召喚
俺の名前は山田健人。可もなく不可もない大学の二回生で、現在“マジック&モンスターズ”というソシャゲにはまっている。それ以外に取り立てて特徴もない。
”M&M”は世界観は普通のファンタジーで、ゲームシステムも自分のユニットをマップに配置してやってくる敵を迎え撃つという、普通のタワーディフェンスシステムだ。
ただ、有名な芸能人がやっているとツイッターでつぶやいてから大流行しており、かくいう俺も生活費を切り詰めてガチャを回している訳だ。
「くそ、まだ出ないか……」
俺の隣にはアプリで使う電子マネーを買えるカードの残骸が転がっている。要するに今はただの紙だ。
ソシャゲというのはインフレという宿命を抱えている。新しいカードを出しても既存のカードより弱ければだれも課金ガチャを回さないから、ゲームが続いていくうちにだんだんカードが強くなっていく訳だ。
“M&M”もその宿命から逃れられず、しかも流行してしまったせいで、よりインフレが加速してこのたびSSRを上回るSSSRというレアリティが実装された。俺はそこそこ強いSSRのカードを揃えていたが、最上位レアリティが実装されればSSRのカードは紙きれ(紙ではないが)になってしまう。
それで俺はひたすらガチャを引いている訳だ。
「いや、ここで退いては今までの課金が無駄になる……」
もはや完全にゲーム会社の手の平の上で踊らされている感はあったが、俺は財布を掴むと下宿を出て近所のコンビニに向かう。
ソシャゲにおいてレアリティとは絶対的な強さの指標である。まず、レアリティが高ければ基礎ステータスが高いし、進化出来る回数も違う。さらに持っているスキルも強い。一応レアリティが低いカードの方がレベルやスキルを上げやすい傾向にはあるが、その分頭打ちも早い。最強状態まで育てることを前提とすれば、レアリティの壁はそのまま強さの壁と言って差し支えないということだ。
そんなソシャゲの世界で最高レアリティが更新された以上、絶対に手に入れなければならない。
「二万円になります」
俺は震える手でお札を取り出し、電子マネーカードを購入する。どうでもいいが、クレカでガチャを回し始めると課金しているという実感を失うのでよくないと思う。俺は下宿に帰るのも待ち遠しく、コンビニの前の道路で電子マネーをゲーム内通貨に変換してガチャを回す。ここで引けば最悪爆死してもすぐに買い直すことが出来るという利点もある。
「くそ、くそ、くそ……」
血走った目でスマホを見つめる俺の姿は傍から見るとかなりやばい奴に映ったことだろう。
そんなときだった。突然、ゲーム画面が見たことのない光を発した。これまでのレアリティの演出は全部見たことがある。ということは
「これが、最高レアリティの演出……」
SSSRカードを引けたことへの喜びとここまで払った金額の重さが合わさって俺の脳内から大量のアドレナリンが放出される。
が、そこで悲劇は起こった。食い入るようにスマホの画面を見つめていた俺は暴走したトラックが歩道に突っ込んでくるのに気づかなかった。
「危ない!」
通行人の声が響いた。
が、時既に遅し。
俺が顔を上げた時にはトラックは俺の目の前まで迫っていた。妙にゆっくりに見える世界。
ふとスマホの画面を見ると魔術師のキャラが映っている。そうか、俺が引いたのは“星の魔術師 コスモゲイザー”か。確かこいつは超広範囲攻撃スキルを持っていたな。最期に俺が思ったのはそんなことだった。
こうして、俺の約二十年の人生は幕を降ろした。
「う……ここは?」
目を覚ますと、俺は見たこともない部屋に立っていた。天井は異様に高く、壁にはステンドグラスで出来た窓がある。病院ではなく洋室で、教会っぽい(教会に行ったことがないから分からない)祭壇がある。広間のような部屋だ。
そして目の前には白いローブを羽織ってベールのようなものを被ったいかにも神官と思われる少女が合掌して立っている。白い絹のような長い髪、宝石のような瞳、端整な顔立ちといかにも清楚そうな神官である。年のころは十代真ん中ぐらいだろうか。顔立ちで幼く見えて恰好で大人びて見える。
一体ここはどこなんだ? トラックがぶつかってきて死んだはずだが、俺は生きているし、身体が痛む訳でもない。ということはここは天国で、目の前にいるのは天使だろうか?
