023.『冬の過ごし方』
冬の村は凍えるような寒さだ。窓から見える景色は白一色に染まり、強く雪が降る日は外に出る事も難しい。こうなると外での作業も満足に出来ず、冬の時期は基本的に家に引き篭もっている事になる。
どの家も備え付けの暖炉がある為、日中は薪を焼べて暖まる事が出来るが、寝る時はそうも行かない。薪を足して、空気の供給量を抑えてとろとろと燃えるように調整をして眠りにつく。あまり多く薪を足してしまうと色々と危険だ。
なので途中で燃え尽きてしまう事が多く、布団の上で迎える朝方が一番冷え込むのだ。
「んー……ふふ……」
そんな冷え込む冬の朝、メアは心も体もぽかぽかと暖かい、幸せの真っ只中にいた。
一人で寝るには大き過ぎるベッドの上で、メアは今、クゥロに包まれている。クゥロの後ろにはまだ眠りから覚めていないリリーもいるが、それはいつもの事なので気にしない。
寒い冬はクゥロのベッドで、互いに暖を取りながら眠るのがお決まり事であった。春だろうと夏だろうと一緒にくっ付いて寝ている事は多いのだが、特に夏の暑い日は朝起きる頃には三人とも汗でべっとりとしてしまう。
そうやってべっとりとしながらくっついているのも悪くないけれど、とメアは個人的に思っている。
「暖かいわ……」
長く続く冬でも、この温もりに包まれて過ごせるのならば何一つ不満は無かった。寧ろ寒さが厳しいからこそ、この温もりの有難みが、掛け替えの無さがよく分かる。
クゥロと向き合う体勢で、メアはクゥロの胸から響く鼓動をゆっくりと聞く。
とくん、とくんと規則正しくなる心音は穏やかで、幼い頃から変わらずにすぐ近くにあって、メアはずっと聞いていたくなる。
「とーやぁ」
寝起きの声でクゥロを呼ぶ。まるで煮詰めたジャムのように甘く、蜂蜜のようにとろとろとした響き。子猫が母猫を呼ぶような、愛しい者に甘えるような。
メアはクゥロの厚い胸板に顔を押し付ける。
自分も使っている石鹸の匂いなのに、自分の匂いとは違う。何がどう違うのか分からないけれど、その匂いを嗅ぐと心が落ち着いて、それなのに凄くドキドキもする。メアには不思議だっだが、それもクゥロだからなのかも、と思った。
「好き」
メアは身動ぎ、右手を前に持ってくる。赤い鱗に覆われた薬指には竜宝玉が埋め込まれた白い指輪があった。クゥロにプレゼントされてからずっと肌身離さず付けている。
その濃淡が美しい赤の竜宝玉と、雪のように白い竜骨の指輪は眺めているだけで幸せな気分になる。何せ、クゥロから貰った始めての装飾品なのだ。
寝る前に、朝起きて、暇な時に。気付くとその薬指にはめた輝きに見惚れてしまう。室内の灯に透かしてみたりすると龍宝玉は輝きを増し、吸い込まれてしまいそうな程に美しい。
「幸せだわ」
クゥロの腕は壊れ物を扱うかのような優しさで、でも決して離さない逞しさを持ってメアを抱き締める。まるでクゥロの一部になってしまったように感じられて、メアは頬が緩むのを止められなかった。
クゥロに触れているだけで幸せな気持ちになるのはいつからかしら、とメアはふと考えて、それを考える事自体が幸せなのかな、と思う。
恋する乙女は何を考えたって幸せなのだ。
「好き、好き、好きなの、とーやぁ」
顔を近付け、クゥロの耳朶に染み込ませるように囁く。クゥロが起きる前に、毎朝繰り返す儀式のようなものだ。好き、と呟くだけでメアの心の中に火が灯ったように、体が火照ってくる。
想いを一杯吹き込むと、満足したように顔をクゥロの胸に埋める。こうして微睡の中、クゥロが目覚めるのをゆっくりと待つのだ。
音がしない雪の降る朝、布団の外は身を切るような寒さ。それなのに体に触れる温もりと心に灯る暖かさ。
メアはそれ以外、何も要らない位に満たされていた。
「……ん、朝か……?」
半刻程過ぎて、ゆっくりとクゥロが目を覚ます。先程までメアが一杯甘えた事などクゥロは知らない。僅かに身動ぎ、メアの頭にぽんと手を添えたのが目を瞑っていても分かる。寝る前は解いているメアの赤い髪が優しく撫でられる。
メアはされるがままに、クゥロの大きな手、優しい手付きを堪能する。
