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010.『過去と現在』

 人で溢れ返る冒険者ギルドの、とあるテーブルで、男女のパーティが騒いでいた。


「だからーー、聞いてる!? 前から言ってるでしょ、あんたは突っ込み過ぎなの! もう少し周りを見て貰わないと困るんだって」

「そういう君こそ、もう少し魔力操作上手くなってくれよ! 危うく当たる所だっただろう!」

「なによ、あたしが焼き尽くさなければもっと時間掛かってるわよ!」

「それが無ければ僕がもっと早くにぶった斬ってたって言ってるんだ!」

「まぁ、二人とも落ち着いて……」

「ーーも、文句ちゃんと言った方が良いわよ! 前衛の立ち位置次第で、後衛の危険度は変わるんだから!」

「前から言ってるけど、人手が足りないんだ! 前衛が僕一人だと手が回らないよ!」

「ーーちゃん、ーーさんの言う事も一理あると思うの。私も人は足りてないなぁって」

「あたしの魔法が有れば、人喰い鬼(オーガ)だって負けないわ!」

「だから、火力は足りてても人が足りてないんだって! 」


 集う面子の面構えを見るに、まだ幼さの方が際立つ。成り立ての冒険者パーティだろう。喧々と剣士の非を責め立てる少女の耳は尖っており、小妖精(エルフ)である事は分かる。


 くたびれた格好の三人を見るに、依頼(クエスト)帰りなのは分かる。なんとか依頼をこなしたものの、お互いの動きについて意見を、もとい文句を言い合うのはまだ出来立てのパーティでは珍しくも無い。


 剣士と魔法使いが言うだけ言って、それを司祭見習いの格好の少女が苦笑いしながら宥める。そんな三人を、周りの冒険者達は気にも止めていない。


 と、そこへ、一人の少年が意を決した面持ちで近寄る。


「あ、あのさ」

「ん?」

「なによ?」

「あ、煩かったですか、ごめんなさい」


 三様の視線が集まり、少年は少したじろぐが。引かずにそのまま口を開く。


「今、人手が足りないって言ってた、よな。もし良かったら、俺を仲間に入れてくれないかな」

「君を?」


 唐突に乱入してきた少年を、三人はまじまじと見る。自分達と同じくらいの年頃。装備はなめした革の鎧と、鉄製の小さな小型盾(バックラー)。腰に吊るされたのはまだ鞘も柄も真新しい短剣と、何か重い物が入れられた袋だ。手持ち投石器(スリング)用の紐がぶら下がっているのを見ると、恐らく中身は石だ。


 素人(ビギナー)では無い、駆け出し冒険者(ルーキー)だろうな、と当たりを付ける。頬杖を突きながら、魔法使いが気怠そうに答える。


「なんで」

「冒険者登録をしてからずっと一人でやってたんだけど、一人だと受けられない依頼もあって。何処か入れるパーティを探していたんだ」

「それで僕達に?」

「ああ、俺に出来る事は何でもするから、頼む!」


 頭を下げる少年。よく見ると、何処か見覚えがあった。駆け出し冒険者達が集まる、引退した冒険者が行う講習会や訓練を受けていた時に、同じように混ざっていたのを思い出した。


「ああ、いいよ。僕達もまだ駆け出しだし、仲間が必要なのは確かだからね」

「本当か!」


 ぱぁっと、少年の顔が明るくなる。駆け出し冒険者でも、何も学ぼうとせずに無茶な依頼を受ける奴もいる。また、少し経験を積んでいるのを良い事にパーティを我が物にしようとする奴も。


