水浴びの為に
「それじゃあ皆はさっき説明したとおり、街周辺の散策を頼みます!」
街から少しだけ離れた草原で、カリンさんは赤薔薇と呼ばれる者達を前に指示する。
そして赤薔薇の人達――俺の中ではあの店のウエイトレスさん達は、店での雰囲気とは全く違う、まじめな表情でカリンさんを見つめている。
これが赤薔薇。
別名、戦場を真っ赤な花に染める戦士――ガリル談。
現在は俺とミーニャとガリル、そしてカリンさんとニャロ含む赤薔薇の人達だ。
今から何をするのか、それはさきほどカリンさんが言った通り街周辺の散策だ。
昨日の魔物の侵入があり、それを受けて他にも街の周辺に魔物がいないか確認するようだ。
それにこの前俺たちが倒したあの魔物の集団の残党がいないとも限らない。
だからこそこうして赤薔薇の人達に声がかかった。
「それでは何か質問がある者は?」
そして一通り説明が終わり、何人かのグループに別れた後で、最後にカリンさんはついでという感じで訪ねる。
「はい」
するとそんな中、一人手を挙げる者が。
「何かしら?」
その場にいる全員の視線がその人へと集まる。
あっ、あの人確かお店の中で何回が見かけたことがある人だ……。
なんて思って見ていると、ふとその人と視線があった。
「――この作戦が終わったら何かご褒美とかもらえるんですか?」
「ご褒美か……」
――いや、子供じゃないんだから……。
なんて一瞬思ったけど、確かにこの人達は今から無報酬で危険かもしれない事をするのだ。
確かに報酬の一つや二つがあってもおかしくはないのか。
「う~ん……ご褒美……」
なんて口にしながらカリンさんは悩んでいた。
まぁ、突然そんな事を言われても悩むわな。
こういう時はご褒美を実際に提示してあげた方が楽なんだけど……。
「あっ!じゃあ一つ希望言っていいですか?」
おっ、出た。だけどその人はさっきの人と別の人だった。
「何ですか?」
「えっと……」
そういいながらその人は一瞬こちらをチラリと見る。
――ん?なんか嫌な予感がするんだけど……。
「今日の水浴びはまたマサト君と一緒に入る……ってのは駄目ですか?」
な、なんだと……!?
「あっ、それいいかも!」
「うんっ!昨日は結局来てくれなかったしね!」
「うん!それがいいよ!」
なんて突然ご褒美の内容で盛り上がってしまった。
ていうかそもそもご褒美に、一緒に参加する俺を使うってのはそもそもどうなんだ……?
「確かにそれはいいかもしれないですね」
「えっ!?」
ど、どうしてカリンさんまで!
というかなんかカリンさんも乗り気だぞ……。
「いいですよねマサト君?」
そう言ってカリンさんが尋ねてきた。
いや。いいですよねって……。そりゃないよ……。そんな言い方されたら断りずらいったらありゃしない……。
と、とりあえずここは味方を作らないと……!
「…………」
そう思いを周囲を見渡し、ミーニャ、それにニャロを見るが、二人とも俺から視線をずらした。
ど、どうして……。
最後の頼みとして、ガリルの方を見る。
「まぁ、別にいいじゃねえかマサト」
はぁ……ガリルまで……。
「――いいですよ」
もうここまで来たらこう言うしかなかった。
「やったーー!またマサト君と一緒に水浴びだー!」
「ふふっ、今度は突然倒れないようにしないとね」
「そうよね、この前は結局すぐに倒れてあまりお話できなかったもの」
と皆それぞれ口々に俺が倒れた事を言ってくる。
いや、でもあれは仕方がないって……。
まぁ、でも風呂に入るんじゃなくて、水浴びでのぼせるなんてのは確かにおかしいけど……。
「で、でも一つだけお願いがあります!」
俺は唯一の抵抗として、声を大きくして言う。
「何ですか?」
とカリンさんが聞き返し、その場がまた静かになる。
「え、えっと…………皆さんタオルを着用してもらえますか?それだったら目隠ししなくても済むので……」
突然注目を浴びてしまい、萎縮してしまったけど、とりあえず最低限の事は言った。
「――まぁ、それだったらいいでしょう。皆もいいですよね?」
