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第4話 実践訓練開始

 目の前に出て来たのは1匹の大きな狼。けど牙がとても大きいし、動きもまるで重さを感じさせない程に俊敏だ。


「ウェアウルフです!!お下がりを――――」

「言うのが遅いよ」


 もう目の前に来て、ウェアウルフは大口空けて私の頭に齧り付こうとしていた。獰猛な眼だ、獲物に対して躊躇無く殺意を滲ませている良い眼だ。まだ大岩から駆け出そうとしているアンナでは間に合わず。


 故に、私は既に自分のスキルを発動させた。


「ほっと」

「グルァ―――ッ!?」


 頭が噛み砕かれる瞬間『体捌き』で躱し、『サイレント・キリング』で音無くウェアウルフの首に飛び乗り、ナイフで正確に生物が一撃で死ぬ脳の箇所へ『急所突き』で、


「ふっ―――――――」


 刺し込む。


「えっ……?」


 ズザザっとウェアウルフは力無く倒れ、その勢いのままアンナの足元まで滑って来た。私は血の一滴も流させる事無く短剣を引き抜き、頭の中でレベルが上がった音を確認する。なるほど、こういう所はディアナが言った通り確かにゲームっぽい。


『何かワクワクしません?』

(なんだかんだ楽しんでるね……)


 っと、アンナが目を点にしていつので、とりあえず頬をぺちぺちしておく。


「アンナ、アンナ。呆けてないで血抜きしよう」

「え、あ、はい!!」

 

 大体20キロぐらいのウェアウルフをそこら辺の木に吊るして貰い、後はさっさと首の頸動脈を切って放血。アンナに身体を抱えて貰いながら短剣で捌いた。


「アンナ、水魔法使える?」

「水玉出すぐらいなら何とか……」

「それで良いよ。そこに掛け……どうしたの?」

「……うぷっ」

「ああ、ごめん。初めてたっだんたね。いいよ、行って」

「ずいまぜん……」


 私を置いて草むらでゲロった後、涙目で謝って来る彼女に私はハンカチを渡して口を拭わせ、改めて水を魔法で出して貰った。と言っても、本当に出して貰うだけだけどね。その水を無駄にしない様に『領域変化』を使って『流動』させて効率よく洗っていった。水は私の周りを流れながら獲物の血を巻き取っていき、捌いた肉も毛皮も綺麗に洗われる。


 それを見ていたアンナの呆けた声が耳元を擽るけれど、もう間もなく作業は全て終了した。昔を思い出しながらの一連の行動だったけれど、まぁまぁ上手く出来たかな。時間にして10分少々だし。


『アンナさんが先程から呆けていますよ?若干3歳さん』

(疑問符が私の眼にも見える様だよ)

「アンナ、質問は?」

「み、見事としか言い様が……今のスキルは一体?どうやって……魔法でもありませんし……」

「今のは私のスキルによって出来る事だよ。特殊なの」

「は、はぁ」

「気持ちは分かるけど、この調子でどんどん狩っていくから。とりあえずお昼になったら教えてね」


 アンナの返事を聞くまでもなく、私は1人森の前に居座る。血の臭いで他の魔物を釣られるだろうから、こっからは暫く解体無しで狩りの時間だ。







 私は自らの眼を疑っていた。おそらく私よりもステータスが低く、私よりもレベルの低い筈のたった3歳の少女が、私の足元ぐらいの身長しか無い筈の少女が、私よりも俊敏に動き、少しの狂いも無く目の前まで迫っていたウェアウルフの脳天を短剣で貫いたのだ。その動きはほとんど一瞬だったけれど、辛うじて見えた私の眼には、サナリア様の身体がまるで、そう動くのが当然という程洗練されている様に見えた。


 どんな鍛錬をすれば、短剣で血の一滴も流さずに魔物を殺せると言うのか。私はてっきり、私がある程度弱らせてから、サナリア様がトドメを刺すものだと思い込んでいた。だって、私にとってもこれは初実戦だし、防具も頑強なのだから。なのに、彼女は自らの持つ謎のスキルを遺憾なく発揮して、一瞬で音無くウェアウルフを殺してみせた。


