003.『爬虫人類』
「「「いただきます」」」
賑やかな食卓。出来るだけ食事は三人で取るようにするのが、クゥロとメアとリリーの一つの決まり事だった。
焼いた丸パンは手で割くと小麦の香りがふわりと立つ。それなら少し崩したふわふわのオムレツを乗せて食べる。オムレツには先程リズが持ってきたチーズを削って混ぜてあるので、いつもより味が濃い。
「んー、とーやのオムレツ、ふわとろで好きー!」
「燻製肉もカリカリ……美味しい……」
燻製肉はクゥロが森で仕留めた猪を燻したもので、焼くと肉の塩気と脂の甘みに香ばしさが加わり、実に美味しい。
クゥロはサラダ皿にも手を伸ばす。手で千切った生で食べられる葉物と薄くスライスして塩揉みした胡瓜。それによく水洗いした、小さい赤茄子が彩りを飾り、作り置きしてある手作りドレッシングが掛けてある。
「サラダも良く出来てる」
「えへへ、もっと褒めて褒めて!」
「父さん、私もお皿とか並べた……」
「ああ、リリーも偉いよ」
「ふふふ、嬉しい……」
食卓を挟んだ向かい側で満面の笑みを浮かべたメアと、はにかむように笑うリリー。
始めの頃は力加減が分からずに野菜が砕けたり、切っても厚さがバラバラだったりしたものだ。お皿を並べるのだって、何枚床に落としたか分からない。お陰で今食卓に並んでいるのは木で作られた器が殆どだ。
それに比べたら、立派な成長だ。
「ダメよ、リリー。ちゃんと赤いの食べないと」
「私、苦手……メアにあげる」
「好き嫌いすると大きくなれないわよ!」
「メアよりずっと大きいから、いい……」
「きー、なんでこんなに差が付いたのよ! おかしいわ!」
「好き嫌いしてないのに、ね……不思議」
メアとリリーが仲睦まじく言い合いながらサラダを食べている。メアは何でも食べられるのだが、リリーは意外と好き嫌いが多い。
昔はもっと食べられなかったな、などとクゥロが懐かしんでいると、ふとリズの言葉が思い浮かんだ。
ーー二人とも大きくなったもんね。
ああ、確かに。クゥロがこの村に戻ってきた時は、まだ二人とも生まれたての赤ん坊だった。
◆◇◆◇
帰路の道の途中、野営をした川原で目が覚めたクゥロが目にしたのは、膝から地面に掛けて散らばっている大量の卵の殻。そして赤い鱗、青い鱗、それぞれの鱗を身に纏ったトカゲが二匹、クゥロのお腹に抱き付いている光景だった。
思わず、身体が跳ねる。その振動に気づいた赤いトカゲがぱちりと目を開ける。その無垢な瞳に見つめられて、つい見返してしまう。
くぁー。
まだ何らかの液体で体表はべとついていたが、口を開けて鳴いたのだ。
それにつられて、振動でも起きなかった青いトカゲも眠たげに目を開く。此方はのんびりと首をもたげ、やはりクゥロを見上げた。
ここで孵化の瞬間に立ち会ったのも何かの縁だ。村に帰っても、どうせ一人なのだ。このトカゲ達と共に、村でのんびり暮らすのも悪くない。
そう考えたクゥロは、トカゲ達を落とさないように優しく抱きかかえ、川辺に近付く。荷物の中から綺麗な布を一枚取り出して濡らし、トカゲ達の鱗を綺麗に拭いてやる。
赤いトカゲは嬉しそうに目を細めてなすがままにされている。青いトカゲは相変わらず眠そうだが、嫌がる気配は無い。
ーー賑やかになるな、それも悪くないか。
水筒に水を入れ直し、保存食の干し肉をほぐして与えながら、クゥロはこれから帰る久方振りの村での生活に想いを馳せたのだった。
◆◇◆◇
あれから十五年も経つのか。それは大きくなるものだ。
生まれた時はただのトカゲだと思っていたが、少しずつ大きくなるに連れて、実は爬虫人類だという事に気付いた。村で過ごす間に、二本足で歩き、言葉を覚え、身振りを知り、そして今のような姿になった。
旅の商人に頼んで手に入れて貰った爬虫人類の生態を書き込んだ書物には『爬虫人類はその育成環境により、生態を変化させる』とあった。
しかしそれでもメアとリリーのように顔立ちは人間そのものだが、四肢には鱗が生え、その他の作りが爬虫人類という姿は稀らしい。
『生態変化』。クゥロと生活する中で、メアとリリーが到達した姿なのだという事をクゥロは知らない。
彼女達は、クゥロと共に生きる為に今の姿になったのだ。
「「「ご馳走様でした」」」
三人は手を合わせて、今日も恵みを頂いた事を感謝した。結局、赤茄子はクゥロがリリーに食べさせる事で解決した。
「父さんが食べさせてくれるなら」と渋い顔ではあったが咀嚼するリリーと対照的に「それなら私も」とおねだりして食べさせて貰ってご満悦なメアであった。
「とーやは今日も見回り?」
「ああ、また森を歩いてくるよ」
「私が畑を見ておくわ!」
「有難う、リリーは」
「マルクおじさん達と一緒に、木を切ってくる……」
「そうか、怪我はしないようにな」
「うん、平気……」
食事が終われば、仕事が待っている。
メアは手先が器用で、細かい仕事もテキパキと行える。最近は村のおば様方に裁縫も習っているらしい。
一方、リリーはそういう仕事には向かないが、大の男よりも大柄で力がある為、木こりの人達には非常に頼りにされている。
そんな訳で、メアとリリーは爬虫人類という特殊な種族ながらもすっかりとこの村に馴染んでいるのであった。
「今晩はシチューにしようか」
「本当!? とーやのシチュー久し振り!やった! 」
「リズから牛乳を貰ったからね」
「ううー、今からシチューが楽しみになってきたわ!」
「俄然やる気が出てきた……」
ぐるぐるとクゥロの周りで飛び跳ねるメアと、静かにガッツポーズするリリー。それを見て、まだまだ子供だな、と微笑ましく思うクゥロであった。