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017.『娘達は言いつけを守り』

 粉雪の舞う冬空で今、彼は絶対的な支配者だった。遠い眼下には長閑な村が見えている。竜種の視力を持ってすれば、その村の中が火を付けたように慌ただしくなっているのが分かり、彼は腹を抱えて笑いたくなる気持ちを抑え切れず、その顔を歪ませた。


 前に、翼竜(ワイバーン)の群れを追い出された怒りに任せて襲った村は呆気無かった。彼が一声吼えると人間は皆、恐怖に身体が動かなくなり、撫でるように爪を振るうだけで命を刈り取れた。尻尾で薙げば何の抵抗も無く潰れ、火を吐けば爆ぜるように燃えた。その歯応えの無さに怒りに満ちていた彼が思わず笑ってしまった程に人間は弱かった。


 無力な蟻を潰すような圧倒的な暴力は、多勢に無勢で追い出された彼にとって、とてつもなく気持ちが良かった。


 しかし、今回の遊びは違う。


 彼の咆哮の持つ恐怖の力は、山に住む獣達を従える事など容易かった。怯えた瞳で彼を見上げるその様は、彼の自尊心を満足させるには十分だった。


 その獣達を従えて、村を襲わせた。自分の命令一つで人や村がめちゃくちゃに壊されていく様を見るのは、自分の手で壊すのとは違う愉悦があるだろう、と彼は思ったからだ。まるで自分が多くの軍勢を引き連れた王様のような気持ちでいた。


 しかし、混乱の坩堝であった村の住人達の動きは彼の思う通りには行かなかった。気付けば一塊になり、村の外れにある柵の付いた牧場へと逃げ込んでいくのが見えた。


 不満げに鼻を鳴らす。自分の見たかった光景が見れなかった事にほんの少しだけ苛立つが、大きく息を吸い、一声吼える事で獣達をその牧場へと集結させる。

 逃げ込んだ村人達にはもう逃げ場が無い。逆に一つの場所に固まってくれたお陰で、ばらばらと逃げられる事も無くなった。獣達が柵や門を破るのも時間の問題だ。


 自分達から追い詰められにいくとは、なんと愚かなのだろう、と彼は嘲笑う。空から降り立ったら、その必死の足掻きも全てを無意味になるというのに。


 彼はその大きな両翼を広げた。焦る事も、恐る必要も無い。鼠を痛め付ける子猫のように、ゆっくりと村へと近付く。


 翼竜の母親から受け継いだ翼は、本来さしたる飛行能力を持たない火龍(ファイアドレイク)に文字通り翼を授けた。そして逆に、爪と牙しか持たない小型の翼竜に大きな体躯と火を吐く能力を授けたのは火龍の父親だ。


 自分は選ばれたのだ、という傲慢な万能感が彼を包み込んでいた。


 ふと、村から飛び出す人影が見えた。逃げるのかと思ったが、その人間は真っ直ぐに彼の方へと向かっていた。


 自分に挑もうというのか、と彼はその蛮勇を鼻で笑う。矮小な人間の一匹で何が出来ると言うのか。


 人間は村の北側、神々に住まう山へと続く道の途中で歩みを止めた。何も隠れる所も無い開けた場所だ。丁度彼と牧場までの中間に位置している。


 無視して牧場へと向かう事も出来た、だがこれも良い余興になるだろう、と彼は思った。その人間の死体を牧場へと放り込んだらさぞや慌てふためくだろう。


 恐怖に陥った後の人間の肉は実に味わい深い。その味を思い出しながら、彼は舌舐めずりをした。


 災厄が降り注ぐ、一人の人間に向かって。



 ◆◇◆◇



「リリー、こっちこっち!」

「メア待って……早い……」


 クゥロと別れたメアとリリーは、道中の家に声を掛けて周りながら、丘の上の牧場を目指していた。

 大体の家はもぬけの空で、先に移動したプレボスさん達や広場にいた人達の誘導がしっかり効果を成していた。


「ごめんね、リリーちゃん、あたし重いでしょう?」

「全然平気……態勢、辛くない?」

「大丈夫よ、有難うね」

「レニーさん、もう少しだから頑張るのよ!」

「ああ、僕は大丈夫だよ。アンナを運んで貰ってるからね」

「気にしなくていいわ! 急ぎましょ!」


 そんな二人と一緒にいるのは、メアが親しくしているアンナとその旦那、レニーだ。


 自宅で過ごしていたアンナとレニーだったが、竜咆哮(ドラゴンハウリング)の影響をアンナがまともに受けてしまい、腰が抜けて動けなくなってしまっていた。

 アンナは身重であった為、レニー一人では安全に運ぶ事が出来ずにいた。しかし愛する妻を置いて避難する事も出来ない。そんな時にメアとリリーが駆け付けたのだった。


「メアちゃんとリリーちゃんが来てくれなかったら、危なかったわ」

「獣達も襲ってきているだなんて……命の恩人だよ」


 道中で事情を聞かされた夫妻は自分達が危険な状況に陥ってた事を知って、二人に深く感謝をした。メアが呼び掛けながら村を周り、リリーが軽々とアンナを片手で抱き抱えて運ばなければ夫妻はどうなっていたか分からない。