 確かにウェアウルフはこの地域では一番弱い。ゴブリンよりは強いが、ゴブリン複数ほどではない。鉄剣でも容易に毛皮を貫けるし、ある程度綺麗に殺されている個体も見た事がある。けど、あんなに綺麗な、一切毛皮を無駄にしない殺し方など見た事が無い。


(特化しているってレベルじゃない……あんなの騎士団長でもきっと無理だ)


 スキルを極めていれば出来るのだろう。それならある程度のステータス差や体格差を超えて倒せるだろう。けど3歳だ。3歳なのだ。



 今もサナリア様は、森から出て来る様々な魔物を全て、一撃必殺で仕留めている。


「ほら、そんな羽ばたき方じゃ当たらないよ!!」

「ゲピィッ!?」


 今もホワイトイーグル相手にスピードで負けている筈なのに、身体の最低限の動きだけで鋭い羽を全て躱しながら羽の筋肉の筋だけを切り取った後、これもまた首の柔い部分から適切な角度で短剣を刺し入れていた。


 直ぐに動かなくなったホワイトイーグルをまた何かのスキルで浮かし、それを私の所まで持って来た。もう流石に、私も慣れてしまっている。


「アンナ、そろそろお昼?」

「え?……あ、ああ、はい。もう太陽も真上なので、お昼ですね」

「じゃあ御飯にしましょう。狩った獲物から少し離れて……よし、これで良いね」

「……もっと離れなくて良いのですか?」


 水で洗い流しているとはいえ、血の臭いがかなり充満している。数時間経ったが既に20体以上の様々な魔物が居るのだ。少し離れた程度じゃ直ぐに襲われてしまうと思うのだが……大丈夫なんだろうなぁ。



 その後やっぱりというか、だよねっていうか、一切襲われる事無く御飯を食べた。その間サナリア様に根掘り葉掘り聞かれて困ったが、私の詰まらない話にも笑顔で聞いて下さいました。


 そして少しの休憩後、今度は私が戦う事になった……えっ?


「いや、あの、私は、その」

「どうしたの?あ、来たよ」

「えっ!?」


 サナリア様の一切言う通り、一体の小ぶりなスピアボアが鼻息荒くしながら現れた。サナリア様の倒した成体よりも二回りは小さいが、それでも独特な牙が槍の様に伸びており、私を串刺しにしようと猛烈なスピードで突進してきた。



 咄嗟に剣は構える事が出来た。けど、足が震えてそれどころじゃない。魔物の悍ましいまでに血走った目が、私を捉えて離さない。もう、頭、真っ白―――――――


 飛んで、牙、喉に――――――――


「そいやっ」

「ブギィッ!?…………」

「あっ」


 寸での所で、スピアボアの頭に飛んで来た短剣が刺さり、そのまま在り得ない衝撃で後ろに一回転して絶命した。私はへたり込んでしまって、膝が笑いだすのも忘れてサナリア様を見る。余りにも情けない姿で、聖騎士の風上にも置けない恥晒しな姿で、私は何を言えば良いのかも分からず、口をぱくぱくさせるだけ。


 けどサナリア様は、私の頭を撫でて、淡々と分かった事を言う。



「アンナ、最初は誰でもあんなものだよ。それより、怖くても、動けなくても、逃げ出さずに剣を構え続けたのは偉いよ。貴方は、立派な騎士になりたいんだね」

「――――ッ!!!」



 私の家は貧乏だ。世界が混沌に包まれる前からずっと。とある国で農作物を育てていたけど、不作が数年続き、土地が魔物の手によって痩せ細っているのに気付くのが遅れ、取り返しの付かなくなって、挙句に家を捨てる始末だった。けどレーベルラッドはそんな私達を優しく迎えてくれて、父や母に新しい仕事をくれた。


