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006.『そのままで、このままで』

 季節は秋。頂高く、天馬(ペガサス)肥ゆる秋と言われ、作物の実りも多い。まだほんのりと夏の名残の日差しはあるものの、秋が深まる程に吹く風には冷たさを感じる。


 そんな中、メアは胸元に赤いリボンの付いた袖無しのシャツに太腿の辺りまでのズボンを履いている。剥き出しの二の腕、太腿には種族を感じさせる赤鱗が剥き出しになっているが、本人は特に隠す気も無い。


 元々爬虫人類(リザードマン)は変温性の種族と言われている。気温の変化に弱い、と。しかし実際の所、気温が下がれば活動出来なくなるという事は殆ど無い。


 呼吸をすれば、体を動かせば、物を食べれば、それぞれ熱が生まれる。熱を生み出せるのであれば、体温が変化する事と調節は容易い。


「到着っ!」


 最後の一歩、とばかりに大きく飛び跳ねたメアは管理している畑を見渡す。畑は二十坪程の広さで、既にもういくつかの葉っぱが地面から伸びている。


 畑に着いたメアは、まず隣接された小さな小屋の中に入る。この部屋の中に、畑に必要な道具類が雑多に詰め込まれている。何とも埃臭い、土の匂いのする小屋の中で椅子に座り、置いてある筒状の靴に履き替える。獣の皮を長くとったこの靴ならば、土が靴の中に入る心配も少ない。


 小さな桶と柄の長いお玉のような道具を取り出して、畑の近くを流れる川から引いた水場で水を汲む。そのまま、畑から伸びる青々とした野菜に水を掛ける。葉っぱと白い実の両方味わえる(かぶ)は湿気を嫌う為、昼前に水をやるのが良い。鮮やかな赤色と独特の甘みが特徴の胡蘿蔔(にんじん)は発芽が難しいものの、その後の水遣りは乾いた時だけでも良い。


 どれも、クゥロに教えて貰ったものだ。そのクゥロもきっと誰かに教えて貰ったものに違いないが、メアにとってその事実は然程重要では無い。


 まだメアが小さく、容姿もそのまま爬虫人類としていた時に、クゥロはよく畑までメアとリリーを連れて仕事をしていた。リリーは眠たげにうとうとと日陰で寝ている事が多かったが、体を動かすのが好きなメアはクゥロに手伝いをねだり、クゥロもまたメアに色々な事を教えて作業をしていた。


 自分で育てた野菜を取れた時の感動や、それをクゥロが料理してくれた時の美味しさは格別だった。それから幾年もクゥロの後ろでちょろちょろと手伝いをしていたメアであったが、今では畑の管理の仕事を任される程になった。


 メアはざっと見渡すと、生えてきた雑草を一つずつ手で根元から千切っていく。野菜達にとって育ちやすい環境というのは雑草にも良い環境になる。しかし根っこごと引き抜いてしまうと、土が硬くなる事がある。根っこが伸びればその分、土に穴が空いて柔らかくなる。地面から伸びる部分を千切れば根っこは枯れ、枯れた根っこは土の中で分解されて栄養となる。


 そして千切った葉っぱの部分を桶に集まると、纏めて畑の淵にどさっと置いた。乾かしてカサを減らしたら、土に埋めると肥料になる。これもクゥロに教えて貰った事だ。


「とーやは凄いのよ」


 誰に聴かせるでもなく、メアはぽつりと呟いた。自慢の父親だ。優しくて、格好良くて、物知りで、自分をここまで育ててくれた愛しい人。



 ◆◇◆◇



 メアが物心付いた時、自分が周りの人と違うという事は否応無く感じた。悪意は無いし、今ではもうすっかり村人達とも打ち解けているとは思うが、それでもその時はとてつもなく嫌だった。周りの目を気にして、リリーの背中に隠れるようにして過ごしていた。今とは考えられないくらいに内気な子だった。


 同じ種族であったリリーはマイペースだから、そんな事は大した事では無いと思っていたかもしれない。メアだけがそんな周りの目を気にして、塞ぎ込んでいた。


 一番近くにいたクゥロにすら、自分達とは違う、と一線引いていた。今思えば反抗期だったのかもしれない。


 ある日、家出をした。リリーにも告げなかった。誰にも見つからないようき帽子を深く被り、着の身着のまま村を出て、鬱蒼と生える木々を抜けーーそしてそのまま迷子になった。


 既に陽は落ち、辺りは暗く、肌寒くて心細くて、泣き声を押し殺しながら木の陰で座り込んでいたメアを見つけてくれたのはクゥロだった。


 怒られる、と思った。悪い子は捨てられる、と思った。だって自分はクゥロの本当の子供では無い。自分は人間じゃない。だけどクゥロは。


 見つかって良かった、と言ってくれたのだ。


 一緒に帰ろう、と言ってくれたのだ。


「周りと違うとか周りがどうとか、そんな事は気にしなくていい。メアはメアのままで良いんだよ」

「俺はメアが居てくれて本当に嬉しいんだ。有難う、メア」


 背中におぶさって帰る道の途中、クゥロは優しく語り掛けてくれて。メアは堪えていた涙でクゥロの背中を濡らした。


 その夜が初めてだったと思う。クゥロの布団に潜り込んだのは。何も言わず、黙ってメアを抱き締めて寝てくれたその温もりに触れたメアはその日から少しずつ変わって行った。


 色んな事を知ろうと思った、色んな人に知ってもらおうとも思った。メアの事も、クゥロの事も。

 


 ◆◇◆◇



「ふぅ……終わっちゃったわ」


 気付いたら畑の雑草取りも終わってしまっていた。クゥロの事を考えているといつも瞬く間に時間が過ぎてしまう。そして身体の芯から熱くなってくる。これこそがメアが寒さを気にしない本当の理由だったりするのかもしれない。


「アンナさんのところにいこーっと!」


 まだ太陽は真上に差し掛かったところだ。時間は十分にある。桶の中で積もりに積もった雑草を所定の位置に撒き、倉庫に戻って靴を履き替える。


 アンナは村で一番若い夫婦だ。年は十歳以上離れてはいるが、メアにとっては友達のような存在だ。


 いつもは遊びに行っては料理を一緒に作ったり、刺繍を教えて貰ったりしている。特に刺繍はクゥロがあまり得意では無い分、メアは覚えようと必死だ。上手に出来たらきっとクゥロは一杯褒めてくれるに違いない。


「今日は何しようかしら」


 自然と足取りが軽くなる。冷たい風だってなんのその。恋する乙女はいつだって燃えているのだ。

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