002.『幼馴染と朝』
「卵があったからオムレツか目玉焼きか」
「まだ燻製肉あったよね? 薄切りにして一緒に焼こうよ」
「朝から豪華……」
「そうだな、そうしようか」
「じゃ、メアはサラダ作るね」
「リリーはテーブル拭いて、お皿並べる……」
三人で朝食の献立を考えながら台所までの廊下を歩く。男と爬虫人類の娘達が住まうこの家は、普通の規格よりも大きく作られている。
男の身長は百八十センチ程度だが、リリーは体格こそ男よりも細身ではあるものの身長は二メートル近くある。しかしメアは百五十センチ程しかない。その事をメア本人も大分気にしているが、代わりに尻尾が長く美しい。
台所の作業スペースも、娘達に合わせてかなり広く取っている。気を付けてはいるが、狭過ぎると尻尾が当たって大変な事になったりする。娘達がまだ小さい時は彼方此方にぶつけて、お皿を割ったり物を落としたりと賑やかだった。
朝食の支度をしようとすると、台所の裏口から控えめにノックの音がした。
「おはよう、クゥロ」
「ああ、おはよう、リズ」
男ーークゥロがドアを開けると幼馴染、リズが立っていた。まるで子供のような背丈で、落ち着いた茶髪と焦げ茶の瞳。よく見ると耳が少し尖っているのは、小妖精族の血が混ざっているからである。
優しげな笑みを浮かべて、手に持っていた牛乳が入った鉄の容器と可愛らしいチェックの布が被さったバスケットを渡す。バスケットの中身を確認すると、小振りの丸いチーズが三つ綺麗に並んでいた。
「朝取れた牛乳と去年のチーズ。去年手伝ってくれたんだよね、お父さんが持ってけって」
「おお、これは有難い、おじさんにも宜しく伝えておくれ」
リズは今年で三十歳になる筈だが、まるで童女のように若々しい。純血程ではないが、小妖精族の血を引くものは人間に比べると長寿だ。ある程度の外見まで行くと後はもう成長がゆっくりになるらしい。リズの家族も二人共小妖精族と人間の混血で、この村を飛び出した時から全く変わりが無いように見えた。そんなリズ含めた隣の家族は、クゥロが小さい時からお世話になっていて、未だにこうしてクゥロの事を気にかけてくれている。
久し振りに帰ってきた生まれ故郷で、受け入れてくれたリズとその家族の優しさにどれだけ救われたか。クゥロは忘れる事が出来ない
「今から朝ご飯?」
「ああ、リズはもう食べたのか?」
「うん、もーお腹一杯。食休みでお散歩しようかな、って思ってた所だったから丁度良かったの」
「そうか、また野菜とか取れたら持っていくさ」
「ふふ、楽しみにしてるよ。今日は森?」
「そうだな、見回りは日課みたいなもんだから。メアは畑で、リリーは木こりの手伝いかな」
「そっかぁ、二人も大きくなったもんね。……あんまり無理しないでね?」
「分かってる、じゃ、またな」
「またね。あ、たまには遊びに来いってさ」
「その時はメアもリリーも連れていく」
何気ない会話だが、クゥロもリズも互いに気を許しているのが分かる。何処と無く、入り込めないような空気でもある。
リズはクゥロが十歳の時に生まれた子で、一緒にこの村で暮らしていたのはほんの数年の間だ。しかしその頃にはもう両親を亡くしていたクゥロの面倒を見ていたリズの家族は、まるで自分の息子のようにクゥロを扱っていた。リズも本当の兄のようにクゥロを慕い、クゥロもリズの面倒をよく見たものだった。
久し振りに故郷に戻ってきた時、オムツを替えてあげたあのリズがこんなに大きくなったのか、というとあまりの恥ずかしさに、リズは暫く口を聞いてくれなかったが。
ばたん、と、扉が閉まり、さて貰ったばかりの牛乳を冷やそうかと後ろを振り向くと、
「ん、なんだ、二人とも」
メアもリリーも微動だにせず、クゥロの方を見ていた。メアは腕を組みながら不機嫌そうに、リリーは無言でじっと湿り気のある瞳で見下ろしてくる。
「別にー? とーやが誰と話そうが気にしないもん」
「父さん、早くご飯作ろ……寂しい」
「あ、ああ、分かった」
寝起きの娘達は甘えん坊で、構わないでいるとすぐ拗ねてしまう時がある。今回もそれだろうか、とクゥロは考え、とりあえず貰った牛乳やチーズを、溜め込んだ魔力で冷気を出す箱にしまう。
「……とーやは、渡さないんだから」
「父さんは、あげない……」
そのせいで、閉まった裏口を見ながら、メアとリリーがぼそりと呟いた言葉は届かなかった。