そうして、まるで今起きました、という体を装ってメアはゆっくりと目を開く。目の前一杯にクゥロの顔が広がる。起きたばかりの、柔らかい笑顔。まだぼんやりと寝惚けた眼が、メアに焦点を合わせる。
一番好きな人が、一番最初に見るのが自分である、という事実が嬉しい。メアは満面の笑みを浮かべる。
「おはよう、とーや!」
「おはよう、メア」
どうかこれからも、私を見ていて。
◇◆◇◆
「ん……?」
二階のクゥロの書斎のソファーの上で、リリーはふと隣に目をやる。気付くとクゥロは読み掛けの本をテーブルに置いて、此方を見ていた。
その奥を覗き込むとクゥロの右隣に座っていたメアは料理本を開いたまま眠りに落ちていた。
「……寝ちゃった……?」
「みたいだ、少し寝かしてあげよう」
クゥロは自分の膝に掛けてあった毛布を、メアの肩に掛ける。夢の中で美味しい料理でも食べているのか、メアの口元は緩んでいた。
「父さん……寒くない……?」
「お父さんは大丈夫だよ、この村の寒さには慣れてるから」
微笑むクゥロの言葉を聞いて、リリーはぱたんと読み掛けの本を閉じる。一度絵本を低いテーブルの上に置くと、自分の膝に掛けていた毛布を伸ばして、クゥロの膝まで掛けてあげた。
「これで……大丈夫」
「有難う、リリー」
二人で使うには毛布は少し短い為、必然的にクゥロとリリーは肩を寄せ合うような格好になる。暖かいなぁ、とリリーは思った。寒さが苦手なリリーにとってその温もりは離れがたいものだった。
「どうだい、その本は」
リリーが読み掛けの本に手を伸ばす。その本は行商隊の露店でクゥロにプレゼントされた一冊だ。
「色んな話があって……挿し絵も可愛い……」
昔からある童話を纏めた物で、文字を追わなくても楽しめられるように、と各所にイラストが散りばめられている。今まではクゥロの書斎に在った本を読んでいたリリーだったが、初めて自分の本を手に入れてからという嬉しさもあってか肌身離さずに持ち歩いている。
「そうか」
そこまで喜んでくれているのならば贈った甲斐があるというものだ。クゥロはリリーの長く美しい黒髪を指で優しく梳く。
「何か、気に入った話はあったかい?」
「どれも素敵なお話だけど……お姫様と騎士のお話が好き……」
嬉しそうに目を細めながら、リリーは本を開く。一国の王女と、その王女と小さい頃から幼馴染みの騎士が身分の垣根を越えて結ばれる小さな恋物語は、数多の少女達に悩ましい溜息を吐かせてきたものだった。
幼い頃から募ってきた想い、でも身分の違いから互いに片思い止まりの恋。
ある日、王女の縁談の話が上がる。それでも想いを捨てられなかった騎士が王女に想いを伝えると、王女も同じ気持ちだったと分かり、初めて両思いだと知る。
王女は駆け落ちすら厭わないが、騎士は国王に育てられた恩を裏切れない、と罰されるのも恐れずに国王に打ち明けに行く。
「……でも王様はお姫様と騎士の想いを知っていて、二人の結婚を認めるの……」
そんな話だったな、とクゥロは大昔に読んだ記憶を朧げに思い出す。
「皆、優しくて、幸せになるのがいいなぁ、って……」
「リリーらしいな」
リリーは物語の最後のページを開く。最後は、王女と騎士の結婚式で締めくくられていた。王女と騎士が指輪を嵌め合うシーン。
「『こうしてお姫様と騎士は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし』……」
ほぅ、と夢見るような表情で溜息を吐くリリー。
「このめでたしめでたし、って言葉……好き……」
「そうだな、物語はやっぱりハッピーエンドが良い」
「私もそう思う……ねぇ、父さん」
リリーは自分の髪に触れているクゥロの左手に、自分の右手を重ねる。メアと同じように、青い鱗に覆われた薬指には龍宝玉の指輪がはめられていた。リリーは自分の薬指を、クゥロの薬指に重ねる。
「父さんも……いつまでも一緒にいてくれる?」
「勿論だ、ずっと一緒にいるよ」
「へへ……なら、めでたしめでたし、だね……」
嬉しそうに、あどけなくリリーは微笑む。
リリーが望むのはクゥロの側にずっといる事、ただそれだけだった。