 だから私もそれに報いようと、この国で最も役に立てる仕事として、騎士を目指した。勿論平民が簡単になれるものじゃなくて、最初は門前払いだった。それでも剣の修行だけは独学で続け、こんな戦争に発展してからは、誰でも戦いの場に必要だという事で、おこぼれで私は騎士見習いにして貰えたのだ。けど一向に剣は上手くならず、強くなる兆しすら無かった。


 けど今回魔物を倒せれば、少しでもサナリア様のお役に立てれば、自信が付くと思っていたのに。私は生娘そのまんまで、鍛えた身体も、自己流の剣技も、何も生かせず助けられただけだった。


 それが悔しい。こんなの、居ても居なくても変わらない。むしろ、守られている分足手纏いじゃないか。


「って思ってる?」

「……筒抜けですか」

「まぁ、知ってしまった者からすると、何考えてるのかは大体分かるよ。3歳だけど」


 絶対中身3歳じゃないと私は軽く確信していた。そして同時に思った。明らかに赤裸々過ぎる。


「私ね、こんなんだから友達とか居なくて。秘密とか話せる相手が欲しかったのよ。勿論話せない事もあるけど、1人で全てをするのって大変だし。ある程度事情知っていて、一緒に動いてくれる人が欲しかったからさ」

「私に、駒になって欲しいと?」

「友達だって。2人で居る時は身分気にしないで欲しいんだ。こんな世の中だし、そんなの役に立たないでしょ?肩肘張って身分を大切にするのも良いけど、こうして気楽に接せられる相手って大事だと思わない?」


 そして、その勢いのままサナリア様は、私にご自分の身の上話をし始めてしまった。元々サナリア様は先代巫女様の予言によって生まれた子。この世界救済の救世主と聞いている。

万が一など合ってはならないというのに、私の様な者と2人で魔物狩りなどなんの冗談だと最初は思ったものだが、こういう訳があったのか……


 そして知ってしまう。余りにも理不尽に過ぎるサナリア様の人生を。


「無限に転生し記憶を継承し続ける……それは……」

「私は、その呪いを解く為に、今回もまた頑張ってるの。今回こそはいけそうだしね」

「……私には余りに壮大過ぎて、分かりません」

「それで良いよ。聞いてくれただけで嬉しい」


 つまり、この人は見た目3歳の、中身はこの世界でもトップクラスで生きている存在だという事になる。昔語られていたエルフなんか目ではないぐらいに。


 けど、やっぱり私には分からない。


「どうしてサナリア様は、それを私に?知っているのは教皇様や一部の方達だけですよね?」


 そう言うと、彼女はニカっと笑って、また私の膝の上に座った。何処までも子供っぽさを残したままの歪な少女。


「行ってしまえば、理由なんて無いよ。偶々見つけたのが貴方で、話しを聞いて、貴方の性格を知って、一途に頑張れる人なんだなぁって思ったから話しただけ。貴方は3歳の私に対して、真摯に自分の事を話してくれた。それが嬉しかったっていうのもあるわ」

「は、はぁ……」


 よく分からないが、とにかく気に入って貰ったのだと理解する。


「それよりアンナ、良ければお互い教え合いっこしない?」

「……教え、合い?」

「そう♪」







「来たかマリアニ。忙しいところすまないな」

「いえ教皇様。今日はダンジョンも大人しい様なので。それよりお話とは?」

「うむ……」


 教皇カイルスの前に立つ1人の女騎士、この国の聖騎士団長のマリアニ・クルスこそは、このレーベルラッドの守護者である。自分の身の丈程ある大剣と大楯を持ち、短く切り揃えられた金髪が特徴的であり、教皇が公の場に居る際には、必ず傍らに佇んでいる。