「お礼は無事に避難出来てからでいいわ!」

「それに……お父さんのお陰だから……」


 振り向く事無く、辺りを注意深く探りながら先頭を走るメア。あくまで自分達の取った行動はクゥロの指示によるものだと謙遜するリリー。


「ふふふ、頼もしいわね、二人とも」

「ああ、子供が産まれたら二人のような良い子に育つといいな」

「あら大丈夫よ、レニーが居れば真っ直ぐに育つわ」

「僕も、可愛らしく育つと思うな、アンナみたいに」

「二人とも、呑気……」


 どうしても新婚夫婦の間に挟まれた形となったリリーは、この緊急事態に関わらずイチャつく二人のペースに呑まれそうになる。


「この坂を登れば、牧場だわ!」


 丘の上の牧場へと続く坂道を四人は駆ける。牧場への入り口が見えた、と思った瞬間、メアは腰に吊るした鞘から片手剣を引き抜いた。


 牧場の周りは既に大小様々な獣達で包囲されていた。外周はクゥロが指揮して作った二重の柵と堀があり、簡単には入れないようにはなっているが、気が触れたように暴れながら突っ込む獣達が後を立たない。外側の柵には生やされた茨が巻き付けてある為、傷つく事もあるのだがまるで痛みを感じでいないかのような様子だった。

 特に中に入る、堀に渡された橋の前には多く密集しており、門前では行商隊の傭兵と思われる若い男女が大勢の獣達を相手に奮闘していた。


 メアが見る限り、危なげなく対処していたが絶え間無く戦闘が続けばいつ決壊するか分からない。


「リリー、突っ込むわよ!」

「分かった、メア……」


 判断は早かった。威勢の良いメアの掛け声に、リリーも空いている手で斧を短めに持った。そのままメアを先頭に、レニー、アンナを抱えたリリーが一塊になって走り出す。


 獣達との距離が近付く程に、その異常な様子にメアとリリーは一瞬恐怖を覚えるが、すぐにそれ以上の勇気と覚悟で跳ね除け、速度を落とす事無く、獣達の壁へと突っ込んだ。


「アンナさん達には指一本触れさせないわ!」


 メアは円盾を前に構えて突撃すると、軽々と狼は甲高い声を上げて吹き飛ばされる。そのまま襲い掛かろうとしてきた狼をすれ違いざまに一閃、返す剣で違う獣をもう一閃。飛びかかってきた猿を自慢の細長い尻尾で薙ぎ払うと、尻尾を戻す反動を利用して力強く目の前の猪の額へと深く突き刺す。


 リリーと比べるとどうしても力では見劣りしてしまうが、その小柄な体躯とは裏腹にメアの一撃は重い。爬虫人類としての生まれ持った筋力は自然のままで既に剣士として十分な才を持っていた。


 その才能を、クゥロを師と仰ぎ、リリーと共に磨いてきたのだ。


「やぁ! てやぁ! せいっ!」


 体躯の小ささを補うように、メアは全身のバネを使う。クゥロに付いて歩き回った脚力を支えに、実に重く速い剣を振るう。そうして一撃、また一撃と獣達を切り捨てながら牧場への道を切り開いていく。


 時折横合いから獣達がレニーに飛び掛かってくるが、すぐさま首と胴体が二つに断たれる。


「おいたは、駄目……」


 リリーは、片手に持つには長すぎる程の斧の柄を短く持ち、近寄る獣を容易く屠った。


 本来、斧は柄を持ち、大きく振り被る事でその性能を発揮するものだ。だが大人の女性を軽々と片手で抱き抱えて微動だにしない、爬虫人類としての筋力と手首の捻りを加えると短い振りで十分に骨まで断つ。細かく振るその一振り一振りが必殺の一撃だ。


 リリーはその恵まれた体躯を、木々の伐採、運搬と言った木こりの仕事でひたすら愚直に鍛え上げてきた。メアのように細かく動く事は苦手だが、その分、一撃に込められた威力は凄まじい。