 それに比べたら、今目の前にいる少年はまだ好感が持てる。断る理由も今の所は無かった


「ただし、まずお互いに組んで依頼をこなしてから、だな。君達もそれでいいか?」

「なんか頼りないけど……あんたがリーダーなんだから、一応従っておくわ」

「私も異論はありません。これから宜しくお願いしますね!」

「皆、有難う。役に立つように頑張るよ」


 少年は安堵したように表情を和らげる。もしかしたら他にも色んなパーティに声を掛けていたのかもしれない。ただ、駆け出しだという事で断られたのだろう。


 魔法使いの少女はあまり興味を持っていなかったが、司祭見習いの少女は好意的だ。もしかしたら彼女も、講演会や訓練で少年の姿を見かけて、好感を持っているのかもしれない。


 座りなよ、と席を引いてやると少年は大人しく隣に座った。丁度四人掛けの席だったので、何だかこうやって机を囲むだけでパーティメンバーが揃った、という気がして剣士はうっすらと微笑んだ。と、同時に気付く。


「そういえば、君、名前は?」

「ああ、ごめん、まだだったね。俺の名前はーー」



 ◆◇◆◇



「……ん」


 クゥロは薄らと眼を開いた。膝の上には読みかけの料理本が広げられていた。どうやら書斎のソファーでくつろいでいる時にうたた寝をしてしまったらしい。


「あ、とーや、起きた」


 横には同じようにソファーに身体を沈めて、料理本を読んでいたメアと目が合った。

 いつもの散策と農作業を終えた昼下がり、メアと書斎で読書をしていたのだ、と朧げに思い出す。


「……寝ちゃってたか」

「最初はこっくりこっくりしてたけど、後はもうぐっすり」


 少し身体をクゥロの方に預けていたメアは、見上げるようにして此方の顔を覗き込む。起こさないように大人しくしていたのか、と優しく頭を撫でてやると目を細めて笑う。綺麗な赤い瞳が輝きを増した。


「とーや、なんか嬉しそう」


 読みかけの料理本を低いテーブルに置き、メア達には不評だった黒い液体を一口飲む。冷めて少し酸味が増したように感じられるが、目の奥が開くような気になった。


「そう見えるかい?」

「うん、なんか良い夢見たの?」


 クゥロを真似るように料理本を置き、蜂蜜と牛乳で黒い液体を割った物を啜るメアは何処か楽しげだ。ぽすんと隣に座って、クゥロの言葉を待つ。


「……昔の夢を見たよ。お父さんがまだメアぐらいの頃のかな」

「わぁ、とーやの昔話聞きたい! 冒険者してた時の夢?」

「そうだよ。まだまだ駆け出しだった頃のね。思えば、色んな失敗をしたもんだよ」

「例えば、例えば?」

小鬼(ゴブリン)の巣穴を探索中に道を間違えて行き止まりで小鬼達に囲まれたり、歩いてる時に間違えて仲間のローブの裾を踏ん付けちゃったりね。ああそうだ、不良品の剣を掴まされて刺そうとしたら根本から折れたなんてのもあったな」

「ふふふ、意外だわ! とーやもそんなに失敗ばっかりの時があったのね 」

「自分で思い返すと笑ってしまうくらいにドジだった時があったんだよ、でもね」


 クゥロは言葉を切って、メアから視線を外す。


「とっても頼もしい仲間達に囲まれてたからね。だから失敗しても、上手く行かなくても、次は頑張ろう、次も頑張ろうって思えたんだ」


 言葉にしたら、クゥロは不意にあの頃の空気が漂ってきたような感覚に囚われた。そうだ、あの頃は失敗も多かったけれどその失敗を共に分かち合い、乗り越えてきた仲間がいた。だから高みへと登る事が出来た。


「本当、懐かしいな」


 あの頃の夢を見たからか、遠くなってしまった日々がやけに脳裏に、一抹の寂寥を持って蘇る。ここ数年、思い出す事は少なく、語る事はほぼ無かった事柄だ。それでも言われた言葉、交わした時間は鮮明に思い出せる。


