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007.『楽しい夜』

 クゥロが鍋の蓋を取ると、辺りに広まっていた牛乳の柔らかい香りと鶏肉の出汁の良い匂いが更に強くなる。中には陽芋(じゃがいも)胡蘿蔔(にんじん)胡葱(たまねぎ)の野菜の三種類が入っており、特に胡蘿蔔の赤い色合いが白いシチューに彩りを加える。

 

 クゥロの作るミルクシチューは、メアとリリーの大好物であった。


 食卓に上がる野菜はメアが手入れしている畑で取れる物あるが、家の周りに置いてある木箱の中で作っている物もある。陽芋や胡葱がそうだ。


 この二つの野菜は少ないスペースでも育てる事が出来る為、家の周りに畑から入れてきた土を引いた木箱を幾つか置き、日当たりの良い所でこまめに世話をして収穫している。


 本来、寒い所に位置するこの村では育ちが悪いのだが、木箱の周囲には温度を調節する結界が張られている。そういう作用を働かせる魔石に魔力を込めると温室のように暖かくなる、という訳だ。本来()()()()使()()()をするものではないのだが、道具は使い手次第だとクゥロは思っている。


「シチュー、シチュー、とーやのシチュー!」

「父さんのシチュー……良い匂い……」


 鍋の中身を覗き込むクゥロの後ろで、まだかまだか、と忙しなく動く娘二人。


 メアはクゥロの背中に張り付いて、鍋の中身を覗き込んではわーい、と声を上げてくるくると回っている。その度に尻尾がクゥロの脹脛を叩くが、その痛みには慣れている。


 リリーは大人しく椅子に座っている、と思いきや自分も鍋の中身を覗こうとその場から背伸びしたかと思えば、すとんと座ってじっと涎が垂れてきそうなのを我慢していたりする。


 まだまだ子供だな、とクゥロはその二人の様子を見て微笑む。


「そろそろ良いかな」


 お玉で一掬い、小皿に移して味見をする。牛乳のまろやかさと山鳥と野菜の旨味が舌の上に広がる。


 肉と野菜を炒め、小麦粉を振るって上手く纏まるまで更に炒め、水と塩を加えて弱火でことことと煮込む。仕上げに同量の牛乳を加えて一煮立ち。


 隠し味は細かく刻んだ燻製肉を混ぜて出汁を効かせ、月桂樹(ローリエ)の葉っぱを一枚、一緒に煮込む事。後はじっくり灰汁を取りながら煮るだけ。


 深いお皿にたっぷりよそい、最後に乾燥させたる胡椒の実を包丁の腹で潰して振りかければクゥロ特製ミルクシチューの完成だ。


「さ、待たせたね」

「ううん、全然! とーや、ありがとね!」

「この待つ時間が、食べた時に更に美味しくなる秘訣……」


 待望のシチューを前にしても、慌てて食べずに行儀良く我慢している二人を待たせないようにと、しゅるりとエプロンを外し、椅子の背に掛けてクゥロは食卓に付く。


「「「いただきます」」」


 三人の楽しい夕餉が始まる。



 ◆◇◆◇



「ふわー、さっぱりしたぁ!」


 メアが濡れた髪のまま、クゥロ達のくつろぐダイニングに戻ってきた。


 メアとリリーが美味しい美味しいと言いながらシチューを頬張る食卓も終わり、まだ沢山あるシチューに明日の楽しみを膨らませたメアとリリーは早々と寝る支度をした。クゥロとリリーは既に湯浴みを済ませていた為、メアだけがのんびりと湯船に浸かっていた。


「おかえりー……」


 焙煎した大麦を煮出して冷やしたお茶をそっとメアの前のテーブルに出すリリー。それを受け取ると実に美味しそうに飲み干すメアは、コップを流しに置くとクゥロの真横までやってくる。


「とーやとーや、髪乾かして」

「あ、ずるい……私、今日自分で乾かしたのに」

「その代わりリリーはお昼にずーっととーやと一緒だったじゃない! 私もとーや分補給したいの!」

「それはリリーがアンナさんの家で遊んできたから……」


 机を挟んでわいわいと言い合う二人を微笑ましく見ながら、クゥロは読みかけの料理本をテーブルの上に置く。


「いいよ、ほらおいで」

「やったぁ!」


 椅子を引いて一人分座れるスペースを作ると、メアはクゥロの膝に跨って実に嬉しそうな瞳で見上げてくる。手に持っていた柔らかい布をクゥロに渡すと、クゥロはその布で優しくメアの髪を拭き取る。


「"(ヒート)"」


 魔法を唱えると、布越しにクゥロの両手が程良い熱さになり、濡れた赤髪の毛を布と一緒に漉くとみるみる乾いていく。メアの髪の毛はほのかに癖を感じるが、それが何処となく触っていたくなる手触りに感じる。火傷しない程度に、髪が痛まない程度に抑えられた熱が心地良い。


「あ、とーや、くすぐったいよぉ……」

「ごめんな、もう少しで終わるから」

「う、んっ、わかったぁ」


 拭き漏らしが無いよう丹念に、耳の周りや前髪などを指で漉く。耳朶や首筋に指先が触れる度にメアが小さく声を上げるが、クゥロの目は真剣だ。


「よし、こんなものかな……ん、どうした?」

「はぁ、はぁ……ううん、ありがととーや」


 皮膚と皮膚が擦れる程度の刺激がもどかしく、息を荒くしたメアは堪え切れずにクゥロの胸元へと凭れ掛かる。見た目以上にがっしりとした胸板に片手を添え、しっとりと艶のある赤髪、潤んだ金の瞳で見上げるメア。ぐっと顔を近付けて、


「そこまで……」


 ひゃぁ、と声を上げてメアの体が高く持ち上がる。軽々とメアを持ち上げてクゥロから引き剥がしたリリーは膨れっ面だ。


「ちょっと、リリー!? なにするのよ、良い所だったのに!」

「抜け駆け良くない……私もいるのに二人だけの世界なのもダメ……」

「悪かったわ! 悪かったから下ろしてよ!」


 両手を脇の下に通して持ち上げているから、メアはじたばたと暴れるだけだ。振り回された尻尾がリリーの身体に当たるが、全く気にしていない。


 除け者にされた気がしてリリーも寂しかったのかな、と思いながらクゥロは髪を拭いた布を畳んでそっと二人のやり取りを見ながら立ち上がり、洗濯籠に布を放り込んでおく。


「父さん、そろそろ寝よ……?」

「とーや、また一緒に寝て良い?」


 戻ると待ち構えていたようにメアとリリーは両腕を取って懇願してくる。メアは上目遣いで、リリーは真っ直ぐにクゥロを見下ろして。


「仕方ないな」


 まだまだ親離れは出来そうもないな、とクゥロは思った。いや、もしかすると自分の子供離れの問題か。


「やったぁ! 私は前ね!」

「私はいつもの、背中がいい…」


 だけど、とクゥロは思う。恐らく人の温まりが恋しいのだろう二人が喜ぶのなら、親として出来るだけ叶えてあげたいと。例えいつか、もっと二人が大きくなり、クゥロの元を離れる時が来るとしても、それまでは。


「おやすみ、メア、リリー」

「おやすみ、とーや!」

「おやすみなさい、父さん」


 同じ布団に包まり、互いの暖かさを感じながら眠る。そんなささやかな幸せがいつまでも続けばいいな、と眠りに落ちる間際にクゥロは思った。


 こんな風に、クゥロと爬虫人類(リザードマン)の娘二人の一日は過ぎていくのだった。

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