 そんな彼女にサナリアの事以外のあらゆる秘密を共有している故に、相談相手にもなっていた。


 そして今回は、国の存亡に関わる話となる。


「ダンジョンについてだが、後どれほど持ち堪えられる?」

「……はっ」


 ダンジョン。本来そこは意志を持った生物が1つの領域を形成し、そこに周囲の魔物を強制的に住まわせるという。元々は冒険者達の稼ぎ場所であり、その周囲に街が出来る程賑わう場所だった。そうした物は世界中至る場所に存在し、レーベルラッドの付近にも、そういった場所は存在する。


 ただし、それは昔の話。今は全く異なる事態に陥っていた。


「現在、ダンジョンから出て来る魔物は多くがCランク級になります。数は1日に少なくても200近く。半日に一度Bランク上級も来ています。ダンジョンの穴は現在も広がり続けていますが、数が変わらないのが唯一の救いですね」

「そうか……」

「そして後どれくらいかと申されれば、今の時点では申せません。このままならば何年でも。しかし、これ以上となれば、話が変わります」


 例のあの日からダンジョン街は全て廃墟と化し、本来なら入口から出て来る事は無い魔物達が、毎日群を成してこの世界に溢れ出る。それをダンジョンを持つ各国が、ギリギリの戦力で持ち堪えているのが現状だった。既に4年間、数多の兵や冒険者や騎士達が死んでいった。


 レーベルラッドはその中でも珍しく、ダンジョンの規模は大きいが、出て来る魔物が少ない。元々戦力の少ないこの国でそれは本当に助かっていた。


 だがそれでも、近年各地のダンジョンでは『津波』と呼ばれる現象が起きて国が呑まれる事がある。


「我々の国は『津波』には耐えられません。そして近年、隣国で続々とその現象が起こる前兆が見え隠れしています」

「なに……?」

「もしも、もしもこのまま前兆通りに『津波』が発生していった場合……多く見積もっても、残り6、7年でしょう」

「……」


 その頃のサナリアの年齢は10歳に至るかどうか、という事になる。時間的には間に合っていない。ステータス的にどうなるかも分からず、全ては未知のまま、未来の災厄に備えなければならないということ。


 カイルスとしては、それで十分過ぎる程の苦しい選択を迫られる事になる。


「残された道は立ち向かうか、逃げるか、か……」


 言っていて情けなさすら覚える。国や人類の進退が、年端もいかない子供に掛かっているなどと。


 そしてもう1つの現在の希望は、こちらもまた希望とは呼べない物だった。


「ラダリアからの返事はどうだ……?」

「……」


 無言の返事が、更に彼の心に重圧を乗せる。


「彼等はやはり……自国から出る気は無い様です」

「だろう、な……責めはせぬさ。同じ立場ならば私とてそうするだろう」


 ラダリア。数多の獣人が住む人間世界でも異端な国として有名だが、彼等の戦力は大国を圧倒する程に高い。人間とは違い魔法は使えないが、特殊な固有スキルを複数持ち、魔法の様な事も出来るのだ。なにより1人1人の戦士としての練度が高い。彼等の数が人類の最前線に迎えられれば、これほど心強いものは無かった。


 だが彼等はあの宣戦布告以降も中立を保ち、未だにアクションを起こしていない。その理由を知っている者はカイルスも含めて数少ないが、彼等は戦線が構築されたと同時に少ないながらも交流していた人間達でさえ追い出して完全に閉じ籠ったのだ。


 人類は彼等を裏切り者だと蔑んだが、唯一レーベルラッドだけは彼等を擁護し、今は侵略者だけに目を向けるべきだと世界会議で訴え事無きを得ている。


 故に多少なりとも縁が今もあったのだが。今回救援の願いを秘密裏に送り、その返事は次の様なものだった。


『貴国の武運を祈る。互いに命尽き果てるまで戦おうぞ』


 彼等もまた、覚悟を決めて生きている者達だとカイルスは改めて認識せざるを得なかった……

「ところで……サナリアはどうだ?」

「連絡では、実に楽しそうだと……既にとんでもない数を討伐しているそうです」

「見習いが不憫だ……」

「ええ、本当に……」

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