天使との邂逅
池の水全部抜く
翌日、俺とリアは特にすることもなかったのでぶらぶらと観光していた。教会も魔王軍の残党狩りなどに忙しく、俺を送り返す儀式はもう少し時間がかかるらしい。俺は来たばかりだしリアはこれまで悲惨な人生を送ってきていたので、俺たちは初めての観光を楽しむことにした。
「ここが有名な神の泉ね」
目の前にはきれいな泉が広がっている。教会近くの山の中だが、神聖な場所であるため許可を得ずに入ることは出来ない。ついでに泉の水は健康や昌運などに効能があるとされている。泉は俺が手を広げたぐらいの直径だが底は深く、水は澄んでいるのになぜか底が見通せない。神話の時代、ここのほとりで神は世界の生き物たちの序列を定めたという。
今では周囲には木立が茂っており、森の中の神秘的な空間という感じになっていた。神聖かどうかはよく分からないが見ていて癒されるとは思う。
「確かに何か神聖な感じがするな」
「せっかくだし飲んでもいいかな?」
リアは少しうきうきした様子で泉に手を伸ばす。飲んでいいかはよく分からなかったので俺は適当に返事する。
「いいんじゃね? リアがいなければこの辺も魔王軍に踏み荒らされてた訳だし」
「そうだね」
リアはいそいそと泉の水を手ですくい、口に含む。
「うん、冷たくておいしいけど……普通の水だ」
「そりゃそうだろ」
そんな風に他愛のない話をしていると。突然木立が揺れて何者かが現れた。
その者(あえて人物とは呼称しない)は人のようで人ではなかった。長い銀髪をした女性で、服装は白いワンピースだけである。そして人工的なまでに整った顔立ちをしており、頭の上には光る輪っかが浮かんでいる。輪っかからは光を発しており、よく見ると肌からも輝きが溢れていた。
「探したわ、勇者殿」
俺は反射的にリアを背後にかばう。背筋にぞくりと悪寒が走り、嫌な汗がにじむ。魔王と対峙したときもここまでの緊張はなかった。明らかにその辺をうろうろしていてもいい存在ではない。
「何者だ!」
叫んで俺はこいつのレアリティを見ようとする。そして再びぞくりとする。レアリティが見えない。ということは俺と同格か、もしくは。
俺は思わずリアを見る。リアは俺と違って高レアリティでも見ることは出来るかもしれない。
「SSSR……」
リアも絶句する。こんな魔王より強い奴がぬるっと出てきてたまるか。
「あら、何でそんなに怖い顔なのかしら。自分が世界最強じゃないと気に入らない?」
「そうじゃないが……そんな強い奴がいるなんて聞いてないぞ」
「それは自分の見聞不足でしょ?」
その者はふふん、と挑発的に笑う。
「それならお前は何者だと言うんだ」
「そうねぇ……あなたが私に服従を誓うなら教えてあげてもいいわ」
「何で俺がお前に従わないといけないんだ」
何とか言い返すが、俺がこいつに従わなければ理由があるとすれば一つだ。こいつの方が強いかもしれないということである。レアリティが同格ということはこいつが実戦経験が豊富であればこいつの方が強い。
「うーん、本当は私の方がレアリティが上だからって言おうと思ったんだけど、まさか同格とは思わなかったわ。とんだ誤算ね」
そう言ってそいつはわざとらしくうーんと唸る。
「でもいいや、あなたはもうすぐ元の世界に帰るんだったわね。ねえ、教会の人たちに伝えといてよ、『自分と同格以上のやばいやつがいるからそいつが来たら無駄な抵抗はやめた方がいい』って」
「誰がそんなこと」
「そう。事実はちゃんと伝えた方がいいと思うけれど」
そう言って彼女がすっと手を挙げると彼女の周辺に無数の光の球が浮かび上がる。そしてそれらから光線のようなものが俺に迫ってくる。圧倒的な量の光線を全て避けきるのは不可能だ。第一後ろにかばったリアを守らなければ。彼女は俺と違って肉体自体は普通の人間である。
「シューティングスター」
俺も流星を発して迎え撃つ。杖から発された流星たちが彼女の発した光線とぶつかって爆発し、次々と相殺されていく。しかし不意を突かれたこともあり全ての光線を相殺することは出来なかった。
相殺しきれなかった光線が体に当たる。
「ぐあっ」
体が焼けるような熱に襲われる。所詮中身は腐れ大学生なので痛みへの耐性はほとんどない。
「はっ、この池の水……くらえっ」
危機を察したリアが何かの魔法を放つ。途端にこの謎の存在の周辺が凍り付き、閉じ込められる。見れば池の水が全部なくなっていた。この池の水、すごい水だったんだな。
が、すぐにぱきぱきと音を立てて氷が割れ、その者は自由を取り戻す。リアは自分の魔法が効かなかったことに呆然としているが、女もただの少女だと思っていたリアの魔法に小さく驚いている。
「その子は何者? レアリティも分からないけど。まさか人の身で私と戦える者が二人もいるなんて。まあ、警告はしたから。あなたも無事でいたかったらさっさと元の世界に帰ることね。ばいばい」
そう言って彼女は踵を返して去っていった。そいつを見送りながら俺たちは呆然とするしかなかった。
強敵キャラにありがちな、何となく主人公のところに顔見せに来るイベント。