「そーれ……」


 器用に手を滑らせて、先程より持つ位置を長くすると無造作に振り回す。刃が立たずとも、振り回される鉄塊に当たるだけで骨は砕け、獣達は弾けたように飛ぶ。


「こっちだ、お前達! 早く入れ! 一度門を閉めるぞ!」


 漸く獣達の囲いを抜け、門の入り口まで来ると若い男女がメア達の援護をしてくれた。弓矢の射掛ける音と魔法の詠唱が聞こえる。


「助かるわ!」

「有難う……」


 後続の獣は任せ、アンナとレニーを連れたままメアとリリーは牧場へと入る。


「これで全員か!?」

「閉めろ閉めろ! 獣達がまた群がってくるぞ!」

「"風圧(エアプレッシャー)"!」


 メア達が牧場に入った直後、しんがりを務めていた若い男女達の一人が魔法で風を起こし、門の周りの獣を大きく吹き飛ばす。粉雪が風の動きに合わせて大きく舞った。若い男女が敷地内に入ったのを確認すると村の大人達が一斉に丸太で出来た門の扉を閉め、閂を掛けた。


 途端、どん、と門が揺れる。獣達が門に体当たりをしているのだ。衝撃で門が揺れるのには生きた心地がしないが、門が破られる気配は無い。暫く断続的に鈍い音が響くが、大丈夫そうだ。


 メアとリリーはふぅ、と息を吐く。


「ひとまず安心だわ、二人とも怪我は無い?」

「た、助かったわ、有難うメアちゃん、リリーちゃん」

「獣達の囲いを走り抜ける時は流石に怖かったね……今でも心臓がバクバクいってるよ」

「よく頑張った……」


 リリーは血の付いた斧を片手で振るって血を飛ばすと、ゆっくりとアンナを地上に降す。竜咆哮の影響を受けてから腰が抜けて立てなくなっていたが、さっと駆け寄っとたレニーの肩を借りて漸く立ち上がる。


「二人は少し、休むと良いわ。ここじゃ身体が冷えちゃう」

「後は私達に任せて……屋根ある所で休んで」

「無茶はしないでくれよ、二人とも」

「二人に何かあったら、クゥロさんが悲しむわ」

「大丈夫よ! なんたって私達は」

「お父さんに育てられたから……」


 あれだけの獣達の群れに突っ込む胆力、そしてそれを全て捌き切る実力を備えていた事に、アンナ夫婦は驚きを隠せなかった。


 メアとリリーは牧舎の屋根のあるところまで二人を案内すると、そのまま牧場を見渡す。


 広大な牧場の至る所に火を焚き、村人や行商隊の人が固まって暖を取る姿が見えた。放牧している牛達は牧舎に連れて行ったのだろう。


 遠くに、動き回っているリズが見えた。火を絶やさないように牧場の廃材を運んだり、子供達や老人を屋根のある所で休ませる為に、飼い葉を引いて簡易的な寝床のようなものを作っていた。


 そんなリズに、話しかける男女がいた。その顔は、リズにとてもよく似ていた。


「おじさんとおばさんだわ」

「私達も手伝う……?」


 見知った顔にふと気持ちが緩み、歩き出した、その瞬間。


 (ドラゴン)の咆哮が、辺りに大きく響いた。


「ひいぃい!?」

「わあぁああ!!!」


 暖を取っていた人達があまりの恐怖にひっくり返ってしまう程に、込められた竜恐慌(ドラゴンフィアー)の力は強かった。そして誰しもが、その咆哮が何の感情から出たものか理解した。


 それは純粋なる、怒り。


 思い通りにならない子供が喚き散らす癇癪にも似たその声は、聞いたものの心臓を締め付け、背筋を凍らせる。襲撃から無事に逃げ込めたと思った人々の心に再度、恐怖の芽を植え付けるには十分だった。


 更にその咆哮を受けて、外を囲んでいた獣達が唸り声を上げ出した。間も無く、固く閉ざされた門への攻撃が再開された。無秩序で、考え無しで、でも暴力的な突撃は先程よりも軋む音を立てて恐怖を煽る。


 更に四方の柵にも何かがぶつかるような、飛びかかるような音がして、まるで自分達が肉食獣の檻の中に閉じ込められたような気さえする。


 誰もが怯えていた、誰もが心が折れかけていた、そんな中でメアとリリーだけは気付いた。


 この竜の咆哮を、一人の人間が真っ向から受けている事を。

 その咆哮に込められた怒りは、その人間が起こしているだろうと言う事を。


「とーやが、頑張ってるんだ」

「お父さん……絶対、負けないで……」


 メアとリリーは、今まさに対峙しているであろうクゥロの事を想った。そしてクゥロの期待に応える為にどうすれば良いか、それを相談しにリズの元へと向かった。


 災厄の雄叫びは、まだ収まりそうに無かった。

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