「うん!勿論!」
「そんな事でマサト君と一緒に入れるんだから全然大丈夫だよ!」
ふぅ……、とりあえず皆俺の願いを受け入れてくれたみたいだ。
――とりあえずタオルで隠してくれれば俺も恥ずかしがることもないし……。
あっ。で、でもニャロはそれでも嫌って言ってくるんじゃ……。
なんて思いながらふとニャロの方を見てみる。
「――な、何よ」
するとどうした事か、ニャロの顔が少しだけ赤くなっており、いつもより弱い口調で睨んでくる。
だが、すぐさま視線をずらし、またそっぽを向いた。
あ、あれ?ニャロがなんか変だ……。
「――それじゃあ皆マサト君と一緒に水浴びするために今日は頑張ってね!」
なんてカリンさんが号令を掛ける。
「はいっ!」
すると先ほどまでの雰囲気はどこに行ったのか、皆姿勢を正して揃って返事をした。
――これが俺のご褒美の効果、と考えるのは少しだけ傲慢すぎるか、少しでも関わっていると思うとなんだかなぁ、と思ってしまう。
「――それじゃあ私たちも準備をしましょうか」
そう行ってミーニャは荷物の確認を始める。
「そ、そうね」
それに合わせてニャロも自分の武器を手入れし始める。
「はっはっはっ、坊主はモテモテだな!」
そんな中一人、ガリルは大口を開けて笑っていた。
「いや、モテモテっていうかからかわれてるだけな気もするけど……」
なんてガリルの言葉に返すと、背後からこちらへ向かってくる足音が聞こえる。
「さて、私達も行こうか」
そういいながらカリンさんが近づいてきた。
ちなみに俺たちグループは、俺、ガリル、ミーニャ、カリンさん、そしてニャロの五人だ。
――俺とよく関わっている人達が集まっているのは、俺に気をつかってなのかは分からない。
そしてどうしてガリルがいるかというと、単純に暇だから付き合うそうだ。
――やっぱり冒険者って基本的にニートなのかな。なんて思ってしまう。
そうこうしている間にミーニャ達の準備が終わったようで、俺たちのグループも出発することになった。
「――さっきは悪かったわねマサト君」
現在、俺たちは街から少し離れたところまで来ていた。
場所でいうと、俺がガリル達と野宿した森のすぐ近くだ。
そしてそんな時、ふとカリンさんに謝れたのだ。
「い、いえ別に深く気にしてはいませんよ」
さっき、という事はつまりはご褒美の事だろう。
きっとカリンさんはその場では了承してくれたが、後々考えて俺に強制したように感じてこうして誤りにきたのだろう。
「ほんとに?嫌だったらすぐに言ってくれてもいいんですよ?」
「い、いえ本当に大丈夫ですから」
そう言っても何度も謝ろうとしてくるカリンさんを見ていると、なんだか無償に可愛く思えてしまう。
なんていうか、普段堅いイメージがあるからこういった弱々しい一面が見えるとギャップで可愛いというか……。
って、俺は何考えてるんだ……!
「お~い、カリン!」
なんてしていると先頭を歩いていたガリルが立ち止まってこちらを見ていたい。
「なんですか?」
ガリルに呼ばれるとすぐに先頭の方へと歩いていった。
「いや別に大したことじゃねえが、そこにちょうど広いスペースがあるからそろそろ飯なんかどうかなって思ってよ」
「そういう事ですか」
なるほど、飯か。
確かに朝少し食べてからずっと歩きっぱなしだから腹はペコペコである。
「いいんじゃない?私もちょうどそろそろお昼にしたいなって思ってた頃だし」
とミーニャはすでに休む気まんまんの用だった。
「それじゃあ、ここで少し休憩を挟みましょうか」
「じゃあすぐに準備するわ」
カリンさんがそう言うとニャロはすぐさま背中に背負っていた、シートをその場に広げる。
「あっ、俺も手伝うよ」
「うん、お願い」
そう言ってニャロは俺にシートの端を手渡してくる。
「あ、ありがと」
そう、返事をしながらシートを広げる。
――う~ん、なんかさっきからずっと気になっていたけど、ニャロの態度がいつもと違う気がするんだよな……。
昨日の夜までは全然普通だったのに……。一体どうしたんだろう……?