「お目覚めですか?」
「ああ」
少女は鈴のような透き通った声で話した。そして何事か呪文のようなものを唱える。そしてこの世の終わりでも見たかのような顔になった。
「あなたは……SSSRレア!?」
異世界っぽい雰囲気の神官からなじみ深い単語が飛び出して俺は何とも言えない気持ちになる。例えて言うなら海外旅行をしていたら現地のお店が並ぶ中にマックがあったみたいな感じだろうか。
「あの、あなたは、というかどういう状況だ?」
が、目の前の人物はそんなこと聞いちゃいなかった。
俺の質問をよそに彼女は突然右拳を握りしめる。
「来たああああああああああああああ! SSSR召喚成功!!」
「え、何?」
突然今までと違うテンションで奇声を張り上げる神官(?)。表情は紅潮し、声は半分裏返っているし明らかに興奮している。
俺はさっぱりこの状況が分かっていないということもあって彼女とのテンションの落差は広がるばかりだ。そんな俺を無視して彼女はほくそ笑むような笑みを浮かべている。
「ふふ、やはり私はSR神官。他のRとかUCの神官とは格が違うのですよ」
「あの、そろそろ説明して欲しいんだが……」
何となく想像がつかないでもないが、俺は目の前で小躍りして喜んでいる人物に説明を求める。俺の言葉に彼女ははっと我に帰ったようだった。
「こほん、すみません、取り乱しました。ようこそSSSRの勇者様。我らがアスガルドへ!」
「はあ」
彼女は再び清楚モードに戻る。こうしてみるとまるで敬虔なシスターのようで、先ほど拳を握りしめて雄たけびを上げていた人物と同一とは思えない。そして再び鈴のなるようなきれいな声で話し始める。
「私の名前はイリス。ここセレスティア教会最高レアリティの神官です」
「要するに俺は死んでないし、元の世界と違う世界にやってきたということでいいんだな?」
「その通りです。ちなみにおそらく勇者様の言葉と私たちの言葉は違うと思うのですが、召喚魔法には翻訳機能もついています」
言われてみれば俺は彼女の言葉が全て理解出来る。
とりあえず、これはただの夢とかではなさそうだ。異世界に召喚ということが本当にあるのかは分からないが、どうせ元の世界では事故に遭う直前だったしいったんそういうものだと受け入れて話を進めてみることにするか。
「さて、このたび魔王軍の脅威が迫るにあたって数多くの神官が異世界からの高レアリティの勇者を召喚することに挑戦しました」
「……色々聞きたいことがあるんだがまずレアリティって何だ?」
異世界にもレアリティという概念はあるのか?
それとも似たような言葉がそういうふうに翻訳されているだけなのだろうか。
「え、知りませんか? 生きとし生ける物全てに存在する神聖にして侵しがたい序列のようなものです。勇者様の世界にはそのようなものはないですか?」
確かにソシャゲにおいては神聖にして侵しがたい序列であった気がする。レアリティによって何レべになれるかとか決まってるゲームもあるし。現実だと身分とかがそれに近い気もするが、現代日本にはすでにない。
「めっちゃざっくり言うと、強さか」
「はい。ただ、強さと言っても腕力の強さではないですよ。例えば私はSR神官で、異世界からあなたのようなSSSR勇者を召喚することも出来ますが、単純な殴り合いならRの戦士系の方には負けるかもしれません」
「まあそれは何となく分かる」
RPGの神官みたいに物理戦闘は不得手なのだろう。
神官もレベルを上げるとステータスは上がるが、高レベルの神官がそこそこのレベルの戦士に肉弾戦で勝てないのと同じようなものと思うことにする。
「とにかく、私たちは魔王を倒す戦力を求めて勇者様を召喚しました。その結果、あなたが召喚されてきたという訳です。それもSSSRとして!」
「でも、俺は元の世界ではただの大学生だが」
別に勉強が出来る訳でも運動神経がいいわけでも、何か特殊能力があった訳でもないのでそう言われてもぴんと来ない。
「ご安心ください。過去のデータによると元の世界での能力とこの世界でのレアリティに相関関係はないようです」
「へー、じゃあ俺めっちゃ強いのか」
よく分からないが、体を鍛えた宇宙飛行士でも無重力空間で暮らすと筋肉が落ちていくという話を聞いたことがある。そういう感じで、この世界の人は弱いのだろうか。
俺は試しに近くの壁にデコピンしてみる。
バキッ
轟音とともに指にしっかりした感触が伝わってきて、壁に大きな亀裂が入る。イリスは驚愕と動揺が入り混じった何とも言えない表情になる。
「……ごめん。こんなに強いとは思わなかった」
俺は素直に謝罪する。なるほど、伊達にSSSRと言われている訳ではないらしい。ようやく俺は自分が何か強い存在になったことを理解した。
が、それを見たイリスは引きつったような笑顔を顔に張りつける。
「だ、大丈夫ですよ。勇者様も召喚されたばかりで慣れないことも多いでしょう」
「まあ何となく分かった。ちなみにレアリティというのはどうやって分かるものなのか?」
「はい。自分と同じかそれ以下なら見ただけで分かります。私のような神官は神の加護により格上の相手のレアリティも分かりますが」
それで俺のことも分かったのか。
ちなみに言われてみると、俺もイリスのレアリティがSRであるというのを何となく感じ取ることが出来た。原理はよく分からないが、例えて言うなら目の前の人物の年齢が分かるのと同じぐらいの何となくさで分かるようになってしまった。
何というか、ひどいシステムだ。生まれながらに人の序列がすでに決まっていて、それが可視化されているということなのだから。
「それで、話を戻しますと私たち神官はたくさんの方を異世界から召喚して真の勇者の方を探したのです。もっとも、ほとんどはRとかUCの勇者ばかりでしたが。いや、RとかUCでは勇者とも呼べないですね」
ふざけるな、人の存在を何だと思っている、と言いたかったが俺は自分が全く同じような気持ちでガチャを引いていたことを思い出す。
俺は単にゲームのために引いていたがこいつらは実際に自分たちの危機を何とかするために引いているのだから許されるのかもしれない。
いや、ゲームと現実だから当然違うんだが。
「……ちなみにそのRとかUCの方々は?」
「“キャンセル”と言って魔法を取り消すと彼らは元の世界へ帰っていって、魔法に使った魔力が一部返ってくるのです」
すごくシステム的な魔法だな。まあレアリティがある時点ですでに、て感じだが。まあ彼らが無事に帰ったのならよしとしよう。
「それで魔王というのは?」
いよいよ俺は核心について尋ねる。