 クゥロが少しばかり過去に想いを馳せていると、ぎゅっと片腕を掴まれる感触で現実に戻された。そこには、拗ねたような、寂しそうな顔で見上げてくるメアがいた。そのじとーっとした瞳を向けられて、クゥロは詫びるようにメアを撫でる。


「ごめんごめん」

「……いいよ、私が聞いたんだもん。とーやがちょっと、見たことない顔してたからなんか悔しかっただけだもん」

「そうだったかい?」

「うん、なんかね、とーやに言うのも変なんだけど……目をきらきらさせて、子供みたいだったわ」


 メアの言葉に、クゥロは吹き出しそうになる。実際に子供だった時の記憶、まだそれが生きているという事になるのだろうか、と心の中で思う。いや、何年と歳を重ねようと変わらないものがあるという事だろうか。


「とーやはその時に、戻りたい?」


 メアはそう言葉にしてから急に怖くなってしまった。昔の話を聞きたいと言ったのは自分なのに。昔の話をするクゥロの表情は微笑みを浮かべて、満ち足りているように見えた。それはメアもリリーも居ない、今手を伸ばしても届く事が出来ない領域だ。


 メアもリリーも、クゥロと共に生きている時間しか無いし、それが自分達にとって何一つ不満の無い最良の時間だと思っている。けれど、もしクゥロがそうで無かったら。


 そんな不安が過ったメアを、クゥロはわざと乱暴に撫でた。少し癖のある髪をくしゃくしゃにする。


「ははは、なんだ、寂しくなったのか?」

「も、もー!! 私は真剣に聞いてるのに!」

「戻りたい、とは思わないよ。悔いが無いとは言わないけど、未練は無い。仲間達にもう一度会えたらとは思うけれども、何処で何をしているのかも分からない。そんな資格も無いだろうけど、ね」


 クゥロの迷い無き瞳は真っ直ぐにメアを見つめていた。先程の手付きとは変わって、優しく諭すようにメアを撫でる。


「それに、こうやって心配してくれる可愛い娘達が居るからね。お父さんがまた冒険者になったら、二人とも大変だろう? お父さんはこの村で、メアとリリーと毎日過ごすのが楽しくて仕方ないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そっか」


 その偽りの無い言葉を聞いて、メアの顔に笑顔が戻る。つられてクゥロも微笑んだ。


「もしとーやが冒険者に戻りたいって言ったら、私もリリーもついていっちゃうんだから」

「はは、二人が居てくれたら怖い物なんて無いね」

「そうよ! 三人居れば無敵なの!」


 ふんす、と鼻息荒くしながら、メアはクゥロの腕を抱き締める。少し痛い位に力が込められていて、まるでしがみついているようだ。


 離れてしまった仲間達と会えない別れを察してくれたのだろうか、とクゥロは暖かい気持ちを感じながら、少しだけメアに体を預けた。その預けられた重みが、メアには少しだけクゥロに近付けたように感じられて嬉しくなる。


「……いつか、一緒にお父さんが過ごしたい街に行ってみようか」

「本当!? とーやが過ごした街、行ってみたい!」

「この村の外には、まだ行った事が無かったからね。きっと良い経験になると思うよ」

「その時はまた、とーやのお話聞かせてね?」


 互いに互いの身体に身を預けて暫くくっついていると、また睡魔がやってきたのをクゥロは感じた。メアもふぁ、と可愛らしく欠伸をし、顔を見合わせてくすりと笑う。


「まだリリーが帰ってくるまで時間がある、このまま少しお昼寝しようか」

「うん! とーや、おやすみ」


 お互いに目を閉じる。クゥロが眠りに落ちる間際、メアの呟きが聞こえて、そのまま意識を手放した。


「私もリリーもずっとずーっと、とーやと居るから」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「爬虫人類」という独自の設定にビックリしましたが、物語にすんなり溶け込んでいる感じが良いですね。 [一言]  メアちゃんもリリーちゃんも可愛い。クゥロも、渋い格好良さがあります。
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