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奇襲

 さて、実質的な指揮官に任じられたロスガルドは水を得た魚のように指揮を開始した。指示している内容が軍事的・政治的に適切なのか俺にはよく分からなかったが、異論をはさもうとする者がいるとイリスがいちいち睨みつけて封殺するのでスムーズではあった。こういう状況では正しいかどうかよりもスピードが大事そうなので正しい判断の気もする。


 そんなことをしているうちに夜空が白み始めた。危惧されていたファイアーボール使いであったが、イリスほどの魔力はなかったのか、イリスが余力を残しているのに飛んでこなくなった。やはりイリスはこの世界の人間の中では突出した実力を持っているのだろう。まだ昼まで間があるためか、やってくる魔族もまだ弱小である。

「ふう、いったん仮眠でももらおうかしら」

 イリスの顔から緊張が抜けて疲労が勝ち始める。確かに昼までにどこかで休息をとった方がいいだろう。


 が、非常時というのは予期せぬことが起こるから非常なのである。突然、教会の祭壇に置かれていた水晶が震え始めた。

「何だそれ。魔王アラートか?」

「違います。本教会との通信用です」

 イリスが水晶に触れると通信が繋がる。なんて便利な仕組みなんだ。

「はい、リオス防衛軍総指揮官のイリスです」

 イリスはちょっとわくわくしながら名乗る。が、その興奮は次の相手の言葉に一瞬で吹き飛ばされる。


『まずい、緊急事態だ。魔王軍主力の一部が本教会付近にテレポートしてきた』


「へー……は?」

 イリスの表情が固まる。魔王軍ともなるとそんなことまで出来るというのか。

『こちらは魔法的な防御力はあるが、屈強な魔族を防げるほどの兵力はいない』

 向こうの人物の声からは切迫した響きが伝わって来た。

「それで私にどうしろと言うんですか?」

 イリスは少し苛々しながら答える。何せこちらは夜からすでに交戦状態に入っているのである。


『頼む、勇者を貸してくれ』


「冗談はやめてください」

 切迫した懇願であったが、イリスは即座に一蹴した。

「今リオスから勇者を抜いたらどうやって魔王軍を防ぐんですか」

『魔王軍主力はこちらにテレポートしてきている。防ぎやすくなっているはずだ』

「そういう陽動では? そんなに大軍をテレポートできるとは思えませんが」

『いや、リオスこそが陽動だ。奴らは本協会を潰す気でいる!』

「そっちこそ」

『そっちが陽動だ』

 醜い言い合いが始まるが、確認するほどの時間的余裕はないのでどうしようもないのだろう。

「埒が明きません。そちらへの攻撃はどれほどですか?」

『昼頃には』

「くそ、完全な計画的奇襲じゃないですか。とりあえずお互い情報収集に努めましょう」

『いや』

 相手は何かを言おうとしたがイリスは乱暴に通話を切った。

「さすが魔王、こんな隠し手があったとは。陽動と分かっていても万に一つがあるのなら本教会を……」

 イリスは悔し気に唇を噛む。


「ちなみに本教会を落とされるとどうなるんだ? 住民を避難させてこっちの魔王軍を撃破してから奪還ではだめなのか?」

「私たちのプライドや面子という問題を差し引いたとしても、本教会は信仰のよりどころ。神の加護に影響が出るかもしれません」

「神の加護に影響が出ても俺が何とかするが」

 素人考えだが、ここで戦力を分割することは良くないと思われた。本教会が落とされるのは神官でプライドの高そうなイリスには耐えがたい屈辱だろうが、それでも負けるよりはましだろう。

「誰の加護でこちらの世界に呼べたと……あ」

 そこまで言ってイリスは口を抑える。そうか、俺は神の加護で召喚された。となれば戻るのもおそらく神の加護ということになる。つまり、俺の案だと俺が元の世界に戻れなくなるかもしれないということか。イリスはため息をついた。

「あーあ、口が滑りましたね」

「お前、悪い奴じゃないんだな」

 そこで俺にその事実を伏せて作戦を実行しなかった、というところで俺は素直にイリスを良い奴だと思った。仮にそれをばらしたのが本意じゃなかったとしても、だ。


「とりあえず斥候の報告を待ちましょう。それに、こっちにも切り札はありますから」

 そう言ってイリスはリアの方を見る。イリスの鋭い視線にリアはびくりと体を震わせる。イリスは疲労もあってかなり気が立っているようだった。

 が、更なる知らせが俺たちに追い打ちをかけた。疲弊するイリスの元にもう一人の斥候がやってくる。

「申し上げます、たった今魔王軍から一通の文が届きました」

「文? 魔王軍が交渉を持ってきたなんて有史以来聞いたことないですが」

「いえ、内容は交渉ではありません」

 そう言って斥候はイリスに文を手渡す。それを見たイリスの表情は凍り付いた。イリスは震える手で俺とリアにも文を見せる。


『弱小なる人間の者共に告ぐ。我が軍主力が本教会に奇襲をかける準備が整った。もし防がなければ捕まえた住民を一人一人拷問して殺す』


 確かに内容は交渉というよりは一方的な通告であった。

正面から戦うと負けると思った魔王、搦め手を使ってくる……普通逆じゃない?

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