなかった女子が急におしゃれし始めたときのような感じだ。いや、例えじゃなくてそのままか。
俺の言葉にリアは相好を崩す。
「良かった。選んだ甲斐があったよ」
「そんな……ピンクなど魔術師には邪道だというのに」
老婆は悲しそうに何か言っていたが、俺はリアが満足そうだったので良しとすることにした。
「お代は教会につけておいてくれ」
「ふん、もう来なくていい!」
こうしてよく分からない感じで俺たちの買い物は終了したのであった。ちなみに現代で女の子と二人で買い物などというイベントには全く遭遇しなかった俺もエンジョイしたのは言うまでもない。