「よし!じゃあ飯にしようか!」
なんて悩んでいる事は当然知る事はなく、ガリルは腹をさすりながらすぐさま飯の用意を始めた。
「――よし、準備おっけー!」
シートを敷いた後、ミーニャの鞄に入っていた食べ物が次々と上に並べられて食事の準備が出来た。
並べられた食べ物は、ざっと見ると唐揚げやサラダなど、元の世界でよく食べていた物に見えるが、よくよく見ると俺の世界とは少しだけ違うように見える。
それでも味は不味くはないので、こちらの料理も安心して食べられるが。
「さて、じゃあいただきます!」
「いただきます!」
ミーニャの合掌に合わせて、皆それぞれ手を合わせる。
う~ん、やっぱりこの世界は食べる前に皆合掌をするんだな……。
俺は普段から全くしていなかったから、少しだけ戸惑ってしまう。
「う~ん!やっぱりこの料理おいしい!」
そういいながらミーニャはおいしそうに食べていく。
このままじゃ、全部ミーニャに食べられてしまうのではないのか……?なんて心配しながら俺も負けじと料理にはしを伸ばす。
「あっ、これおいしい」
「えっ」
近くにあった料理をとりあえず口に入れると、それが思ったよりおいしかったので俺もつい口を出していってしまった。
そしてどうしてかその瞬間、ニャロが少し驚いたようにこちらを向いた。
「あっ、それニャロが作ったものなのよ」
と横でカリンさんが解説を入れた。
そ、そうか。そういえばこの料理は皆、赤薔薇の人達が作ったものだから、ニャロも関わっているのか。
にしてもニャロが料理が出来たなんてなんか以外だな……。
「べ、別にお世辞を言わなくていいよ!」
とニャロは顔をうつむかせながら言ってくる。
「い、いや素直においしいよ」
本当においしいから謙遜しなくてもいいのに、と思いながらすぐさま感想を言う。
「それにしてもニャロが料理が出来るなんて、なんか意外だな」
なんて、素直に思った事とを口にする。
だがその瞬間、空気が凍り付いたように静かになる。
――え、え?皆一体どうしたの……。
そう言おうとした瞬間、ようやく俺は殺気に似たものを向けられていることに気が付いた。
こ、これは……もしかして……。
「――料理が出来て悪かったね!」
イテッ!
そう言うと同時にニャロは近くにあった石を投げてきた。
「これは一体……」
昼食を終え、しばらく歩いていると俺たちの目の前に洞窟らしきものが現れた。
「カリン、これはお前等が知っている物か?」
「い、いえ……。これは何も聞いてません。そもそも街の近くにこんな洞窟があるなんてすぐに報告されているはずなんですが……」
「ってことは、これは今まで見つからなかったか――それとも新しくし出来たか、って事だよね……」
そういいながら三人は洞窟の入り口あれこれ話し始める。
洞窟……。なんかもう嫌な予感しかしないんだけど……。
「何、マサト。もしかして怖がってるの」
なんて思っていると、横からニャロが現れた。
「い、いや別に怖がってないんだけど……」
「ほんとに~?なんか顔色悪いような気がするけど?」
うっ、中々痛いところをついてくる。
確かに、俺は昔から幽霊やおばけとか嫌いだったけど、今回はそういったたぐいよりも、魔物が出てこないかが怖い。
だって、暗闇の洞窟で突然魔物が出てきたら怖いに決まってるだろ。
――なんて事は当然ニャロには言えるはずもなく、とにかく誤魔化すしかなかった。
「そ、それよりニャロの方が怖がっているように見えるけどな~?」
「なっ!わ、私は全然怖くないわよこんなの!」
と声を荒らげて反論する。
よ、よし、なんとかこれで話題をずらせたかな。
「――二人共、早く行くよ~」
ビクッ。
突然話しかけられて思わず体がビクリとしてしまう。
――や、やばい。今から洞窟に入るという事で、とんでもなく緊張してしまっている。
な、なんとかニャロや、皆には悟られないようにしないと……。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「そ、そうだね」
そう言いながら俺とニャロは二人足幅そろえて洞窟へと向かった。
「ふふっ、本当に二人共仲良しね」
そんな俺たちを見てカリンさんは微笑む。
いつもだったら「全然!」だなんて反論するけど、今はそんな事をしている余裕はなかった。
――でも、ニャロもいつも反論していたのに、どうしてこの時だけ何も言わなかったのか。
なんて事は後になって思った事である。